第七話 通学の練習
目が覚めた瞬間、胸の奥がまだ熱かった。
昨日の“俺が始まる”って気持ちが、ちゃんと残ってる。
カイルとして死んで、アオとして育って、
いまは“どっちでもない俺”がここにいる。
……うまく説明できないけど、それでいい。
天井の線が、ゆっくり光った──気がした。
でも、次の瞬間、いつもの朝の明るさに戻っている。
(……気のせい、か)
「アークヴェリア人は魔法なんて使えない」
そう言われても、信じられなかった。
だって──俺の中では、何かが“動いてる”気がする。
台所からパンを焼く匂いがして、ミケが鼻をひくひくさせていた。
椅子に飛び乗って、前足をテーブルに伸ばす。
「ミケ、食べちゃダメだよ」
「ニャ……匂い、吸うだけニャ」
絶対吸うだけじゃ終わらない顔だった。
サラは机にちょこんと座って、母さんに髪をゆわえてもらっていた。
いつもより背筋がぴしっとしてる。
足先がそわそわ動いてる。
「今日は“練習の日”なんだよ」
「学校に行くときに乗るの。ひとりで乗れたら、本番も大丈夫なの」
声は元気だけど、ちょっとだけ高い。
その裏に、緊張が隠れている。
(……分かりやすい)
母さんが、優しい声で言った。
「ふたりとも、気をつけて。初めての乗り物は緊張するわよ。
……アオ、サラのそばにいてあげて」
「うん」
自然に出た声が、自分でも少し驚くくらい落ち着いてた。
玄関で靴を履いて、外に出る。
森の匂い、湿った草、遠くで鳥の声。
いつもと同じ朝なのに、どこかが“ずれてる”気がした。
道を数分歩くと、小さな丘に出た。
木々が左右にひらけて、空が近い場所。
ベイラの“乗り場”のひとつ。
低い浮遊音が空気を震わせた。
白い影が木々のすき間から降りてくる。
宙船──
羽もタイヤもないのに、ゆっくり浮かんで近づいてくる。
着地したとき、小さく揺れた。
ほんの一瞬。
サラは気づかない。
……いや、違う。
“今の揺れ”は、どこかおかしかった。
揺れたのに、音がしなかった。
ミケの耳がぴくっと動いた。
扉が開く。
中は明るくて、座席が並んでた。
床は透明で、下の森が見える。
「行こう、アオ!」
サラが手を引く。
ミケはすでに座席に丸くなっていた。しっぽだけピンとしてる。
乗った瞬間、低い音が耳に響いた。
深いところで響く音。
そらふねが浮かぶ。
森が遠ざかって、視界がぱっと開けた。
「わあ、見て!」
サラが窓に張りついて指をさす。
森の中に、丸い道があった。
五本くらいの道が中心に向かって伸びていて、星みたいな形。
「真ん中、あそこ。評議会のあるところだよ」
サラが息を弾ませて言う。
白い建物が一本、森の真ん中で光っていた。
尖った屋根。広い敷地。
(星みたいに見えるのは……わざとなのか、たまたまなのか)
そらふねが少し進むと、森が切れて、海が見えた。
青い線が地平線まで続いていて、光がきらきら跳ねる。
「海ってこんなに広いんだね……」
サラの声が、いつものより小さくなった。
「うん。すごい」
言葉が短くなる。
でも、それしか出ない。
そらふねは方向を変えて、森の隙間に立つ白い建物へ向かった。
周りに低い柵みたいなのがあって、透明な光がふちどられてる。
「友達できるかな……絵かくし、走るのもするし……
アオもいっしょに来れたらいいのに」
言ったあと、サラは小さく笑った。
ほんとは一人がこわいのを、隠すみたいな笑い方。
「……できるよ。サラなら絶対」
短く答えた。
長く言うと、何か違う気がしたから。
そらふねがゆっくり高度を下げる。
学校の前の透明な門が近づいてくる。
そのとき、床のランプが一度だけ カチッ と点滅した。
ミケの耳が、再びぴくっと動いた。
サラは全然気づかない。
“もうすぐ着く”ことしか見てない。
俺は息を止めた。
練習は、ここで終わるはずだった。
……のはずだった。




