二つの振り子、冷たい世界
1. 終わらない巡礼
レムリアが広大な廃墟や、砂に埋もれたかつての都市を歩き続けるのには理由がある。
アレンが遺した機構を持つ魔道具たちは、世界から魔力が消えゆく今も、微かに呼吸を続けている。けれど、それは「永遠」ではない。エネルギーの供給源を失った道具たちは、いずれ魔力が底をつけば、ただの物言わぬ鉄くずへと変わってしまう。
「完全に眠ってしまう前に、見つけてあげたいの」
それが、レムリアが旅をする理由。
誰もいない世界で、かつて誰かの生活を支え、誰かの命を救ったアレンの結晶たち。それらが誰にも知られず、ただ冷たく朽ちていくのが、彼女には耐えられなかった。すべての青い光を看取り、自分の手で回収することだけが、生き残った彼女の使命だった。
2. 天才の遺品
しかし、命の気配が途絶えた広い世界で、小さな魔道具を闇雲に探すのは不可能に近い。
そこでレムリアが使っているのが、胸元で静かに揺れる、一つのペンダントだった。
それは、アレンがかつて作った『魔力探知のペンダント』。
鈍く光る銀の枠の中に、アレン機構の象徴である「六角形の青い結晶」が組み込まれている。近くに他の魔道具(残存魔力)があると、結晶が強く明滅し、まるで生き物の鼓動のように「チチチ……」と駆動音を響かせて持ち主を導く、アレンの傑作の一つだった。
レムリアはペンダントの光の向きを見つめながら、歩みを進める。
「さすがアレンね。あなたが作ったものは、何百年経っても狂わない」
その呟きは、心からの敬意と、少女のような誇らしさに満ちていた。彼の遺産が、今も自分の旅を支えてくれていることが、何よりも嬉しかった。
3. 少女の模倣
だが、レムリアの旅鞄の奥には、もう一つのペンダントが眠っている。
それは、アレンのものを真似て、レムリアが自分の手で作ってみた「模造品」だった。
銀の枠は少し歪んでおり、結晶のカットもどこか不格好だ。アレンの作業する姿を何百年も見つめ、簡単な修理ならできるようになったレムリアが、「自分も彼の役に立ちたい」と、生前のアレンの隣で必死に真似をして作ったものだった。
しかし、彼女の技術ではアレンの完璧な回路を再現することはできなかった。
何かが決定的に足りなかったのだ。
完成したとき、そのペンダントは魔道具の放つ魔力には一切反応しなかった。
その代わり――『生物の命の気配』にしか反応しないという、奇妙な失敗作になってしまったのだ。
かつてアレンはそれを見て、困ったように、けれど愛おしそうに笑った。
『僕の理論とは全然違う回路になっちゃったね、レムリア。でも、これはこれで凄いよ。僕には作れない、優しい道具だ』
4. 静寂の証明
歩き疲れたレムリアは、崩れた石壁に腰掛け、鞄から自分の作った不格好なペンダントを取り出した。
手のひらに載せてみるが、その結晶は完全に濁った灰色のままで、ピクリとも動かない。駆動音すら聞こえなかった。
世界には、もうレムリアしか生き残っていない。
人間も、ドワーフも、鳥も、虫一匹すら、すべてが絶滅してしまった。
だからこそ、この「生物にしか反応しないペンダント」が沈黙している事実そのものが、この世界が完全に孤独であるという残酷な証明だった。もし世界に自分以外の『命』が残っていれば、この結晶は赤く灯るはずなのだ。
レムリアは、冷たい結晶をそっと指先でなぞった。
「……バカね、私は」
普段の大人びた冷徹さはどこへやら、彼女は膝を抱え、まるで小さな子供のようにぽつりと呟いた。口調には、アレンに甘え、自分の不器用さを誤魔化そうとしていた頃の、幼い響きが混ざっている。
「アレンの真似なんて、するんじゃなかったわ。こんなの、ただ私が寂しいってことを教えてくれるだけの、大失敗作じゃない……」
寂寞とした風が、彼女のプラチナブロンドの髪をすり抜けていく。
レムリアは、自分の失敗作をそっと鞄の奥へしまい込むと、再びアレンの遺した本物のペンダントを胸に掲げた。
「チチチ……」
アレンのペンダントが、北の方角を指して優しく点滅する。
まるで『大丈夫だよ、僕がついてる』と励ますかのように。
「ええ、行きましょう」
レムリアは涙を拭うと、1500歳の凛とした大人の表情に戻り、青い光が示す「次の看取り」へと、静かに歩き出すのだった。




