半分本当、もうはんぶん
ちょっと遅れた
あくる朝、アパッチはガラケーの唸り声に睡眠を害された。
与信情報のないアパッチは、二世代前のガラケーを否応なしに使っているのである。
「はいもしもし」
昨日飲んだホワイトバージンの影響か、少し呂律が回っていない。
「おはようアパッチ」
聞き覚え、というか昨日嫌というほど聞いた声が響いた。
「美沙螺か?何の用だよ」
「何の用も何も、今日からスカベンジャーの探査部隊に参加するんじゃないの?」
アパッチは面食らった。昨日の今日で、いきなり出向くとは流石に思っていなかったのだ。
「さすがに気が早すぎないか?お互い連携も取れない赤の他人だろう?」
「まあそうですけど…その…」
美沙螺は、あからさまに口ごもった。
「じゃあこうしよう。俺の家で、お互いの情報を共有して、連携を図るっていうのはどうだ?明日は仕事だから無理だが、明後日からでも、探査部隊に参加しやすくなるだろ?」
「いいね。そうしようか」
彼女の声に活気が戻った。
「今日は俺も仕事ないから、都合のいい時に来てくれ。それじゃあな」
通話を終了し、アパッチはガラケーを畳んだ。ベッドに横たわりながら、今日は自分が朝食の当番であることを思い出し、リビングルームに向かった。
シャワールームからは、滴る水の音と同居人のシルエットが見え透いた。彼女はもっぱら朝に体を清める気質だ。
髪もさほど長くないので、朝の間に充分乾かせるからであろう。
朝は安くて腹にたまるパンを食べる。エプロンをしめ、プロセスミートを二人分、フライパンの上で熱した。途中で胡椒と塩を加え、炒めると、不思議なことに味気のないプロセスミートも、食欲をそそる一品に変身するのである。
同居人が髪をタオルで乾かしながら、リビングルームへと入り、棚からグラスをつかみ、貯水タンクから水をあおった。
「おまちどおさん」
昨日の朝食と同じ、肉をのっけたパンだ。代り映えはしないが、これでもしっかりと腹にたまる。
朝食の間、彼女は一切話さない。昨日はレアケース中のレアケースだ。
食べ終わった彼女は髪を乾かし、仕事に出向く。この間も、口を利くことは無い。
この静寂が、アパッチにとって、不思議と心地の良いものであった。彼女との生活も三年以上になるが、お互いこみ入った話はしない。
「いってらっしゃい」
彼女を見送った後は、部屋を掃除し、他の家事をこなす。洗濯をするために、ポンプのある町内集会所へ向かい、近所の主婦たちと雑談をする。うららかなアパッチの日常だ。
洗濯籠を抱えて帰宅すると、美沙螺たちが家の前で控えていた。
「おお悪いな。洗濯に行ってて留守にしていたんだ」
今日の二人は、私服で臨んできた。
美沙螺はオーバーサイズのパーカーに、ショートパンツを合わせ、ブーツを。昌はダービージャケットにベイカーパンツを合わせたラフな服装であった。昌は目元以外は見えないよう、スカーフがまかれている以外は昨日の訪問と、打って変わっている。
「上がりなよ」
ドア板を開いて、二人を招き入れた。
「さてと、まずは正式な自己紹介をしようか」
テーブルを囲むように、三人は陣取った。
「俺はアパッチ・キョウスケ・ヒルトン。いつもは和名を伏せている。アパッチと呼んでくれ。好きな食べ物は豚肉、嫌いなものは二日酔いだ。おもにサバイバルナイフと、これからはスレッジハンマーを使って戦う予定だ。よろしくな」
一息に自己紹介を済ませ、息継ぎをした。
「聖方美沙螺。名前が和名っぽくないから、普通に美沙螺って呼んでくれて構わないわ。好きな食べ物は玉ねぎの炒め物、嫌いなものは、部屋の電気を消さない人。使う武器は改造したガントレット」
大企業の、暫定的な跡継ぎにしては、いささか感性が庶民寄りすぎる。
「安芸月昌。好きなものは携行食、嫌いなものは気楽な奴だ。使う武器は手斧だ」
突き放すような語気と口調。アパッチの印象は「面倒くさい人」だ。
「昌の使う手斧は投擲できるのか?」
「できる。鎖やひもを使えば、繰り返し使うこともできる」
どうやら戦闘に関することには、協力を惜しむつもりは無いらしい。いっその事普通に歩み寄ってくれ、と内心毒づいたのはアパッチだけの秘密である。
「なら昌は近、中距離を任せようか」
近距離では斧をふるい、余裕のある時は投擲で相対する敵を打ち取る。我ながら名案だな、とアパッチは鼻にかけたい気分であった。
「まだ決めるのは早計だぞ」
昌の言葉には含みがあった。再三にわたる昌のつっけんどんな態度にアパッチは、少なからず辟易していた。
「美沙螺のガントレットは何ができるんだ?」
「これは中々の優れものでね。物を投げる力が増大するんだ。そうだね試しに…」
と言い、彼女はドアを開け外に出た。左手にガントレットを装着し、近くの小石を拾い上げると、二、三度ほど指先で石を投げあげた。
「アパッチ、あっちの方には何もないよね?」
彼女は空き地の方を指さした。アパッチは首を縦に振った。
「じゃあ行きまーす」
彼女は大きく振りかぶり、石を投げた。
投石器を彷彿とさせるフォームから繰り出された石は、砲弾のごとき軌跡を描き、空き地の木を爪楊枝のようにへし折った。
「さすがに全力で投げると疲れるね」
愕然とするアパッチを尻目に、美沙螺は息を切らしながら、膝に手をついた。
「特に気を張らずに投げたら、精々木にめり込む程度だよ」
アパッチは震えた。次から敬語を使うべきか?と真剣に悩むほどの破壊力を前に、彼は昨日短気を起こして攻撃しなかった自分へ、最大限の賛辞を贈った。
「凄まじいだろ?」
昌が自慢げに鼻で笑った。自身の功績ではなかろう、バカ。
「これは凄いな…」
これは彼の想定を良くも悪くも、二重で裏切ることとなった。
「アパッチ、君の実力を見せてよ」
お互いの手札を確認するためにも、これは必要な行為だ。
「もちろん。昌、付き合ってくれるか?」
どうせなら昌の実力もついでに確認しよう、という魂胆だ。
スカーフ越しに分かるほど、昌はにわかに顔をしかめた。しかし悟ったような、諦めたような顔をして、彼は戦闘に応じた。
「お互い後遺症が残るような怪我は避けてね」
自室からスレッジハンマーを引っ張り出し、アパッチは構えた。
先手を取るように昌は手斧を片手ずつに握りしめ、左手の斧をアパッチ目掛けて投げた。これが試合開始のゴングとなり、アパッチはハンマーをふるった。
プロペラのように回転する斧を撃ち落としたアパッチが、目の当たりにしたのは、目と鼻の先まで迫った昌の姿である。
もう片方の斧を振りかぶり、アパッチを袈裟切りにしようと振り下ろした。
「まじかっ」
ハンマーの柄で、振り下ろされた斧を弾いたものの、初手からアパッチは後れを取ってしまった。
「よく耐えたな」
鼻を高くした昌を、アパッチは平然と見つめた。
それが癪に障ったのか、昌は苛立ちを目に予備の斧を取り出した。
再び両手に斧を握り、彼は突風のように突っ込み、ミキサーの歯のごとく体をひねり、アパッチへ刃を突き立てた。
金属と金属がぶつかり、鈍い音の火花が散る。攻防互いに拮抗し、うだつが上がらない状況であった。
しかし、アパッチのハンマーに気圧され、昌の左手の斧が宙に舞った。
勝機を見出したアパッチの、追撃の果てに待ち構えていたのは、蜘蛛の巣に蝶を誘い込むような策である。
アパッチの右肩に、鈍い痛みが走った。
本能的に後退り、痛みの原因を見て、思わずぎょっとした。
先ほど昌が手放し、宙を舞っていた斧が、深く刺さっていたのだ。
「なるほどね…」
先刻、昌の手元を斧が離れたのは、事故ではなく故意に行われたものだ。
追い打ちをかける事まで見透かし、完璧な作戦をとってきた。
「降参する?」
アパッチは合成音声から嘲るような声色を感じ取った。
しかしアパッチ・ヒルトンは往生際が悪い。再びハンマーを構え、続行の意を見せた。
「そうか」
昌はジャケットの内側から斧を取り出し、先程と同じ構えを取った。
煌めく刃と、斜陽を浴び鈍色に輝く鉄塊がぶつかった。
アパッチのフルスイングを受け、左手の斧が砕けた。
右の斧がアパッチに届く刹那、彼は奇策に出た。
唯一の武器であるスレッジハンマーを手放し、後退したのだ。昌の斧が空を切り裂き、有り余る力で斧は手をするりと抜けた。
その後は速かった。アパッチがサバイバルナイフを抜き、丸腰の昌に突き立てた。
アパッチも余裕がなかったがため、昌のスカーフを切裂いてしまった。はらりと音を立て、昌のスカーフが落ち葉のように地面をなめた。
「はぁ?」
昌は一メートル七十センチのアパッチより頭一つ分大きい。話すときは見上げなければならないほど、彼は大きい。いや彼であったものというのが的確だ。
「目元だけじゃ気づかねえな」
昌は男ではなかった。並み外れた体躯を持つ女であった。
俺は筋肉と高身長を愛してる




