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見知らぬ轍、緑のまほろば

1. 未知の境界

アレンの探知ペンダントが放つ、いつもより微かな、けれど明確な青い光に導かれ、レムリアは深い霧の立ち込める峡谷を抜けた。

「……あら?」

霧が晴れた先、レムリアは思わず足を止めた。サファイアブルーの瞳が、驚きに少しだけ丸くなる。

1500年を生き、世界の隅々まで歩き尽くしたと思っていた彼女の目の前に、見たこともない小さな集落が広がっていた。

なだらかな丘に沿って並ぶ、素朴な木造の家々。

それは、かつて人間たちが営んでいた小さな村の跡だった。

「まさか今更、私の知らない人間の村があるなんてね……」

冷徹で達観した大人の声に、ほんの少しだけ、少女のような好奇心の滲む呟き。

歴史の表舞台に立つこともなく、大きな都市との交流も絶ち、ただ静かに自給自足の生活を送っていた隠れ里なのだろう。戦争がなかったこの世界だからこそ、そんな小さなコミュニティも、世界の終わりを迎えるその瞬間まで、誰に脅かされることもなく平穏に息づいていたのだ。

2. 羊たちのいない牧場

村に足を踏み入れると、そこがかつて「牧場」だったことが分かった。

ゆるやかに丘を囲う、朽ちかけた木製の柵。

かつて家畜たちが身を寄せていたであろう、干し草の匂いが微かに残る厩舎きゅうしゃ

人間たちが姿を消して久しい今、家畜たちもまた、天寿を全うして静かに土へと還っていったのだろう。今はただ、青々とした美しい芝生が、主のいない牧場を絨毯のように優しく覆い尽くしていた。

かつてここには、羊の鳴き声や、それを見守る人間の子供たちの笑い声が響いていたのかもしれない。

レムリアは柵にそっと手を置き、風に揺れる草並みを見つめた。世界の終わりは、ここでもやはり、酷なほど静かで、そして美しかった。

「チチチ……、チチチ……」

胸元で、アレンのペンダントが強く、小刻みに震え始める。光の指す先は、厩舎の片隅にある、小さな作業小屋だった。

3. 辺境へ届いた体温

「こんな辺境の、名もない村にまで……。本当に、あなたって人は」

呆れたような、けれどたまらなく愛おしそうな口調で呟きながら、レムリアは小屋の扉を押した。

埃の舞う暗がりの奥、棚の上にぽつんと置かれていたのは、古びた金属製の「大きなはさみ」だった。

一見すると、ただの羊毛を刈るための鋏だ。しかし、レムリアがその支点となるネジの部分に触れると、カチリと音がして、内部から淡い「六角形の青い光」が零れ出た。

チチチ……と、ガラスが触れ合うような、あの愛おしい鈴の音が響く。

「これ、アレンの初期の作品(正規品)じゃない……」

レムリアは鋏を両手で持ち上げ、眩しいものを見るように目を細めた。

まだアレンの技術が世界中に模倣されるより前、彼が若く、ただ「目の前の人を笑顔にしたい」と純粋に道具を作っていた頃の、最初期の機構だった。少ない魔力で駆動し、どんなに硬い毛でも、使う人間の手を痛めずに吸い込まれるように刈り取ることができる魔法の鋏。

きっと、この村の誰かが遠くの街へ行った際、若き日のアレンから幸運にも譲り受け、家宝のように大切にこの村へ持ち帰ったのだろう。そして、何世代にもわたって、羊たちの毛を刈り、村の衣類を支え続けてきたのだ。

4. 職人の手のひら

レムリアは、鋏の柄に巻かれた革の感触を確かめた。

何十年、何百年と人間の職人に握られ続けたことで、革は黒ずみ、完全にその手の形に馴染んでいた。

アレンはよく言っていた。

『道具はね、使われて、誰かの生活の傷が刻まれて、初めて完成するんだよ』

「あなたの言った通りね、アレン。この子はここで、ちゃんと大往生したみたいよ」

レムリアは鋏を胸に抱きしめた。

模倣品を見つけたときの複雑な誇らしさとはまた違う、彼の純粋な優しさが、世界の最果てまで届いていたことへの深い感動。アレンというエルフがこの世界に存在し、確かに誰かの人生を温めていたのだという証拠が、今、彼女の手の中にあった。

レムリアは慣れた手つきで鋏の油を拭い、丁寧に看取ってから、その青い結晶を回収した。

結晶が外された鋏は、ただの静かな鉄へと戻る。

「さあ、おうちに帰りましょう」

アレンの最初の温もりを鞄に仕舞い、レムリアは見知らぬ村の美しい丘を登っていく。

世界はもうすぐ終わるけれど、彼が遺した足跡を辿る旅は、まだまだ終わらない。



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