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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

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第四十九話 食堂

 ナイラは、目を開けたまま、しばらく天井を見ていた。


 光は一定で、影が揺れない。

 この部屋は、朝も夜も、どこか同じ顔をしている。


 静かだ。

 ――静かすぎる。


 寝具の端を整えて、上体を起こした。

 壁面の表示に視線を滑らせる。今日の予定。移動。時間。

 並んだ文字は、分かりやすい。


 昨日を思い出す。


 外界、アウレア連邦から持ち込む予定の機材。

 試験に必要なモーターと発電機。

 それが、予定通り手に入る――そういう許可が下りた。


 嬉しかった。たしかに。

 ずれていた予定が、ようやく揃った。

 これで、測れる。比べられる。

 揺れない場所で、正しく並べられる。

 憧れのユーリ女史に、少しだけ近づけるかもしれない。


 なのに。


 視界が滲んだ。

 喉が詰まって、息が変になって。

 止めようとしても、涙が勝手に出てきた。


 理由は分からない。ただ、胸の奥が落ち着かない。


 ナイラは一度、深く息を吐いた。

 机に紙を置く。ペンを一本、転がらないように揃える。

 指先で、芯の具合を確かめてから、上着の内側に収めた。


 考えるのは、後でいい。

 今は、順番を崩さない。


 立ち上がる。

 顔を洗う。髪を整える。

 鏡の中の自分は、いつも通りに見える。


 扉の前に立ち、取っ手に手をかけたところで、ふと動きが止まった。


 静けさの中に、自分の足音だけがある。

 それが、少しだけ怖い。


 ナイラは視線を戻し、壁面の予定表示をもう一度見た。

 文字をなぞるほどに、頭は整っていく。


「……大丈夫」


 誰にでもなく、そう言って、扉を開けた。


***


 授業が終わると、廊下の空気が少しだけ変わる。

 音が増える、というより、気配が増える。


 アオは教室の扉を出て、歩きながら手のひらを開いたり閉じたりしていた。

 癖みたいな動きで、頭の中を落ち着かせる。


 昨日のことが、まだ残っている。


 ナイラは一人で泣いていた。


 理由は、聞かない。

 ――聞かない方がいい気がした。


 触れてしまえば、変わるものもある。

 だから今は、触れない。


 でも、ひとりにはしない。


 同じ場所にいるだけで、戻る時がある。

 ただ、それだけで。


 それなら、できる。


 昼になった。

 アオは歩調を一定にする。


 食堂へ向かう通路は静かで、足音だけが遅れてついてくる。

 人はいる。けれど、騒がしくはない。


 入口の手前で、ナイラが見えた。


 ――いた。


 背筋は真っ直ぐで、歩幅も乱れていない。


 横に並ぶ手前で、速度を落とす。

 視線が合う位置で、声が出た。


「……ナイラ」


 呼ばれて、ナイラの目がこちらを向く。

 礼儀の形が一瞬だけ戻るのを、アオは見て、すぐ言葉をずらした。


「光、わかんないよね」


 ほんの少し間を置いて、笑うほどでもない声で続ける。


「俺もまだ分かってない」


 ナイラの口元が、わずかに緩む。


「……そうですね。私も、まだ」


「だよね」


 それだけで、空気が少しだけ軽くなる。


 アオは視線を前に戻し話を続ける。


「昼、もし時間あったら。一緒にどう?」


「無理しなくていいよ」


 ナイラは一拍だけ止まった。


「……はい」


 短く頷いてから、言い添える。


「昼食の時間内でしたら、大丈夫です」


「うん。じゃああっちの方で一緒に食べよう」


 アオは歩く速さを変えず、ナイラの隣に並ぶ位置だけを合わせた。


 ***


 席に着くまでの動きも、決まった手順みたいに滑らかで。

 ナイラは周囲を一度だけ見回し、アオの向かいに腰を下ろした。


「……いつも、この席で?」


「たぶん。俺は、だいたい」


 アオは言いながら、椅子を引いて席に着いた。


 注文は言葉で済む。細かな指定はいらない。


「パンと……肉。多めで。あとスープ」


 返事はない。

 ただ、テーブルの縁が一瞬だけ温くなって、すぐ元に戻った。


 ナイラも続ける。


「パン。魚と……サラダを」


 指先に、同じ熱が触れて消えた。


 それだけ。

 やり取りは拍子抜けするほどあっさりしているのに、妙に引っかかる静けさがある。


 待つ。


 その静けさの間に、ナイラが一度だけ視線を落とした。

 言葉を選ぶみたいに、ほんの短い間。


「……ありがとうございます」


 アオが顔を上げる。


「来たばかりの頃も、声をかけてくださって。……助かりました」


「……うん。気にしないで」

 アオはそれだけ返して、視線をテーブルに戻した。

 しばらくすると、テーブルの上に、いつの間にか器が置かれていた。


「……」


 アオの前に置かれたのは、白い椀と、湯気の立つ汁物。

 それから、肉。


 白い、米。


(……パンは?)


 顔は動かさない。

 視線だけが一瞬、器の縁をなぞる。


(……こんなの、初めてだ)


 ナイラがそれに気づいたのか、そっと目を寄せる。


「……それ、パンじゃ……」


 言いかけて、言葉を止めた。

 代わりに、少しだけ驚いた声が落ちる。


「ごはん、ですね」


 アオは短く頷く。

 喉の奥が、わずかに熱い。


「……みたいだね」


 そのまま箸――に手を伸ばして、白米をひと口運ぶ。

 味は、美味しかった。


 ナイラは椀の湯気を見つめ、ほんの少しだけ目を細めた。


「……久しぶりに、白米を見ました」


「知ってるの?」


 アオが思わず聞くと、ナイラは一拍だけ置いた。


「アウレアでは、地域によっては普通にあります。……私は、好きです。パンより、こっちの方が落ち着く時がある」


「へえ……。じゃあ、これ当たり?」


 アオが椀を指で示すと、ナイラはほんの少しだけ口元を緩めた。


「当たり、ですね。……ただ、あなたが頼んだのは、パンでしょう?」


「……うん」


アオは白米を最後にひと口運んで、肩をすくめる。


「でも、うまい。……悔しい」


 食事が大体終わった頃だった。


「失礼します。昼食の時間が終わる前に、事務連絡を一つ」


職員は淡々と、言葉だけを落とす。

 ちょうど、二人の間の空気が馴染み始めたところを、狙ったみたいなタイミングで。


「来週の無五曜日、外賓向けの施設案内があります。ナイラ殿が対象です」


 ナイラが小さく背筋を正す。


「アオ殿も同席枠で参加が許可済みです。よろしければ参加されますか?」


「……え」


 アオの声が、思ったより素で出た。


 同枠。

 参加。


 自分にとって必要かどうか、という判断が浮かぶより先に――


「参加します」


「では、詳細は後ほど連絡します。以上です」


 職員はそれだけ言うと席を離れていった。


 ナイラが、抑えきれないみたいに息を吐く。


「……楽しみです」


 アオは小さく笑って、椀をそっと置いた。

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