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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十八話 謹慎

 個室の窓は小さく、外の光は細い帯になって床へ落ちていた。

 机と椅子と、簡素な寝台。


 それだけの部屋は、広くはないのに妙に空いて見える。

 俺は椅子に座ったまま、組んだ指先を見ていた。


 あの後、拘束されたまま、この部屋に連れてこられて

 それからナイラとも会えていないし、カリキュラムも休みになってしまった。


 何度も考えた。

 あの場で、ああするしかなかったのか。


 もっと別のやり方はなかったのか。

 もっと上手いやり方があった可能性は、きっとある。


 でも――


(それでも)


 ナイラは無事だった。

 発電機も壊れなかった。


 あのまま何もしなければ、もっと大事になっていた。


 胸に重いものは残っている。

 けれど、守れたものまで否定する気にはなれなかった。


 扉の向こうで、控えめに靴音が止まる。

 少しして、鍵の外れる音がした。


 入ってきたのは、ロッド先生だった。


 扉が閉まる。

 先生はすぐには座らず、こちらを見たまま短く息を吐いた。


「馬鹿な事したな」


 怒っている声ではなかった。


「……はい」


「理解しているはずだが、今回の件は、“約束を守らなかった”ってだけの話じゃない」


 先生は机の横まで来て、腕を組んだ。


「お前は国家機密そのものだ。アークヴェリアの未来を恐らく握る、“英雄の卵”だ。まずそこを、自分の都合より先に置け」


 言葉が、ひとつずつ落ちてくる。


「今回、お前の魔法を見られた可能性がある。そこから何かを察されたかもしれない」


 俺は膝の上の手に、少しだけ力を入れた。


「ナイラが何かしらの情報を持つってことは、ナイラ自身に情報の価値が付いて回るってことだ」


 先生の視線は動かない。


「情報を持つなら、将来それが危険になる可能性もある。お前だけの問題じゃない。相手の身にも返る」


 喉の奥が、わずかに詰まる。


 分かっていた。

 あの瞬間にも、頭のどこかでは分かっていた。それでも、止まれなかった。


「……」


「もう一度言うぞ。自覚しろ」


 短い沈黙が落ちた。

 叱責は、それで終わりだった。


 でも、終わった感じはしなかった。


 言われた言葉が、そのまま部屋に残っているみたいだった。

 先生はそこでようやく、少しだけ肩の力を抜いた。


「……だがな」


 声の硬さが、ほんの少しだけ和らぐ。


「この前の事は、ナイラにはこっちで説明して、筋を通しておく。安心しろ。ナイラは大丈夫だ」


 張っていたものが、わずかに緩んだ。

 先生は続ける。


「それと、俺たちは、お前が約束や規律を破ったって事実だけを見てるわけじゃない」


 机の端に指先が触れる。

 そのまま、ゆっくり言葉が継がれた。


「助けに入った判断、そのとき見ていたもの、その根っこまで否定するつもりはない。

 ああいう場面で身体が動いたこと自体は、英雄としての資質や心が育ってきている証拠だと見てる」


 顔を上げる。


 先生と目が合った。


「……そこまで問題視はしていない」


 その言葉は、救いというより、重さを増すものだった。


 認められたから軽くなるんじゃない。

 認められても、線は越えたままなんだと分かる。


「とは言え」


 先生の声が、また少し締まる。


「ベイラとの通信も、ナイラとの交流も、当面は我慢しろ」


 返す言葉を探そうとして、やめた。

 探したところで、何かが変わる気はしなかった。


「自分で選んだ結果だ。ケジメをつけろ」


 俺は、息をひとつ吸った。

 それから、ゆっくり頷く。


「……はい」


 先生はしばらく俺を見ていたが、余計な言葉は足さなかった。


 それが、この人なりの線なんだと思った。


 扉へ向かう背中が、途中で一度だけ止まる。


「アオ」


「はい」


「飲み込め」


 振り返らないまま、先生は言った。


「今のお前には、それが必要だ」


 扉が開いて、閉まる。部屋はまた静かになった。


 俺はしばらく、そのまま動かなかった。


 ベイラにも連絡できない。

 ナイラにも会えない。


 心が重く沈んでいく。


 それでも、受けるしかないとも分かっていた。


 自分が何者で、何を背負わされているのか。

 それを都合のいい時だけ忘れていい立場じゃない。


 膝の上で握った手を、ゆっくりほどく。


(……ナイラが無事なら、それでいい)


***


 数日後。


 呼び出しを受けて、ナイラは小さな応接室へ入った。

 先にいたのは、ロッド先生とマキ先生だった。


 窓際の席に案内され、向かいに二人が座る。

 机の上には湯気の立つ茶器が二つ置かれていたが、ナイラはまだ手を伸ばせなかった。


 あの日のことだ、と分かっていた。

 ロッド先生は、いつものように前置きを長くしなかった。


「この前の件について、こちら側から報告がある」


 ナイラは背筋を伸ばす。


「はい」


「アオの国は、魔法が使えないシェイラで、神の道具の仕組みを参考にしながら、魔法に近いことを再現する研究をしていた」

「装置が危険な状態に入っていたのは明白だ。そこへ、アオが研究の延長にある手段で介入したと見ている」


「結果として、最悪は避けられた」


 ナイラの指先が、膝の上でわずかにこわばる。

 そこで、マキ先生が口を開いた。


「ナイラさん」


 視線が合う。

 その目は、いつもの授業の時より少しやわらかかった。


「あなたも、私も、アオさんに助けられたの」


 ナイラは、うまく返事が出来なかった。

 ただ、小さく頷く。


 ロッド先生が続きを引き取る。


「ただし、この話は本来、機密事項だ。他言無用。表に出していい種類のものじゃない」


 言いながら、腕を組み直す。


「アオの出身国は対外的に慎重な国だ。アウレアみたいな大国に余計な干渉をされたくない、って事情もある。

 そういう背景があって、お前には最初から正しく伝えることが出来なかった」


 ナイラは、息を吸って、それを飲み込んだ。


 理解は出来る。

 少なくとも、理屈としては。


 でも――と思う気持ちも、残る。


 ロッド先生は、そこを見ていたのかもしれない。

 少しだけ声の調子を落として言った。


「だから、これからしばらくアオとの交流には制限が入る」


 室内の空気が変わった気がした。


「……そう、ですか」


 自分でも驚くほど、声は平らだった。


「アオはアオで、お前みたいに色々背負ってる。事情がある。そこは理解してほしい」


 ナイラは俯かなかった。


 代わりに、マキ先生がそっと言葉を継ぐ。


「アオさんは、ナイラさんを軽く見ていたわけではないわ」


 その声だけで、胸の奥が少し痛んだ。


「彼にも、話せない事情があったの。つらいだろうけど……それだけは、分かってあげてほしい」


 しばらく、誰も話さなかった。

 茶器から細く湯気が上がっている。


 ナイラはそれを見ていた。


 感謝していた。

 それは間違いない。


 あの時、自分ではどうにも出来なかった。

 装置の異常にも、空気の変化にも、気づけなかった。


 結果だけ見れば、助けられたのだ。

 なのに、その感謝と同じ場所に、別のものが生まれていた。


 少しだけ、アオに腹が立った。

 どうして、いつもそうなのだろうと思った。


 自分では何も言わないまま、必要な時だけ手を貸して、終われば何事もなかったように引く。

 けれど、それより強かったのは、自分への苛立ちだった。


 分かっていたはずだ。

 アオが何かを背負っていることくらい。

 言葉にしなくても、隠しているものがあることくらい。


 それなのに、自分は受け取る側にいた。


 実験だってそうだ。

 あれだけ詰まり続けていたのに、アオが手を入れたことで、ようやく道筋が見えた。


 そして最後も、やってはいけない方法で、自分を助けた。


(なんで、私は……)


 胸が熱くなる。


(なんで、私はいつも、もらってばかりなんだろう)


 机の下で、拳を握る。

 爪が掌に少し食い込んだ。


(なんで、アオは全部、ひとりで背負いこむんだろう)


 悔しかった。


 自分が助けられたことも。

 そのことに、今さらちゃんと気づかされたことも。


 何も返せていないことも。


「……分かりました」


 ようやく出た声は、少しかすれていた。


「交流の制限も、受け入れます」


 それを言えたのは、意地だったのかもしれない。

 泣きたくなかったし、子供みたいに取り乱したくもなかった。


 けれど、そのまま終わるのは違う気がした。


「……その上で、一つだけ、お願いがあります」


 ロッドとマキが、黙って続きを待つ。


「今すぐじゃなくていいです。後日でも構いません。きちんと、お礼だけは言わせてください」


 ロッド先生は短く頷いた。

 マキ先生は何も言わなかったが、その沈黙は冷たくなかった。


 話が終わって部屋を出たあとも、ナイラは落ち着かなかった。

 廊下を歩きながら、何度も同じ言葉が巡る。


 助けられた。

 また、もらった。


 自室の扉の前で足が止まる。

 そのまましばらく動けなかった。


 それでも、ひとつだけはっきりしたことがあった。


 ちゃんと、言わなければならない。

 もらってばかりで終わるのは、嫌だった。

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