第四十八話 アオのプレゼントとナイラの涙
アウレア連邦の一団が戻ってから、数日が過ぎていた。
生活のリズムは元に戻りつつあったが、どこかにまだ余韻が残っている。
その中で、アオは一つ、楽しみにしていることがあった。
ソウマから、職員に荷物を預けてある。
そう言われたことを、アオははっきり覚えていた。
だから、管理職員から呼び出しが来たとき、アオはすぐにそれだと分かった。
表には出さなかったが、足取りはいつもより軽かった。
場所は、居住区と教育区画の境にある、小さな応接スペースだった。
机と椅子が最低限置かれているだけの、簡素な部屋。
職員は席に着くなり、用件を切り出した。
「ソウマ殿から、君宛に預かっていた荷物がある」
やはり、と思う。
だが、そのまま箱を出すことはせず、職員は続けた。
「……その前に、説明しておきたいことがある」
アオは黙ってうなずいた。
「預かっている荷物の中に、通信機能を持つ物がある。ただし、それは個人端末と同様、現在は制限をかけている」
言葉は淡々としている。
「年齢と立場を考えると、家族との連絡をここまで制限しているのは、精神的な負担が大きいことは理解している」
一瞬、間が空いた。
「ここまで我慢させて、申し訳なかった」
短く、だがはっきりとした謝罪だった。
「……ただ、制限には理由があった。連絡経路に、こちらで確認すべき不正の可能性があった」
「その後、関係者の身柄は確保し、危険性についても一定の整理が進んだ。――いまは、以前より安全を見込めると判断している」
「今後は、条件付きにはなるが、定期的な連絡が取れるよう調整する予定だ。時期や条件については、まだ確定していない」
それ以上の説明は、なかった。
アオは反論しなかった。
制度の話だということは分かっている。
自分だけの事情ではないことも。
それでも、胸の中に完全には飲み込めない何かが残る。
「……分かりました」
そう答えると、話は終わった。
職員は、ようやく机の下から箱を取り出し、アオに差し出した。
「これが、預かっていた荷物だ」
それだけ言って、職員は部屋を出ていった。
扉が閉まる音のあと、応接スペースにはアオ一人が残された。
箱は小さく、しっかりとした作りだった。
蓋を開ける。
最初に目に入ったのは、ネックレスだった。
装飾らしい装飾はなく、細い鎖と小さな留め具だけで構成されている。
目立たず、身につけ続けることを前提にした、実用的な作りだった。
指先で持ち上げると、思ったより軽い。
箱の底に、紙の感触が残っているのに気づいた。
その下に、手紙が重ねられていた。サラの字だ。
「誕生日おめでとう、アオ。
プレゼント遅れてごめんね。
このお誕生日プレゼントは、ミケと私で決めたんだよ。
ミケの首輪にも使えるしね、疲れが取れたり、
遠くの人とお話出来たりする、すごいやつだよ!
それにしても、アオとお話する事も、お手紙を出す事も、
こんなに制限があるとは思わなかったよ。
凄い心配になるけど、パパもママも、
アオは元気にしてるから心配するなって、
いつも言われちゃう。
本当に大丈夫? 無理しないでね?
前は当たり前みたいに隣にいたのに、今はいないんだなって思う時があるよ。
でも、一番大変で頑張っているのはアオだっていうのも、ちゃんと分かってる。
アオは一人で全部抱えちゃうから、
出来ればお姉ちゃんも一緒に
アオの大変さを持ってあげたいけど……。
きっとアオは、一人で抱えながら、
他の人の重さも一緒に背負っちゃうんだと思う。
パパもママも、隼丸もミケもフィオも、
もちろん私も、みんなアオの味方だから。
それだけは、いつも忘れないでね」
胸の奥が、はっきりと温かくなる。
手紙を折り、箱に戻す。
指先に、まだ紙の感触が残っていた。
アオはネックレスを手に取り、首にかけた。
重さは、ほとんど感じない。
その日の夕方、いつものように自主練に出た。
休みの日でも、結局ここに足が向く。
神六曜日は、決まってそうだった。
やらなければならない、という感覚はない。
今は、やれることを確かめたくなる。
調子がいい。
浮かせた物体を、狙った高さで止められる。
熱を生む直前で制御し、吸熱と廃熱を繰り返す。
以前なら起きていた無駄な暴発が、今日は出ない。
制御の余白が、はっきり分かる。
地球にいた頃にも、似た感覚はあった。
限界に近づく前の、あの静かな手応えだ。
ただ、今回は違う。
ここでは、まだ天井が見えない。
シェイラでは、ベイラよりもできる。
できる分だけ、調整できる。
調整できるから、さらに先を試せる。
伸びている、という実感だけが、確かに残る。
あの時は、外界では制御が間に合わなかった。
今なら、同じ状況でも対応出来る。
集中しているうちに、時間を忘れていた。
気づけば、外は暗くなっている。
それでも、動きに重さはない。
気分は、静かに高揚していた。
遅くまでやっているな、と思った、その時。
教室の扉が開き、ナイラが出てきた。
中にいた先生と、短く言葉を交わして別れる。
そのまま一人で、廊下を歩き出す。
アオは、声をかけようとして――動きかけた体を抑えた。
視線が、先に止まる。
ナイラが、途中で足を止めていた。
俯いたまま、動かない。
肩が、わずかに揺れている。
何かを拭うような仕草。
音にならない息。言葉にならない気配。
理由も事情も分からない。
それでも、今は踏み込んでいい場所じゃないと、
分かってしまった気がした。
アオは、その場で立ち止まり、
そして――声をかけなかった。
足音を立てないように、静かにその場を離れる。
自分の部屋へ戻った。
分からないことがある。
それでも、見なかったことにはできなかった。
今は、何もできない。
でも、邪魔にならない形でなら。
少しでも、心が軽くなるように。
そのくらいなら、できるかもしれない。
部屋で、ネックレスに触れる。
何も起きない。
ただ――ほんの少し、温かい気がした。
気のせいかもしれないが。




