↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第五章 目覚め

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/73

第七十話 条件は揃った

 もう、限界に近かった。

 身体が動かないわけではない。


 朝になれば起きられる。訓練にも出られる。

 言われたことはこなせるし、カゲツやソウマの指示を聞けば、頭もまだ動く。


 疲れていないわけではない。

 それだけなら休めばいい。

 

 今つらいのは、そこではなかった。


 分からないことが多すぎる。


 レイランの男の言葉。搬入班の男。

 ドラグナール帝国。国境。アークヴェリアが外からどう見られているのか。

 魔都と呼ばれ、魔界のふもとと呼ばれるこの国で、自分が何を背負うことになるのか。


 どれも、見えたようで見えない。

 掴めたようで、掴めない。


 何を測ればいいのかも、まだ分からない。

 そのまま、予定だけは淡々と進んでいく。


 壁面に浮かぶ表示には、いつもの訓練予定が入っていた。


 場所も、時間も、昨日の終わりに確認した通りだ。

 起きて、食べて、準備して、迎えが来たら出る。そうすれば、また今日も訓練が始まる。


 いつも通り。


 何も変わらない。


 その文字列を見ていると、胸がじわじわと重くなった。


 このまま続けるのか。

 先が見えないまま、どこへ向かっているのか分からないまま、

 ただ次の訓練に入って、次の確認を受けて、また明日の予定を見る。


 それを考えた瞬間、息が少し浅くなった。


 扉が叩かれた。


 アオは表示から視線を外し、立ち上がる。


「入ってください」


 扉が開き、カゲツが姿を見せた。


 いつもと同じ服装。いつもと同じ立ち方。急いでいる様子も、何かを隠すような様子もない。

 ただ、口にした言葉だけが違った。


「今日は訓練ではない」


 アオは一瞬、返事を忘れた。

 カゲツは続ける。


「トウカ様より話がある。準備ができているなら、来い」


「……はい」


 短く答える。

 立ち上がり、服の乱れを整え、端末を確認してから部屋を出る。表面だけなら、いつも通りだったと思う。


 けれど内側では、別のものが動いていた。


 ようやく何かを聞けるのか。


 それとも、また必要なところだけを告げられて、肝心なものは何も分からないまま終わるのか。


 期待と疲労が、同じ場所で重なっている。


 廊下へ出ると、カゲツはすぐに歩き出した。


 今日は、足が向かう先が違う。


 訓練場ではない。

 市街地へ出るための導線でもない。


 執務室だ。


 いくつかの扉を越え、見覚えのある区画に入る。カゲツが一つの扉の前で止まり、短く声をかけた。


「碧守護特務官教育生をお連れしました」


「入れ」


 中から、トウカの声が返る。


 扉が開いた。


 執務室は、以前と変わらず整っていた。

 机の向こうに、トウカが座っていた。


 書類へ落としていた視線を上げ、まっすぐアオを見る。


 カゲツが一礼し、横へ控えた。


 アオも姿勢を正す。


「碧殿」


「条件は揃った」


 アオは、すぐには反応できなかった。

 条件。揃った。言葉は分かる。ただ頭が追いつかなかった。


 期待なのか、不安なのか。


 まだ、分からない。


 トウカは、アオが言葉を掴むのを待つように、ほんの短く沈黙した。


「待っていたのは、貴殿の能力ではない。身体だ」


 トウカは、最初からそこだけを切り出した。


「能力だけなら、貴殿はここに来た時点で一定の水準にあった」


 来た時点。

 その言葉が、少しだけ引っかかる。


「身体の使い方、判断、知識。そこも、これまでの訓練と実地で、次へ進める水準にあると判断している」


 カゲツは横で動かない。


「最後に残っていたのは、身体条件だ」


 トウカの視線は逸れない。


「能力は、既に基準を超えていた」

「体格も、先日の検査で安全基準を満たした」

「背中の反応痕も、定着と見てよい濃さになった」


 背中。


 アオは無意識に肩の奥へ意識を向けかけて、途中で止めた。


 そこを今さら確かめても意味はない。

 ずっと見られていたのだろう。

 測られ、記録され、判断されていた。


「三つが揃った」


 トウカは、結論だけを静かに置く。


「ゆえに、次の段階へ進める」


 それを、先に言ってくれ。


 喉の奥まで、言葉が上がってきた。


 いや、言えなかった理由もあるんだろうけど。


 能力ではなく身体を待っていた。

 体格は待つしかない。

 背中の反応痕も、自分でどうにかできるものではないのだろう。


 それは分かる。

 分かるけど、心がざらついた。


 こっちは、その“何を待ってるか分からない時間”で削られてたんだよ。


 アオは口を開かなかった。


 言えば、言葉が荒くなる気がした。

 トウカはアオの沈黙をそのまま受け取り、次へ進む。


「これから、魔法の目を開く」


 部屋の空気が一段変わった。


 魔法の目。


 ずっと言われてきたもの。


 あるかもしれないと言われ、まだ開いていないと何度も確認され、

 それでも自分の中にあるのだと示され続けてきたもの。


「ただし、詳細は目が開いてから話す」


 アオの内側で、何かが跳ねた。


「見えないまま聞いても、貴殿は測れない」


 いや、だから早く言えよ。


 反射的に、そう思った。

 また次。


 どこまで小分けにする気なんだ。

 

 こっちは、そのたびに待つしかないのに。


 指先に少しだけ力が入り、すぐに飲み込んだ。

 けれど、飲み込んだ苛立ちは消えなかった。


 トウカは、そこで一度だけ言葉を切った。


「不満は持て」


 アオは顔を上げた。


「貴殿がそう思うことも、こちらは想定している」


 声は冷たくない。


「だが、これは貴殿を軽んじているからではない」


「情報は、持つだけで危険になることがある」


 その言葉は、文句の勢いを少しだけ鈍らせた。


「貴殿が誰かに漏らすという意味ではない」


 トウカは続ける。


「貴殿が知っている、という事実そのものが、貴殿を危険に晒す」


 そこで、わずかに声の重さが増した。


「そして、貴殿の周囲もだ」


 アオは何も言えなかった。


「軍事作戦において、情報は全員に均等には配られない」


「必要な者に、必要な時、必要な量だけ渡す」


「当事者であっても同じだ」


 当事者。

 自分のことなのに、すべてを知らされるわけではない。


 それは理屈としては分かる。


 分かるが、感情はすぐには追いつかない。


「知った者は、悪意がなくとも狙われる」

「利用される。探られる。巻き込まれる」


「貴殿は、それに近いことを一度経験しているはずだ」


 ナイラの顔が浮かんだ。

 硬い表情。

 まっすぐな瞳。


 知ってしまったあと、無関係ではいられなくなった少女。

 悪意があったわけでもない。


 ただ、俺が使った魔法を見た。


 知った。


 それだけで、彼女はその情報の外側には戻れなくなった。

 アオは唇を閉じたまま、奥歯を軽く噛んだ。


「開示しないのは、貴殿を信用していないからではない」


 トウカの声が続く。


「貴殿を守るためだ」


「貴殿と接触する者を、余計な危険に晒さないためでもある」


 カゲツも何も言わない。


 アオの中に残っていた苛立ちは、消えたわけではなかった。

 それでも、真っ直ぐ同じ形ではいられなくなる。


「だが、一つだけ先に告げておく」


 トウカはそこで、話の向きを変えた。


「魔法の目を開いたからといって、すぐ外へ出るわけではない」


 アオは目を上げた。


「次はベイラへ戻る」


 ベイラ。


 家。


 森。


 父さんと母さん。サラ。隼丸。フィオ。


 すぐに浮かんだものを、アオは表に出さないよう押さえた。


「守護獣のもとで、本格的な魔法訓練に入る」


 トウカは続ける。


「貴殿が扱おうとしているのは、人間の延長にある力ではない」


「貴殿は、その入口に立とうとしている」


 トウカの視線は動かない。


「完成すれば、個で軍に匹敵し得る力だ」


 アオの中に残っていた文句が、そこで止まった。


 ……それは、隠す。

 隠すに決まってる。


 さっきまでの苛立ちは消えていない。


 なぜ、先に言わなかった。

 なぜ、ここまで段階を刻む。

 なぜ、自分はいつも測れないまま待たされる。


 その全部は、まだ腹の底に残っている。

 けれど、それとは別の理解が割り込んできた。


 個で軍に匹敵し得る。


 その言葉を、軽く扱えるはずがなかった。


 自分だけの問題ではない。

 知ることも、知られることも、周囲を巻き込む。


「伝承は綺麗に残る」


「だが、実務は綺麗ではない」


 その言葉は、妙に現実味を持っていた。


「英雄が現れた。神獣を目覚めさせる。世界を救う」

「言葉にすれば、それだけだ」


 そう並べれば、物語の中の言葉みたいに聞こえる。

 けれど、トウカが話しているのは物語ではない。


「だが、起こすなら、起きた後まで責任を持つ必要がある」


「力を開くなら、その力をどう扱うかまで見る必要がある」


 トウカはそこで、短く息を置いた。


「ヴォルタは英雄の血を引く家だ」


 ただ、背負っているものを確認するように言う。


「本来なら、この役目も我らの内から出るべきだったのかもしれない」


 その言葉に、カゲツの表情は動かなかった。


「だが、現れたのは貴殿だ」


 視線が、アオへ戻る。


「本物ならば支える」


 そこで、トウカはわずかに言葉を変えた。


「そうでなければ止める」


「ここで言う本物とは、伝承の名ではない」

「進ませてよい者かどうかだ」


 アオは黙って聞いた。


 伝承の英雄かどうかではないらしい。


 進ませてよいか。

 止めるべきか。


 その線を、今も見られている。


「心、技、体」


 トウカは、ひとつずつ刻むように言った。


「そのいずれかが欠ければ、貴殿は世界を救う者ではなく、世界を壊す側に立つ」


 誇張には聞こえなかった。


「だから支える」


「だから止める」


 それで、トウカの説明は一度終わった。


 納得したわけではない。

 腹の底には、まだ言いたいことが残っている。


 アオはゆっくり息を吸った。

 胸の奥にあるものは、きれいには整わない。


 それでも、ここで返す言葉は決まっていた。


「……分かりました」


 声は、完全には晴れていなかったと思う。

 納得ではない。ただ、受け入れた。


 トウカが、横に控えていたカゲツへ視線を向けた。


「カゲツ。準備は整っているな」


「はい」


 カゲツは短く答える。


「立会人、測定班、医療班、いずれも所定位置に入っています」


「よろしい」


 トウカは頷き、席を立った。

 椅子の音はほとんどしなかった。机の上の書類も、そのまま整った位置に残されている。


「では行く」


 トウカは扉へ向かいかけて、一度だけアオを見る。


「ソウマ"達"が待っている」


「来い、碧殿」


「……はい」


 アオは短く返し、カゲツとトウカに続いて執務室を出た。

 いくつか角を曲がる。


 見覚えのある区画に入ったところで、アオは気づいた。


 この先には、以前、魔法の力を測った部屋がある。


 何もない小部屋。

 中央に、立方体が浮いていた。


 カゲツはその小部屋へ向かっているように見えた。


 だが、扉の前では止まらない。

 その横を通り過ぎる。


 カゲツが止まったのは、そのさらに先。


 測定室の扉よりも大きい、奥まった扉の前だった。


 アオは、ふと自分の手を見た。


 札を掴んだ手。

 柱の陰を抜け、床に膝をつきながら、最後の札を握った手。

 セーフティ膜を作った手。


 あの子を守るために、考えるより先に伸ばした手。


 何も変わっていない。


 指も、手のひらも、今朝服を整え、扉を開け、ここまで歩いてきただけの手だ。


 それなのに、トウカはその先にあるものを、軍と比べた。


 カゲツが扉の前で立ち止まった。

 中から、微かな声が聞こえた。


 ソウマの声ではない。

 トウカでも、カゲツでもない。


 聞き慣れた、少し丸い声。


「……アオ、来たニャ?」


 アオの足が、一瞬だけ止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。