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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十三話 ナイラの実験

紙の束が、また一つ増えた。

 同じ形式。同じ罫線。似たような数字。似たような感想。

 ページの端だけが、少しずつ擦れていく。


 ナイラは机の上で、指先を揃えて紙を整えた。

 角がずれると、それだけで落ち着かない。


 ――落ち着くべきだ。

 ここは、揺らがない――はずなのだから。


 机の中央に、二つの発電機が並んでいる。

 片方は基準。 片方は改造、調整用。


 マキ先生は、部屋の端で記録板を開いたまま、静かに見ている。


 手順はもう、身体に入っている。


 固定。留め具。端子。数の確認。

 締め付けの順番。 シムと座金の厚み。


 メモの欄に、今日の条件を書き込む。


(基準ができた)


(比較はできる)


 最初は、それだけで救われた気がした。

 何をやっているのか分からないまま回すのと、


 “同じ場所に戻れる”のとでは、天と地ほど違う。


 ――温度の上がりが、少しだけ遅くなる日がある。


 ――同じ回転なのに、出力がほんの少し伸びる時がある。


 そのたびに、ページが増えた。

 同じページが増えるのは、悪いことじゃない。

 同じことをしたら、同じように出る。


 それは、成果だ。

 皆が揃えてくれた部品で、基準も作れた。

 だから試験だけは、迷わず回せる。

 けれど――


 少し良くなる。次で戻る。

 良くなる条件を重ねても、伸び切らない。


 ほんのわずかな差が、毎回、違う顔をする。


 ナイラは改造機の側面に手を当てた。

 金属が、まだ温かい。

 熱の位置が、昨日と少し違う気がした。


(同じ厚みのはずなのに)

(同じ順番で締めたのに)


 何が違うのか、見えてこない。


 マキ先生が、静かに声をかけた。


「時間です。今日はここまでにして昼食にしましょう」


「……はい」


 片付けの手順も、もう覚えた。


 数の確認。 工具の返却。

 記録板の署名。


 扉が閉まる音は、いつも同じだった。


 ***


 ナイラは昼の食堂で、空いた席を探して視線を走らせたところで、見慣れた横顔が目に入った。


 子どもの輪郭は残っている。

 なのに、座り方だけが大人みたいだった。


 パンをちぎる動きが静かで、無駄がない。


 アオだ。


 ナイラは、少しだけ迷ってから近づいた。


「アオ。……ここ、いいですか」


「あ、ナイラ。どうぞ」


 アオは手元を少しだけ寄せて、向かいの空間を作った。

 その動きが自然すぎて、ナイラは一瞬だけ肩の力が抜けた。


 椅子に座る。

 その瞬間、紙束が膝から滑り落ちそうになって、慌てて押さえる。


「……それ、毎回持ち歩いてるの?」


「はい。……逃げないように」


「逃げるの、紙なのに?」


「笑わないでください」


 言った後で、自分でも少しおかしくなって、息が漏れた。


 アオも、短く笑った。


「……最近、どうですか。授業」


「ん。いつも通り。……ちょっと、早く終わりそうって言われてる」


「……羨ましいです」


 アオが、食事の手を止めずに言う。


「ナイラのほうは? 実験、順調って言ってたじゃん」


「最初は、順調でした」


 ナイラは即答してから、少しだけ間を置いた。


「基準は作れました。比較の仕方も、手順も」


「でも……そこから先が」


 言葉が途切れる。


「……同じような結果ばかり、増えるんです」


「少し良くなったり、悪くなったり……戻ったり」

「どこを見れば“条件”が拾えるのか、分からなくて」


「このままだと……」


 ナイラは、そこで一度だけ唇を噛んだ。


「……終わるまでに、できないかもしれません」


 アオは、食べる手を動かすのを止めた。

 少しだけ考える間を置いてから言う。


「ナイラがやってること、間違ってないと思う。基準も作れてるし、比べ方もある」


「……でも」


「でも、どこを疑えばいいかが分からない。――たぶんそこ」


「……俺、手伝えることがあるかもしれない。先生に相談してみる」


 ナイラは一瞬だけ固まってから、目を伏せた。


「……ありがとうございます」

 

 声は小さかった。


 ***


 夕方。

 アオは廊下の角で一度だけ足を止めて、呼吸を整えた。


(落ち着け)

(お願いに行く。言い訳に行くんじゃない)


 頭の中に、昼のナイラの焦りが滲んだ顔が残っている。


 授業で聞いたアウレアの水準と、ナイラの話――「同じにしたつもりなのに、毎回ずれる」――それだけで、だいたいの姿は浮かぶ。


(たぶん、発電機ってやってることはシンプルだ)

(中で回ってる。磁石みたいな部分が動く)

(その近くに、ぐるぐる巻いた線――コイルがある)

(近づいたり離れたりすると、コイルに電気が生まれて、端子から外に出る)

(……じゃあ、出る電気が揺れるのは)

(コイルの位置がズレた時。隙間が変わった時。端子の触りが甘い時)

(変えたのに変わらない、じゃない)

(変えてないのに、“組み直し”で勝手に変わる)


 まず、状況を正しく掴む。

 何を固定できて、何が毎回揺れているのか。

 そこから、できることを考える。


 教員控室の前。

 控えめにノックして、返事を待つ。


「開いてるぞ」


 ロッド先生は資料から顔を上げて、軽く手を振った。


「珍しいな。どうした、アオ」


「はい」


 アオは、息を吸ってから言った。


「ナイラの実験に、手伝いとして入れませんか」


 ロッド先生はすぐに頷かない。

 ただ、口の端だけが少し動いた。


「……そっち来たか」

「まず確認。口は出さない、余計な情報はナイラに言わない。でいいな」


「はい。技術の話も、授業の話もしません」


「よし」


 ロッド先生は短く頷く。


「じゃあ、何を“やる”つもりだ」


「作業の補助だけです。締める順番を守るとか、部品を揃えるとか。先生の前で、指示があったら動きます」


「……悪くない」

「ただ、俺の独断じゃ通せない」


「ナイラ担当のマキにも回す。管理にも一回通す。」


 アオが頷く。


「明日返す。朝じゃなくて、昼な。」


 ロッド先生は椅子に背を預けた。


「あと一つ。ナイラはアウレア連邦からの大事な客人だ。本人がどう思うかとは別で、運用は面倒くさい」


「だから、アオが前に出すぎるな。手は出していい。口は出すな。――それだけ守れ」


「……はい」


 ***


 翌日。


 実験室の前。

 床に引かれた線の内側に、アオは立った。


 ロッド先生の隣に、マキ先生。

 二人とも表情は平らだ。


「条件は、昨日伝えた通りです」


 マキ先生が淡々と言う。


「碧殿は、指示があるまで触れない。作業は、こちらが指示します」


 アオは頷く。


「はい」


 ロッド先生が、肩をすくめる。


「聞いたな。要するに――余計なこと言うな、って話だ」


 マキ先生の視線が一度だけ動く。

 ロッド先生は涼しい顔のまま続けた。


「……俺が怒られる。だから頼む」


 扉が開く。

 温い金属の匂いが流れてくる。


 中に、ナイラがいた。

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