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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第五章 目覚め

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第六十三話 守護特務官教育生

「今日の訓練はここまでだ」


 トウカの言葉が落ちると、カゲツが一歩前へ出た。


「まずは休め。部屋へ案内する」


 アオは浅く息を整え、どうにか立ち上がった。脚の奥にまだ熱が残っている。走り終えた直後よりましだが、膝の裏は重く、肩口には何度も掴まれた感触が鈍く残っていた。


 訓練場を出て、白い廊下を進む。


 来る時は周囲を見る余裕もなかったが、今は少しだけ分かる。


 人の気配はある。けれど、廊下で言葉を交わす者はいない。すれ違う人間も、自分の用件だけを抱えて、決められた方向へ進んでいく。

 誰かが暮らすための場所というより、決められたことを決められた通りに行うための場所に近かった。


 いくつか角を折れ、短い階段を上がった先で、カゲツが立ち止まる。

 開いた扉の向こうを見て、アオはわずかに目を見開いた。


 広い。


 最初に浮かんだ感想は、それだけだった。


 前の部屋より明らかに広い。部屋も一つではない。一人で使うには広すぎると思えるくらいには、空間に余りがあった。

整えられた机、低い棚、簡素だが質の良さそうな椅子。奥にはもう一つ扉が見える。


 そして壁際には、見覚えのある荷物が既に運び込まれていた。


「ここを使え」


 カゲツが中へ入り、振り返る。


「士官候補生と幹部訓練用の部屋だ。以前いた教育機関の部屋より、広いはずだ」


 アオも中へ入った。床も壁も落ち着いた白で統一されている。余計な飾りはないが、殺風景というほどでもない。必要なものが、必要な場所にだけ置かれていた。


「生活に必要なことは大体ここでできる。調理も可能だ。自分でやるなら材料を注文しろ。食堂の方が選べるものは多いが、この部屋からでもある程度は頼める」


 机の端に、シェイラから使っていた通信端末が置かれているのが見えた。荷物と一緒に、先に運ばれていたらしい。


「家族との通信も可能だ。ただし事前申請は必要になる。この部屋で繋げる」


 続けて奥の扉へ視線を向ける。


「風呂もある。自由度はこれから格段に増える」


 そこで一度だけ言葉を切った。


「その分、自覚を持て」


 短い声音だったが、命令というより確認に近かった。

 お前はもう、ただ世話をされるだけの立場ではない。そう言われた気がした。


 アオは小さく頷く。


「……はい」


「今日は休め。明日、定刻に迎えに来る」


 必要なことだけを告げると、カゲツはそれ以上何も足さなかった。


「何かあれば呼べ。だが、よほどでなければ明日でいい」


「分かりました」


 カゲツが出ていき、扉が静かに閉まる。

 途端に、部屋の静けさが一気に広がった。


 誰にも見られていないと分かった瞬間、身体の力が少し抜ける。アオはその場で息を吐き、近くの椅子に腰を下ろした。


 疲れた。


 訓練場ではまだ頭が先に動いていたが、止まってしまうと駄目だった。脚が重い。喉も乾いている。肩も背中も熱を持ったまま、鈍く張っている。


 けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。

 できなかったことが、最後に一つだけ通った。その感触が、身体の奥にまだ残っている。


 アオは机に肘をつくでもなく、しばらく座ったまま部屋を見回した。広い。静かで、余計なものがない。前の部屋よりも、ここではやれることが増えるのだろう。


 その分、自覚を持て。

 さっきの言葉だけが、妙に残った。


 自由になる、ということは、勝手にしていいという意味ではないらしい。自分で決めて、自分で整えて、自分で失敗しないようにしろ、ということなのだろう。


 アオはゆっくり立ち上がった。


 今日はもう何も考えたくなかった。明日のことは明日でいい。


 確か、前に焼いた白パンがまだ残っているはずだ。あれを少し食べて、風呂に入って、すぐ寝よう。

 そう決めると、それだけで少し気が楽になった。


 アオは荷物を開き、包みを探した。白い生地の感触が指先に触れる。ちゃんと残っている。

 小さく息をついて、それを手に取った。


翌朝、迎えに来たカゲツに連れられて、アオは再び施設の奥へ向かった。

 通された部屋は、執務室だった。


 広いが、飾りは少ない。整えられた机、必要なだけの書類、壁際の棚。窓から入る光さえ、きっちりと部屋の輪郭をなぞっているように見える。


 机の向こうに、トウカが座っていた。

 アオが立つと、トウカは書類から視線を上げる。


「昨日は見せてもらった。改めて歓迎する、碧殿」

「我らヴォルタ家は、英雄に連なる家だ。だが、この千年、貴殿のような者は現れなかった」


 まっすぐにアオを見る。


「碧殿が魔法の目を持つのなら、それだけで意味がある」

「同時に、今の貴殿は守護特務官教育生でもある。まだ教育の途中だ。責任は、現時点では我々にある」


 そこで一度、わずかに間を置く。


「だからこそ、遠慮はいらない。思い切って試せ。貴殿の能力は、存分に伸ばしていけばいい」


「……はい」


 短く返すと、トウカは小さく頷いた。


「この後、カゲツに能力確認を行わせる。報告は受けているし、昨日の動きも見た。総合的な適性については、すでに把握している」


 だが、と続ける。


「魔法の目が開いているわけでもないのに、年相応を外れた力を持っている。それを曖昧なままにはしておけない。現時点での魔法出力、世界への干渉力の強さを記録する」


 その言い方に、拒否の余地はなかった。けれど、押しつけがましさもなかった。ただ必要だからやる。それだけの口調だった。


「行ってこい」


「はい」


 アオは一礼し、カゲツとともに部屋を出た。


 連れて行かれた先は、昨日とは別棟の奥にある小部屋だった。


 中に入って、アオはわずかに目を細める。


 似ている。


 何もない部屋の中央、空中に立方体が浮かんでいた。継ぎ目もなく、光だけを鈍く返す箱。

以前、教育機関で魔法の測定に使っていたものと、ほとんど同じに見える。


「普段通りでいい」


 カゲツが言った。


「順に出せ。最大を取る」


 アオは頷き、中央に立つ。


 箱へ向けて手をかざす。呼吸を整え、意識を絞る。慣れた感覚だった。力の流れを確かめ、ぶれない位置を探し、放つ。


 光が走る。


 立方体の表面に数字が浮かび、すぐに消えた。


 もう一度。さらにもう一度。


 角度を変え、出力の乗せ方を微妙に調整しながら、何度か繰り返す。

 最後の一撃が吸い込まれるように箱へ入ったあと、空中に数字が定着した。


 83。


 アオはその数字を見上げた。


 前より上がっている。それは分かる。


 けれど、正直なところ、それがどれほどのものなのかはよく分からない。QEUと言われても、未だに実感がない。ただの数字にしか見えなかった。


「終わりだ」


 カゲツが前へ出る。


 表示を確認したあと、視線を外さずに言った。


「最大値は八十三」


 声色は変わらない。だが、昨日までより少しだけ硬い。


「カルドライン環境下の魔法体系において、ここシェイラにおける八十三は異常だ。」


 アオは黙って聞いた。


「一般人類なら、訓練を積んでも一定の才能がなければ到達しない水準だ。世界への干渉能力として見ても高い」


 そこで、カゲツは一度だけ表示された数字を見直した。


「ここではなく、外界環境で同質の出力が安定すれば、さらに大きく跳ねる可能性がある。数倍で済まないかもしれない。外界各国の黒獣対応級の部隊が対応する可能性すらある」


 言われている意味は分かった。


 だが、実感は遅れてやってくる。

 アオは、自分の手を見た。昨日、札を掴み、壁を切り、必死に逃げ回った手だ。今朝、扉を開け、服を整え、ここまで歩いてきただけの手でもある。


 それが、そこまで言われるものなのか。


 うまく繋がらないまま、指先だけが少し強張った。


 カゲツはそんなアオを見て、淡々と続けた。


「お前が力を持つこと自体は罪じゃない」

「だが、ここで教えるのは、強くなる方法だけじゃない。使いどころを見誤らず、生きて戻る方法だ」


 静かな部屋に、その言葉だけがはっきり残る。


「力は、使い方次第でどうにでも変わる。油断するな。見誤るな」


 アオはゆっくり息を吸った。


「……はい」


 返事をすると、カゲツは短く頷く。


「この後、トウカ様から改めて話がある」


 それだけ告げて、出口へ向き直った。


 アオはもう一度だけ、空中に浮かぶ数字の残像を見た気がして、すぐに視線を外した。

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