第3話 「鍋じゃない!」
「おきゃくさんっ、おきゃくさんっ」
リーフは久々の来訪者に浮足立っていた。
宿屋の二階の一室にシーツを運び込んでいく。
どたどたと階段を往復していく音が宿に響く。
「リーフちゃん、元気ねえ。心配してたけどよかったわ!」
「ああ」俺は首肯する。「見た通り遊びたい盛りでさ、体動かすのが大好きなんだ」
「なるほどね。栄養失調になってないかって心配したんだけど、大丈夫そうね」
「遠回しに碌なもの食べさせてないって言ってる?」
「だって貧乏くさいし……」
「一応飯は食わせてるぞ。質素か、せめて清貧と言ってくれ」
そんな会話をしているうちに、リーフがまた階段を勢いよく降りて来た。
「ん!」
リーフが両手を差し出す。
「あら、どうしたの? チップでも欲しいの?」
リーフはブンブンと首を振る。
情操教育に悪いからそんなこと言わないでほしい。
「にもつ! かばん!」
「あら~! 持ってくれるの~!」
ルイーゼは嬉しそうにリーフに荷物を預けた。
硬質な手提げ鞄と、荷物の詰まったリュックを「えっほ、えっほ」と客室に運んでいくリーフ。
ルイーゼとリーフの後を追うように、俺たちも2階の客室に上がっていく。
ドアを開け、中を見たルイーゼは。
「わあ~~~~…………」
……何か感想を言おうとして。
「……」
「……」
「部屋ね!」
「部屋だな」
「おへやー」
とりたてて言葉が浮かばなかったようで、とりあえず目の前にある事物をそのまま口にした。
あんまりにもあんまりな感想である。普段のルイーゼを知っている俺としては、これでもだいぶ忖度したのだなと感じるが。
「つまらない部屋で悪かったな」
「ばっ……まだ何も言ってないでしょ!」
「ああ、悪い」
「心の中を読まないでよ!」
「いやつまらない部屋って思ってるのかよ」
なんで自分から答え合わせしにくるんだ。
「それよりハル! この宿、お風呂はあるの?」
「まあ、狭い桶にお湯を張った簡易的なものだが」
「なんでもいいわよ。ここんところずっと野宿で汗でべとべとだったの。さっぱりしたいわあ」
「ハルのおふろ、すごいよ」
リーフがルイーゼに身振り手振りで凄さを伝える。
目をキラキラさせながら、両手を広げる動作を繰り返す。
「なに……えっと……おっきいの?」
「ちいさい」
「やっぱり小さいんだ」
「やっぱりってなんだよ」
まあ王宮の大浴場に比べれば小さいことは否定しないが。
「いいからさっさと案内しなさいよ」
「フフ、見て驚くなよ?」
「そこまで言うってことは、本当にすごいお風呂なのね?」
ハルに対してほのかに期待を寄せるルイーゼ。
ハルはルイーゼを浴室に案内した。
⭐︎
「鍋じゃない!」
「鍋じゃねーよ!」
浴室に立ち込める湯気。
部屋に鎮座する、人が入れる大きさの鉄製の釜。
まあ鍋と言われても仕方ない代物であることは認める。
「図ったわね! ハル!」
「人聞きが悪いな!」
「あー分かった! 私のこと嫌いだからこの鍋で煮て食べようって言うんでしょ!」
「んなことしねーよ! 話を聞けって!」
「ひとってうまい?」
「リーフ、どれだけ美味しくてもこんな人は食べちゃいけません」
「なによ! 美味しいに決まってるじゃない!」
「なんでそこで張り合うんだよ」
ムキー! と癇癪を起こすルイーゼをなんとか宥めて落ち着かせる。
「心配すんな、取って食いはしねえから落ち着け」
わりと本気で身の危険を感じていたようで、ルイーゼはえぐっえぐっと泣いていた。
「これ本当にお風呂なの…? 煮えたぎってない…?」
「まあ、熱いことは熱いが、人が煮えるほどじゃない」
「でもこれ……鉄よね? 触ったら危なくない?」
「縁は触るなよ。普通に火傷する」
「やっぱり危ないじゃない!」
「だから中に板があるだろ」
ルイーゼが中を覗き込む。
湯の上に丸い木の板が浮いている。
「それに乗って入るんだ。底に直接触れなきゃ平気だ」
「えぇ……なにその罠みたいな構造……」
「慣れれば普通だって。むしろ気持ちいいぞ」
「まあ……そこまで言うなら……」
やっとのことで、目の前の「それ」が風呂であると認めたようだ。
まあ、気持ちは分かる。
この世界でこんな火で炙りながら入る風呂なんて、そうお目にかかれない
「じゃあ、俺は広間に戻るから、入り方はリーフに教えてもらってくれ」
「リーフちゃんで大丈夫なの…?」
「安心しろ、こう見えてもリーフは教えるのが上手いんだ」
「うまいんだよ」
リーフがムフーと鼻を鳴らした。
まだ不安そうなルイーゼとリーフを残して、俺はリビングに戻った。
⭐︎
「ふー……」
広間に戻った俺は、手頃な椅子に腰掛けて息を吐いた。
あの鉄の釜の風呂は、元の世界で見かけたものを思い出して作ってもらったものだ。
鍛冶屋に無理を言って、底の厚い釜を打たせて、下から火を入れられるように組んでもらった。
最初は正気を疑われたが――まあ、見ての通りだ。ちゃんと風呂として成立している。
「……それにしても」
ルイーゼのやつ、酷く疲れていたように見えた。
もちろんそれは、この辺境の宿に来るための疲労もあるのだろうが、ルイーゼの表情からは、それだけではない、もっと根本的な疲れを感じた。
憔悴、とまでは言わないが、精神的な疲弊が醸し出されていた。
魔王討伐の旅の道中ではまったく見せなかった顔を、今のルイーゼはしていた。
それだけ——邪険に扱われたことに対して傷ついたのだろうか。
「いや……ルイーゼに限って、そんなことないか」
因果応報だし。
急に静かになったことで、柄にもないことをつらつらと考えてしまった。
ルイーゼと相対した疲労から、椅子に腰掛けたまま寝落ちしそうになったが、うとうとし始めたところで声をかけられた。
「ハル」
ルイーゼだった。
簡易的な浴衣に身を包んだルイーゼが、頬を紅潮させて俺に近寄って来た。
ちなみにこの浴衣も街の仕立て屋に作ってもらったものだ。学んでよかった、民俗学。
「風呂、ありがと。あんなに熱いの初めて」
「気持ちよかったろ?」
「ええ、そうね」ルイーゼは頷く。「疑って悪かったわね」
「べつに」
俺は素っ気なく答える。
見慣れないものを見て畏怖を抱くのは当たり前の反応だ。とりたてて責めるようなものではない。
「あの風呂、あんたが考えたの? すごい発明ね」
「そんなんじゃないよ。俺の故郷に昔から伝わるものを、記憶を頼りに再現しただけだ」
——そう言って、俺は「しまった」、と口を押さえた。
俺が異世界からやって来たことは、なるべく知られたく無かった。
「前から気になってたんだけど、あんた、どこから来たの?」
「あ〜えっと……」
俺はゴホンと咳払いをして、それから一言。
「東と北の間より。それ以上は言えない」
「なにそれ」
ルイーゼはクスリと笑った。
それから目を伏しつつ。
「……ねえ、ハル、私……」
「ハル、ねむい」
浴衣に着替えたリーフが、よたよたと俺に近寄って来た。
椅子に座っている俺に勢いよく倒れ込み、上半身を預ける。
「はいはい、ベッドで寝ましょうね〜」
俺はリーフをおんぶする。
「ルイーゼ、自分の部屋は分かるよな? 俺とリーフは1階で寝てるんだ」
おやすみ、とルイーゼに言い残し、俺は自室へと戻っていく。
「……うん、おやすみ」
ルイーゼは何か言いたげな目つきをしていたが、ゆっくりと2階への階段を上って行った。




