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天窓

昨日投稿するの忘れてた

気流も、時も、全てが止まったような感覚に襲われた。

脳が情報を嚙み砕くのに、永遠に近い時間を要した。唖然とするアパッチを尻目に、昌はスカーフを拾い上げ足早に立ち去った。

染め上げたように彼女は赤面し、家の中に引っ込んでしまった。

「ちょっと」

呼び止めようとするアパッチを、美沙螺が制した。

「今は一人にさせてあげて」

「それは構わないが…色々と説明してくれ」

美沙螺はバツの悪そうな顔をして、事情を説明することを決めた。

「私と昌は、かれこれ七年は逃避行を続けているの。当然逃げる先は、ここより悪辣な環境の十四区なんかに潜伏していたんだ。

ただ、あそこは法律なんてないから、女二人連れだなんて知られたら格好の餌食なわけ。

だから昌は顔を隠して、男の声になる合成音声装置を喉に埋め込んだんだ。私を守るために女である事を捨てちゃったんだ」

彼女の目には、ほんのり憂いが含まれていた。

アパッチには掛ける言葉が無かった。昌自身が抱える葛藤も、美沙螺が感じている引け目も、彼には計り知れなかった。

「湿っぽい話になっちゃったね。昌は私が何とかするよ」

気丈にふるまう美沙螺が、砂の城のように崩れてしまいそうに見えた。

アパッチの心に、一輪の火がともった。肩をタオルで止血し、きゅっと固く結んだ。

「いや、俺から話をつけるよ。お互い腹を割って話がしたい」

正午過ぎの西日が、二人の頬を照り付けた。


私は、私が好きじゃない。

無駄に大きな体も、険しい目つきも、口が裂けているように見える頬の傷も、激情に駆り立てられる自分も、全部嫌いだ。

体に比例して変に多い筋肉も、無愛想な所も好きになれない。

今だってそうだ。アパッチにこの話を隠していたのだから、驚かれるのも仕方がないのに。

ちっとも他人へ考えが廻らない自分に辟易する。

アパッチの自室の戸にもたれかかり、天井を眺めた。下を向くと泣きそうになる。

扉を叩く音が背中に伝わった。

「俺だ昌。ドアは開けなくていい。少し話をしよう」

「話すことなんてない。お互い詮索しない方が良いに決まっている」

まただ。差し伸べられた手を無下にした。

ガラス細工のように繊細な裏腹に、他人を卑下したようなことを口にする自分に吐き気すら覚える。

鬱憤をぶつけるように、自分の腕に爪を立てた。

「めんどくさい女だな。俺はお前を知りたい。それだけじゃダメか?」

そんな明るさで私に触れないで。しられたくない。傷つきたくない。

「お互いを深く知るだけ、失ったときの傷が深くなる。だったら、割り切って最低限の関係にとどめた方が、よっぽど楽」

これでいい。もう親しい人間を失うのは嫌だ。

アパッチ・キョウスケ・ヒルトン、彼はきっと良い人間だ。彼のような人間に、私の過去を知られたくない。

あの心底がっかりしたような顔を、もう向けられたくない。

「俺はアパッチ。好きなものは背が高くてケツがでかい女に、物理的に尻に敷かれることだ。小さいころに近所で俺を虐めていた女の子のせいで歪んだ性癖になった。あと、風呂に入ってるときにタオルでクラゲを作る遊びを、未だにやっている。それに飯屋で泣いてる子供に怒鳴ったこともあるし、金が無くて食い物を何度も盗んでいる。気に食わんやつを無為に殴り倒したこともある」

アパッチの突然の独白に昌は戸惑った。言葉を発しようとした昌の言葉に、さらに言葉を重ねた。

「だから俺は悪い人間だし、隠してることも沢山ある。性別隠してたのが何だ。俺は風呂場で遊んで、子供を怒鳴る二十三歳だぞ。」

訳が分からない彼の告白に、昌は驚嘆し、そして笑った。それが、自分を励ますためだという意図が分かっていても、彼の突拍子もない告白は、ひょうきんであった。

「笑いたくば笑え。うるさい子供は嫌いだし、風呂でクラゲを作るのは楽しいんだ。俺はそんな自分が嫌いじゃない。自分を認めろよ昌。自分を愛せば、他人もお前に歩み寄ってくれる」

アパッチの言葉に、昌の心の表皮が捲れた。

「まあこれ同居人の受け売りなんだけどな。少なくとも、俺はお前の生き方を笑うつもりなんてない。だからさ、聞かせてくれよ。俺は昌が知りたい。ダメなところも、良いところも一切合切受け入れるさ」

彼女の心の天窓を、強引に破るような促し方だ。一筋の陽光が差すような物語の一幕ではない。しかし、この一連の言葉が昌の心の深層に届いた。

ギイと音を立て、昌はドアを開けた。

「礼はいらんぞ」

アパッチは肩をすくめ、にいっと笑った。その笑顔に、昌はほんの少し照れたというのは彼女だけの秘密だ。


先週は忙しかった

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