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美しき墓標、不器用な轍

1. 誰もいないパレード

そこは、かつて大陸で最も美しいと言われた運河の街だった。

戦争や大災害で滅びたわけではない。ただ、魔力の枯渇とともに、人々が静かに老い、子をなさなくなり、消えていっただけ。だからこそ、街の景観は奇跡的なほど完璧に保たれていた。

白磁の壁を持つ美しい家々。精巧な彫刻が施された時計塔。

住人たちが最後に綺麗に掃除をしてから眠りについたかのように、窓ガラス一枚すら割れていない。ただ、人がいなくなった大通りには色鮮やかなツタが這い、運河の水面には見たこともないほど透き通った水草が揺れている。

「本当に、皮肉なほど綺麗ね……」

レムリアは、静まり返った広場を見渡した。

血の一滴も流れていない、世界で一番美しいゴーストタウン。破壊がないからこそ、そこに「誰もいない」という事実が、より一層際立つ。世界そのものが、かつて生きた者たちの巨大な墓標のようだった。

2. ガタガタの青い光

アレンのペンダントに導かれ、レムリアは街の中心にある大きな工房へと足を踏み入れた。かつてドワーフの職人たちが腕を競い合った場所だ。

作業台の上に、目的の「不思議道具」はあった。

それは、自動で部屋を暖めるための小さな鋳鉄ちゅうてつのストーブだった。

レムリアがその外装を外すと、内部には確かに「六角形の結晶」が組み込まれていた。

しかし――。

「……何、これ」

レムリアの眉が不機嫌そうにピクリと跳ねた。

結晶のカットは歪で、魔力線の繋ぎ方もゴチャゴチャと不格好。アレンの洗練された美しい回路とは程遠い、あまりにも不器用な代物だった。

「ガガガ……ギギ……」

駆動音も、アレンの正規品のような綺麗な鈴の音ではない。まるできしむ鉄が悲鳴を上げているような、耳障りな音だった。アレンの機構を真似て、後世の職人が必死に作った「模倣品」だった。

「アレンの美しい理論を、こんな不格好な形にするなんて。……ほんと、気に入らない…。」

1500歳の凛とした表情が崩れ、レムリアはふくれっ面で腕を組んだ。

アレンの技術の「一番の理解者」としてのプライドが、この雑な模倣を許さなかった。彼女の口調は、大好きな人の名誉を守ろうとする少女のそれだった。

3. 日記に遺された崇拝

ストーブの傍らには、一冊の古いノートが遺されていた。この工房の主であったドワーフの職人が書き遺した日記だった。

レムリアがページをめくると、そこには掠れた文字で、生々しい苦悩が綴られていた。

『世界から魔力が消えていく。このままでは冬を越せない。

噂に聞く、天才アレンの「魔力循環機構」を真似てストーブを作ってみたが、どうしてもあの美しい青いヘキサ・ルーンを安定させられない。回路を繋ぐだけで一晩中頭を抱えた。奴の頭の中はどうなっているんだ。奴は神に愛された本物の天才だ。到底、追いつけない』

そこには、迫り来る死の恐怖の中で、アレンの技術に縋り、圧倒的な才能の前に絶望した凡人の足跡があった。

それを読んだレムリアは、ふっと息を漏らした。

「バカね。神様に愛されていたんじゃないわ……」

声音から棘が消え、静かな、けれどどこか誇らしげな響きに変わる。

「アレンはね、寝る間も惜しんで、手が傷だらけになるまで回路を考えていたの。天才の一言で片付けないで」

レムリアは日記を閉じると、愛おしそうに胸に抱いた。

模倣品は気に入らない。けれど、この不格好なストーブが、絶滅寸前だったこの街の人間たちを、最期の瞬間まで温め続けていたこともまた、事実だった。

「でも……。あなたの真似をしようとした人が、世界中にこんなにいたのね」

世界中で、誰もがアレンの背中を追いかけていた。彼のおかげで、世界はほんの少しだけ長く生き延びられた。

その事実が、彼女にはたまらなく誇らしく、そして同時に、もう褒めてあげる相手がいないことが、寂しくて仕方がなかった。

4. ほんの少しの手向け

「見ていられないわね。ちょっとだけ、手直ししてあげる」

レムリアは鞄から小さな工具を取り出した。

アレンの理論通りに、歪んだネジを締め直し、こんがらがった魔力線を一本ずつ綺麗に整えていく。彼女に複雑な作り直しはできないけれど、アレンの「正解」なら、誰よりも知っている。

数分後。

ガタガタと震えていた不格好なストーブの動きが、すっと滑らかになった。

チチチ……、チチチ……。

錆びた鉄の隙間から、微かだが、あの懐かしいガラスが触れ合うような鈴の音が響き始める。完璧ではないけれど、確かにアレンの気配が、その模倣品に宿った瞬間だった。

「よし、これでいいわ」

レムリアは満足そうに微笑むと、ストーブの火をそっと消し、その心臓部である結晶を回収した。

悲しいほど美しい無人の街に、一瞬だけ響いたアレンの呼吸。

レムリアは彼が世界に遺した巨大な足跡を愛おしく噛み締めながら、美しい運河に沿って、また次の廃墟へと歩き出すのだった。



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