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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十二話 順調

 二週間後。


 ナイラ用に確保された実験部屋は、もう「空っぽの箱」ではなくなっていた。


 扉を開けた瞬間、金属と油の匂いが、薄く鼻をくすぐる。床には傷を避けるための敷材。壁際に寄せられた木箱には、搬入札がついたまま。封の刻印が、まだ新しい。


(……本当に、来た)


 視線が、勝手に走る。


 机の上。棚。固定具。配線の束。台座。工具一式。交換用の部品が、種類ごとに揃えられている。


 そして――発電機が、二つ。


 同じ型。けれど識別のため微妙に色が違う。片方は外界で使われてきた個体で、使い込まれた痕。

 もう片方は、比較のために用意された調整済みの基準機だろう。


 ふと、頭の中に別の景色が差し込んだ。


 遠い地方。舗装されない道。雨の後の泥。運びたくても運べない荷車。動かない機械。熱と臭いがこもる診療所。遅れて届く助け。


 ――あの場所を、変えたい。


 背筋を伸ばしたところで、廊下から足音が近づいた。


 控えめなノック。


「入りますね。ナイラさん」


 扉が開き、生活面を担当するマキ先生が顔を出した。

 部屋の中を一巡し、搬入状態を確認してから、ナイラの方へ向き直った。


「予定通り、搬入は完了しました。……待たせたわね」


「いえ。むしろ、こんなに――」


 言いかけて、ナイラは口を閉じる。

 喜びが先に出そうになるのを、飲み込んだ。


 マキ先生は、くすっと笑って、机の端を軽く叩いた。


「嬉しいのは分かるけど、まずは順番。今日は“使い方”と“約束”を確認します」


「はい」


 マキ先生は、壁際の台座に置かれた装置へ歩いた。

 細い箱状の動力源。側面に端子。留め具。帯状の接続具が巻かれている。


「これが動力源。あなたが言っていた“ベルト”に接続するのは、こっち」


 指先で端子を示す。


 マキ先生は、ナイラの目を一度見てから続けた。


「動かす前に、必ず固定。これを床の留め具と繋いで、暴れないようにすること。」


 留め具を指で押し、カチ、と小さな音を鳴らした。


「それと、一番大事な約束」


 マキ先生は、わざと少し間を置いた。


「一人で試験は禁止。必ず立会いを付けること。――教員、もしくは許可された同席者」


 ナイラの喉が、小さく鳴った。


「……分かりました」


「うん。いい返事」


 それからマキ先生は、壁面の予定表示へ視線を向けた。


「まだ基礎カリキュラムも残っているから、当面は、授業と実験をうまく組みます。時間は応相談。あなたの体調と進度を見て、柔軟に調整します」


「ありがとうございます」


 礼は短く。けれど、ナイラの声にはちゃんと温度が乗った。


 マキ先生は「いいのよ」と言って、机の上の部品箱を開ける。

 中には交換用のパーツ。調整用の小さな部材。形の違う留め具。細い線材が束ねられている。


「これが交換用。これは調整用。使う前に必ず数を確認して、記録して。失くしたら――探す時間が一番もったいないからね」


 ナイラは、思わず笑いそうになった。


 “もったいない”。


 その言葉が、妙に現実的で、頼もしかった。


 ナイラは部屋の中央に視線を戻す。


 二つの発電機。並べられた工具。整えられた台座。


(……これからだ。)


 ナイラは深く息を吸い、吐いた。


 外界では、欲しいと思っても、揃わなかった環境がここにある。

 魔法の影響が少ない世界なら――きっと、見つけられる。

 整理できる。そして、世界を変えられる。


 ナイラは、まだ触れていない発電機に目を向けて、静かに頷いた。


***


 授業の合間に、ぽつりと空き時間が出るようになった。

 アオはその時間を、休憩ではなくいつもの場所で魔法の自主練に回す。


 小さな金属片が、宙で止まる。

 揺れない。落ちない。

 そこに、熱を通す。


 じわり、と温度が移る。赤くはならない。けれど、触れたら分かる程度に、確かに変わる。

 浮かせながら、熱。熱を通しながら、位置を微調整。


 以前なら、どちらかが途切れた。


 今は、続く。

 金属片がほんの少しだけ回りかけて、アオは止めた。止まる。


(……順調だ)


 胸が軽い。軽いのに、どこか落ち着かない。

 今日は、授業のあとに、ひとつ許可が下りていた。


 ――家族と連絡ができる。


 久しぶり、どころじゃない。

 それを考えただけで、喉が乾く。

 授業が終わり、廊下に出たところで声がかかった。


「アオ殿」


 フジワラだった。後ろに、職員が一人だけついてくる。


「こちらへ。通信の準備が整っております。――本日は初回ですので、時間を区切ります」


 アオは頷いて、ついていく。


 通された部屋は、音が少ない。

 床の一角に、淡い線で囲まれた区画があった。近づくと、音が遠のく感覚があった。


 職員が丁寧に頭を下げ、端末を差し出す。


「アオ殿。こちらを。……設定は済ませてあります。区画の中で、手を離してください」


 アオは受け取る。


(……やっと、使える)


 フジワラは低い声で告げる。


「許可の範囲で。内容には踏み込みません。……異常があれば、こちらで切ります」


 職員は一礼し、扉の外へ下がった。


 アオは区画の中央で、端末をそっと持ち上げた。

 指を緩める。


 端末は落ちない。膝のあたりの高さで静かに落ち着く。


 次の瞬間、部屋の音が消えた。


 完全な無音ではない。自分の息と、喉の動く音だけが残る。

 外の気配は、厚い布の向こうへ押しやられたみたいに遠い。


 光が、端末からふくらむ。

 輪郭が結び、影のない奥行きになって、輪の縁に沿って人の形が立ち上がった。


 サラ。

 母さん。

 父さん。


 声が、少し遅れて届く。


「……アオ?」


 母さんの声に、胸の奥がきゅっと縮む。


 サラは目を見開いて――次の瞬間には笑っていた。


「うそ! ほんとに繋がった! アオだ! アオだよね!?」


 サラは、以前より少しだけ背が伸びて見えた。髪の結び方も、前より落ち着いている。

 それが、逆に刺さった。


 アオは息を吸って、言葉を探す。


「……久しぶり」


 声が震えた。情けないくらい。

 それでも、続ける。


「この前は、誕生日プレゼント……ありがとう」


 言った途端、目が熱くなった。何も起きてないのに、涙が出そうになる。


 サラが身を乗り出す。


「プレゼント、届いた!? どうだった!? 使ってる!?」


 父さんが咳払いをひとつして、サラを制した。


「サラ。アオが話している途中だ」


 父さんは、言葉を選ぶ顔をしていた。


「アオ。たくさん話はしたい。……だが、今回は時間が限られていると聞いた。だから要点だけになる。すまない。」


 アオは、頷く。

 父さんは続けた。


「お前が出てから……二年が近い。皆、元気だ。心配はするな」


 母さんが、小さく頷いた。


 父さんの視線が、少しだけ柔らかくなる。


「サラは、ベイラであのままお世話係の務めを続けて、今は、生徒代表も任されるようになった」


「えへへ」


 サラが照れたように笑う。けれど、その笑顔の奥に、張りつめたものがある。


 父さんは、言葉を区切った。


「……ただな」


 母さんが、静かに補う。


「みんな、心配してるの。ここにいないミケも、隼丸も、フィオも。……アオが、ひとりでいることを」


 アオの胸が、また締まる。


「だから、教えて。シェイラは、どう? アオはいつも、どんなふうに過ごしてる?」


 アオは、目をこすりたくなるのを我慢した。姿勢を正す。


「寂しいのは、ある。でも……何とかやれてる。勉強も体力も、筋がいいって言われた」


 サラが目を輝かせる。


「さすが!」


 父さんが、ふっと笑った。


「予定より早く終わりそうだ、とも言われているのか?」


「……うん。順調だって。だから、もっと頑張ろうと思う」


 母さんの表情が、少しだけ曇る。


「アオは、頑張りすぎるから。無理はしないでね」


「うん」


 父さんが、話題を変えるように言った。


「日常も知りたい。食事はどうだ。何を食べている?」


 それが、妙に嬉しかった。心配じゃなく、生活の話をしてくれるのが。


「……もらったパン焼き機、使ってる。白パンを、おやつにしたり」


 サラがすぐに割り込んだ。


「えっ、ほんと!? よかった! ちゃんと使ってるんだ!」


 母さんが眉を寄せる。


「サラ。今はアオの話」


「ごめん!」


 アオは、笑いそうになって、続けた。


「あと……こっちに来て、多分、初めてちゃんと魔獣の肉を食べた。すごい美味しい」


 サラがまた勢いよく顔を寄せる。


「魔獣の肉!?昔レイラン行った時、ちょっとだけ食べたけど、色々あってゆっくり食べられなかった! また食べたいと思ってた!」


「サラ!」


 母さんの声が鋭くなって、サラが肩をすくめる。


 ――楽しい時間は、ほんとうに早い。


 扉がノックされ、フジワラが部屋に入ってきた。

 フジワラは一礼し、静かな声で告げる。


「アオ殿。時間となりました。通信を切らせていただきます」


 そして、父さんたちへ向けても、続けた。


「守護長殿。碧殿は、我々が責任をもって安全にお預かりし、英雄として成長できるよう支えます。ご安心ください」


 父さんが、深く頭を下げる。


「フジワラ殿。今回は調整、感謝します」


 母さんも、目を細めて言った。


「……どうか、アオを、よろしくお願いします」


 父さんが最後に、アオへ向けて言う。


「アオ。焦るな。無茶はするな。……だが、進め」


 アオは、喉の奥が痛くなるのを堪えて頷いた。


「……分かってるよ。父さん。ありがとう」


 光が揺れて、家族の姿が薄れていく。


 最後にサラが、口を動かした。


「またね!」


 次の瞬間、通信は切れた。

 部屋が、急に静かになった。


 アオは、椅子の背に少しだけ体重を預ける。

 なぜだろう。急に、力が抜けた。


 でも、嫌な抜け方じゃない。

 守りたい世界。守りたいもの。

 それを、確かめられた気がした。


 フジワラが、端末を片付けながら言う。


「今後も状況を見て、今回のような機会を設けられればと考えております」


「……ありがとうございます。」


 アオは小さく頷いて、立ち上がった。


(まずは、教育を早く終わらせる)

(魔法の制御も、完璧にする)

(強くなる必要は分かっている。

 でも――この積み重ねで、本当に世界が滅ぶのを止められるのか。)


 一歩ずつでいい。

 でも、止まらない。


 アオは、もう一度だけ深く息を吸って、扉の外へ出た。

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