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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十五話 アオの手助け

 翌日。

 実験室の扉を開けると、昨日と同じ匂いがした。金属と油と、乾いた紙。


 今日はナイラがいない。机の上も片づいていて、中央の機械には布が掛かっている。


 作業台の前に、ロッド先生とマキ先生が立っていた。


「来たか」

 ロッド先生が顎で作業台を示す。


 マキ先生は、いつもの無表情のまま、小さな計器を台の端に置いた。

 薄い紙に何かを書き留める準備もしている。


「碧殿。作業はここで」


 アオは頷いて、台の上に紙包みを並べた。

 薄い板――シム。輪っかの金具――座金。どれも同じ札がついているのに、指先で触ると“癖”が違う。


 アオが指先に意識を寄せた瞬間、空気が薄く揺れた。

 マキ先生の視線が計器へ落ちる。針は、ほんのわずかに揺れた。


 それだけで、マキ先生は理解したようだった。

 目だけが一瞬、鋭くなる。内心の驚きはそこに滲んで、すぐ消えた。


 紙に短い線を引き、淡々と記録していく。


「……反応、確認。続けてください」


アオは一度、息を吸って――ゆっくり吐いた。


「シムは、札だと〇・一ミリです」

「でも……揃ってない。ムラがある」


 指で一枚つまみ、光にかざす。

 端の影が、ほんのわずかに濃いところと薄いところに分かれていた。


「一枚なら“〇・一”で済みます。でも――重ねると違う」

「座り方で、当たり方で、厚みの“効き”が変わる。だから、同じ枚数でも安定しない」


 ロッド先生が鼻で笑った。


「面の話か。そりゃそうだ」


「座金も同じです」


 アオは輪っかを指先で回した。

 平らに見えるのに、縁がどこか一箇所だけ、ほんの髪の毛ほど立っている。

 置けば、そこが支点になる。噛む。歪む。ずれる。


「だから、座りを揃えます」

「削るのは……道具です。俺は、道具が迷わないようにするだけ」


 アオが手を伸ばした。


 風が――糸みたいに生まれた。


 シムが、ふっと軽くなる。

 浮いているのに逃げない。回らない。傾かない。


 三点。

 目に見えない“支え”が三つだけ、板の裏を支えている。

 それで面が決まる。


 アオは指を動かさず、視線だけを落とした。


 ――跳ねた。


 ごく小さく。

 三点のうちの一つだけ、シムの反発がほんの一瞬早い。


(高い)


 浮かせたまま触れているから、分かる。

 持ち上げているのに、面の癖が返ってくる。


 平らな研磨面に、粉を薄く散らした。

 アオはシムを落とさない。

 落とさず、近づける。


 触れた瞬間――かすかな擦れる音。


 だが、押し付ける音にならない。

 圧が、一定のまま。


 シムは“置かれて”いるのではなく、

 “支えられたまま当てられて”いる。


 アオが動かす。


 同じ速さで、同じ軌道で。

 手首の癖も、指先の震えも、そこだけは出さない。

 出そうになった瞬間、風が逆に押し返して、軌道が揃う。


 ひと呼吸。

 もうひと呼吸。


 粉の音が、途切れず続いた。


 ――熱が、来る。


 摩擦の熱は、当たっている場所にだけ溜まる。

 溜まれば、反る。薄い板は、すぐに形を変える。


 だからアオは、冷やさない。

 熱を“散らす”。


 温いまま、均す。

 片側だけ熱くならないように、面の中で熱の偏りを消す。


 擦れる音が、微かに変わる。

 高いところだけが削れていく音だ。


 少し滑らせて、離す。


 シムはまた浮いた。


 三点支持のまま、静かに揺れる。

 さっき跳ねた支えが――今度は跳ねない。


(まだ、わずか)


 アオは迷わず、もう一度当てた。


 同じ軌道。

 同じ圧。

 同じ温度。


 淡々と。

 淡々と。


 マキ先生の針が、微かに揺れるたびに、

 紙の上の記録が一つ増えていく。


 何度目かで、針の揺れが小さくなった。


 ロッド先生が、笑うのをやめた。


 マキ先生は測りを置き直し、もう一度だけ確かめる。

 指先が止まったまま、目だけが動く。


「……確かに、精密です」


 アオはうなずいた。


「次、座金です」


 輪っかを浮かせる。


 今度は三点支持が、円の縁をなぞるように移動する。

 どこが立っているか、浮いた状態で“引っかかり”が返ってくる。


(ここ)


 アオは座金を研磨面に当てる。

 落とさず、噛ませず、面だけを接触させる。


 削れるのは、立っていたところだけだ。

 面が揃うほど、音が静かになる。


 最後は――音がほとんど消えた。


 アオが座金を浮かせ、平らな定盤にそっと置く。


 今度は、立たない。

 揺れない。


 ただ――すっと座った。


 マキ先生が針を見て、紙に線を引く。

 もう一度測って、同じ線を引く。


 その沈黙が、答えだった。


 やがて作業が一区切りついたところで、マキ先生が口を開いた。


「碧殿。改めて条件を確認します」

「魔法の使用は、必ず監督下で。許可を取ってから」

「場所はこの作業台の範囲のみ。勝手に動かさない」

「そして――」


 マキ先生の視線が、アオの目を真っ直ぐ射抜いた。


「ナイラ殿の前では、基本的に許可を出しません」

「碧殿がここで魔法を使えるという情報は、外へ出せない種類のものです」

「見せない。話さない。必要があれば、こちらが判断して指示します」


 ロッド先生が乱暴にまとめる。


「要するに、勝手にやるな。勝手に見せるな」

「それだけだ」


 アオは、短く頷いた。


「分かりました」

「許可があるときだけ。ここだけ。……見せない」


 マキ先生は、紙に小さく印を打った。

 針は静かに戻っていく。


 実験室は、まだ静かだった。


(思ったより、崩れなかった)

(途中で一度も"跳ねなかった")


風も、熱も――最後まで同じまま

(……ちゃんと、揃った)


 アオは心の中で、そうつぶやく。


 少しして、マキ先生が静かに口を開いた。


「前から、ナイラさんの道具を見ていて……神の道具と比べると、どうにも"揃っていない"感覚がありました。」

「でも――このシムと座金からは、それが消えています。もし実験が安定しない原因がこれだったのなら……成果は出るでしょう」


 もう一度だけ目盛りを確かめてから、声が少し柔らかくなる。


「最近の彼女は、少し追い詰められているように見えました。たとえ原因が別だったとしても、碧殿が手を貸した――それだけで、彼女は前に進めます」


「……ありがとう。アオ殿」


 アオは小さく頷いた。


「早速明日、この道具をナイラさんの試験に組み込みます。同席してください」

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