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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十七話 正帰還発生

 発電機の音が、細く伸びていた。

 アオは、じっと装置を見ていた。


 何かがおかしい。

 回っている。数字も出ている。見た目には、まだ異常は何もない。


 それなのに、耳に引っかかる。

 少し高い。

 少し軽い。


 滑っているわけじゃない。けれど、どこか空転しているみたいな、芯の噛み合わない薄さがあった。

 ナイラが、計器から目を離さないまま、こちらを向いた。


「アオ、ありがとう」


 声が弾んでいる。


「あれ、どうやったの?」

「前の癖が、なくなってる!」


 アオはすぐに返せなかった。


「……うん」


 それだけ言って、視線を装置へ戻す。


 頭の中で、さっきまでの流れをなぞった。

 ナイラは、外界よりノイズの少ないシェイラなら、効率の条件が読めるはずだと考えていた。


 そこに、昨日の調整が入った。


 シムと座金のムラが消え、位置が揃った。

 だからこそ、これまでノイズに埋もれていた境目が出た。


 今は、その境目の先――いちばん効率のいいところに、ほとんど乗っている。

 アオの喉が、ひやりとした。


(……良くなりすぎた?)


 熱。隙間。回転。出力。

 条件が噛み合い始めたら。


(まさか)


(正帰還……?)


 その時、マキ先生が静かに口を開いた。


「ナイラさん」


 やわらかい声だったが、調子は落ち着いている。


「嬉しいのは分かるけれど、一度ここで試験を切りましょう」

「条件を整理して、区切りをつけましょうか」


「はい」


 ナイラは素直に頷いた。


 そのまま、いつもの手順で駆動側へ手を伸ばす。


 アオの背中を、ぞわりと何かが走った。


「待って!」


 思わず大きな声が出た。


「触るな!」


 ナイラが目を見開く。

 けれど、その瞬間にはもう手が動いていた。


 駆動が落ちる。


 ベルトの張りがわずかに変わる。

 普通なら、そのまま回転は鈍るはずだった。


 ――なのに。


 落ち方がおかしかった。

 一瞬だけ、さらに軽くなる。


 細かった音が、もう一段だけ上ずった。


 ナイラの顔から色が引く。


「え……?」


 マキ先生が即座に動いた。


 ナイラの前へ半歩出る。

 庇うように立ちながら、駆動側ではない接続部へ手を伸ばした。


「下がって」


 短い声だった。

 ナイラは反射的に一歩引く。


 マキ先生の指が、切り離しの留め具へかかる。


 アオは動けなかった。

 魔法は使わない。勝手に通さないと、約束した。


 でも――


 もし今、何かが弾けたら。

 間に合うのか。


 手のひらが、冷たくなる。


 マキ先生が次の切り離しへ手を伸ばす。


 その瞬間――


 また、音が変わった。

 高い。

 さっきより、近い。


 装置の中で何かが噛み合い直したような、嫌な響きだった。

 嫌な音をさせながら、端子の脇で火花が小さく跳ねる。


 その瞬間、アオの身体が先に動いた。


「だめだ!」


 空気が弾けた。

 見えない風がナイラとマキ先生の身体を包み込む。床から引きはがすようにふわりと持ち上げ、そのまま後方へ強く押しやった。


「きゃっ――」


 ナイラの短い悲鳴。


 マキ先生も目を見開いたまま、なす術なく危険半径の外まで運ばれる。

 床に滑るように着地した瞬間、マキ先生の視線がアオへ向いた。


(……これは、アオ殿?)


 ロッド先生が一歩前へ出る。


「魔法反応、確認」


 低い声だった。

 すぐに腰の拘束具へ手が伸びる。


 アオはそれを視界の端で捉えたが、構っている余裕はなかった。


(急げ急げ急げ)


 二人は離した。

 でも、これで終わりじゃない。


 今度は装置だ。このままなら壊れる。火花だけでは済まない。

 アオは発電機へ手を向けた。熱の偏りを探る。局所だけが妙に膨らんでいる。そこへ、薄く熱を散らすように力を通す。


 同時に、空転を生んでいる一点を探った。


 壊さない。

 飛ばさない。

 まず、暴れさせない。


 ロッド先生が拘束具を構えたまま、さらに踏み込もうとする。

 その気配に、アオは一瞬だけ目を向けた。


 まだ。


 声にはしなかった。ただ、その一拍だけは伝わったらしい。

 ロッド先生の足がわずかに止まる。

 アオは意識を戻した。熱を逃がしながら、遠隔でごく細く部品へ力をかける。外す。壊さずに。ほんの少し、位置をずらす。


 金属が擦れる音。


 次の瞬間、薄く上ずっていた空転音が消えた。


 音が落ちる。


 回転が重さを取り戻す。

 火花も消えた。


 マキ先生は床に手をついたまま、呆然と装置を見ていた。けれど、すぐに我に返る。視線をロッド先生へ向け、小さく合図を送った。


 ロッド先生が頷く。


 次の瞬間、拘束具が短く乾いた音を立てた。


 筒の先端から放たれたのは、一筋ではなかった。

 細く鈍い光を帯びた帯が三本、扇のように広がって飛ぶ。空中で先端がわずかに分かれ、狙いを変えるように軌道を曲げた。


 アオは避けなかった。

 最初の一本が右手首に巻きつく。


 遅れて二本目が左腕ごと胴へ回り込み、三本目が膝下をまとめて取った。

 当たった、と思う間もなかった。


 帯はただ絡んだだけでは終わらない。

 巻きついた瞬間に、内部で細い駆動音が走る。


 きり、と一段だけ縮む。


 右手首を取った帯が肘の角度を殺すように引き、胴へ回った帯が肩と胸を押さえ込み、足を取った帯が膝を折らせる向きへまとめて締まる。


 さらに遅れて、帯同士が自動で繋がった。


 手首と胴。

 胴と脚。

 離れていた拘束点が一つの形へ組み変わり、身体の自由な向きを消していく。


 アオの両腕は胸の前へ引き寄せられたまま開かない。

 足も半歩さえ出せない角度で固定される。


 もう一段、収縮。


 今度は逃げ道を潰すみたいに、全体が無駄なく締まった。

 手首に、足に、冷たい重みが食い込む。


 呼吸はできる。

 でも、身じろぎしようとした力まで先回りして押さえ込まれた。


 力を入れるほど、帯がわずかに応じて締まり直す。

 完全に、動けない。


 それでも、装置の内部にはまだ熱が残っていた。


 止まりきっていない。

 金属の奥で、じり、と遅れた熱がうごめく気配がある。


(……仕方ない)


(でも、まだだ)


 アオは動かないまま、装置だけを見た。

 手も足も封じられている。


 それでも、細く残した意識だけは切らない。


 内部にこもった熱を、外へ、外へと逃がしていく。


 無理に壊さない。

 無理にほどかない。


 ただ、危険になる温度だけを削る。

 赤くなりかけていた一点が、少しずつ鈍る。

 端子のまわりに残っていた熱気が薄れていく。


 ロッド先生の額に、冷や汗がにじんだ。


「……おいおい、マジかよ」


 喉の奥で漏れた声は低い。


「この状況でも、魔法使えんのかよ……」


 拘束具は確かにアオを押さえ込んでいる。

 腕も脚も、もう動かない。


 それなのに、装置の熱だけが、見えない手で撫でられるみたいに落ちていく。


 マキ先生も息を呑んだまま、その変化を見ていた。

 じり、と鳴っていた嫌な音が消える。


 金属のきしみも止まる。

 残熱がようやく抜けきって、装置は完全に静かになった。


 そこで初めて、アオは力を手放した。


(……約束、破ってごめんなさい)


 膝が床につく。

 拘束具が、きつく締まったまま微かに唸る。


 実験室が急に静かになった気がした。


 ナイラは離れた場所に座り込んだまま、何が起きたのか理解できずにいた。

 さっきまで自分は計器の前にいたはずだ。


 なのに気づけば後ろへ飛ばされていて、装置から火花が出て、誰も触っていないのに音が変わり、発電機が緊急停止した。


 シェイラでは魔法は使えない。


 そう聞いていた。


 それなのに、今のはまるで魔法みたいだった。

 風が自分たちを運んだ。

 熱が引いた。

 装置が止まった。


 そして今、アオが拘束されている。


 細い帯が腕と胴と脚を一つにまとめ、ほんの少し身じろぎしただけで、また締まり直す。

 ナイラの唇がわずかに開く。


 「……アオ?」

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