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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第五十話 インフラ見学移動

 一週間が過ぎた。

無五曜日。


 壁面の予定表示が、目に入る。


 ――インフラ見学。


 アオは、身支度をしながら呼吸を整えた。

普段通りの朝だ。


 でも、心がいつもより軽い

(……誰かと“予定”があるの、久しぶりだな)


 ベイラでは、家族がいて、ミケがいて、フィオがいて。

 何かをする時は、だいたい誰かが隣にいた。


 ここシェイラでは――

 予定は常にあるのに、一人だった。


 扉を出て、廊下を歩く。

 床の線は淡く光り、足音は吸われるように消える。

 朝の気配も、人の気配も、必要な分だけしか存在しない。


 午前の教室に入ると、ハクが既にいた。

 装置のそばに立ち、板面には何も出していない。


 ただ、アオが席につくのを確認してから、短く言う。


「今日は、街の気温の話です」


 板面に図が浮かぶ。

 シェイラの輪郭。


 その上に、薄い色の層が幾重にも重なっている。

 地図というより、温度の“揺れ”の跡みたいに見えた。


「環境は、放っておけば揺れます」


 ハクは淡々と続ける。


 声は低く、抑えられている。


「日が傾けば冷える」

「人が集まれば熱を持つ」

「機構が動けば、熱は必ず出る」


 板面の色がわずかに動いた。

 赤と青が、ゆっくり行き来する。


「シェイラは、それを“均す”」

「均した上で、必要な場所には必要な温度を置く」

「街の中だけで吸いきれない揺れは、別の場所に預ける」

「逆に、足りない時は、そこから戻す」


 “熱”を、預ける。

 戻す。

 その言い方だけで、十分に異常だった。


 水でも空気でもないのに、“行き来”する前提で話している。

 ……魔法みたいだ。


 ハクは、板面の図を消さずに言う。


「今日、見学で見るものは、その一部です」


 アオは背筋を伸ばした。

 聞いているふりをして、少しだけ前のめりになる自分に気づく。


(……見学)


 教室の空気が、ほんの少しだけ変わった。


 ハクが続ける。


「午前はここまで」

「昼を挟んで移動します」

「授業が終わったら、ナイラ様と合流してください」


 その名前が出た瞬間、アオの意識が一度だけ跳ねた。

 授業が終わり、アオは教室を出た。



 ***



 ナイラは、部屋で上着の襟を指先で整えていた。

 鏡に映る自分の肩が、少しだけ上がっている。


(落ち着け)


 言い聞かせる。

 呼吸を深くして、ゆっくり吐く。


 壁面の表示を確認する。

 ――インフラ見学。


 仕組みを“教わる”のではなく、

 “見せてもらえる”。

 この差は大きい。


 そして、今日は――


(アオと、一緒に行ける)


 あの少年は、静かで、不思議だ。


 年下のはずなのに、どこか落ち着いている。

 こちらが迷うと、先に気づいて、必要なところだけを短く支えてくる。


 分からないことがあった時も、

 踏み込みすぎない距離を、最初から知っているみたいに取ってくれる。


 ……なのに、自分のことは、ほとんど話さない。

 どこから来たのか、どんな背景があるのか。

 ここで見える姿以外は、何も分からない。


 それでも、ここでの“普通”だけは、最初から身に馴染んでいる。


 ナイラは上着の前を留め、部屋を出る。

 廊下の光は相変わらず“どこからともなく”落ちている。


 けれど今は、その不思議さすら、少し楽しい。


 まずは、午前の見学前ブリーフだ。


 街の気温を「均す」こと。

 足りなければ戻し、余れば預けること。


 ナイラは頷きながら、胸の内でだけ確かめる。

 今日は、見せてもらえる。


 そして、アオと一緒に見られる。

 ブリーフが終わり集合場所に近づくと、人の気配が増えた。


 アオだ。


 声をかける前に、ナイラは一度だけ息を吸った。


 背筋を伸ばす。

 顔は平静のままに。


(……楽しみだ)


 言葉は、まだ出さない。

 出会った瞬間に、ちゃんと言えるように。

 ナイラは、アオの方へ一歩踏み出した。


 距離が詰まると、アオが先に気づいたように視線を上げる。


 いつも通りの顔。

 それが、なぜだか今日は少しだけ頼もしく見えた。


「おはよう。ナイラ」


「おはよう。アオ」


 短い挨拶だけで、肩の力が抜けた。


 集合場所は、宙舟の乗り場だった。

 その場に、アオ担当のハク先生が、本日の引率として先に待っていた。

ナイラの担当教員が、半歩も離れずに同行していた。


 ナイラが頭を下げると、ハクは頷きで返し、すぐに言う。


「これから設備に宙船で移動、入館して昼食」


「昼食後に見学。戻りは同じ経路です」


 壁面に簡単な導線が浮かぶ。


「移動中は指定範囲から離れないこと」


「質問は、見たものに限る」


 薄い線が、目の前に引かれる。


 ナイラは頷いた。


「……承知しました」


 ハクの合図で、宙船の扉が静かに開いた。


 中は思ったより狭い。

 ナイラがここへ来た時の宙船より、ずっと小さい。


(移動用の足、ってことね)


 アオが先に座り、ナイラも向かいに腰を下ろす。

 ハクは少し離れた位置に立ったまま、視線だけを巡らせていた。


 扉が閉まり、宙船は音もなく浮いた。


 身体が、ふわりと軽くなる。

 窓の外で、ゲートが遠ざかる。


 次いで、街が開く。街並みの向こうに、一本の大きな川が見えた。

 宙船はその上を越え、その先で景色がふっと開ける。


 整然と並ぶ区画。

 線で引いたような通り。

 光も高さも、どこか均されている。


 上から見ると、改めて分かる。

(……広い)


 来た時にも思ったのに。


 中心部の密度は、ナイラの国の中心都市より高い。

 ――なのに、詰まって見えない。

 溢れていない。乱れが、目に入ってこない。


 道の幅も、区画の明るさも、揃っているように見える。

(……均されてる)


 視線の先に、高い建物の群れの中では低すぎる、滑らかな半球があった。

 街の形から、少しだけ浮いている。


「シェイラって……本当に整えられているのですね」


「……うん」


 肯定はそれだけだったのに、ナイラは言葉を続けてしまう。


「ここまで詰まってるのに、流れが止まらない。……私の国じゃ、無理よ」


 ほんの少し息を吸ってから、付け足す。


「道がこれなら、搬送も遅れない。医療も……きっと、強い」


 窓の外で、目的の建物が大きくなっていく。


 影が街に落ちる。

 その影の輪郭が、不思議とぶれない。


 宙船はゆっくり降下し、入口が見える高さまで落ちる。


 機体が止まる。扉が開いて、短いタラップが滑るように伸びた。

 縁に淡い線が走り、手すりが静かにせり上がる。


 整った風が流れ込む。ひやりとして、境界だけが分かる。

 ナイラは無意識に上着の前を押さえ、足を踏み出す。


 ――インフラ施設の入口が、少し先に見えた。

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