表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/59

第四十五話 ナイラとアオ

 声をかけたあと、一拍の間があった。


 ナイラはすぐに振り向かなかった。


 周囲に立つ大人たち――護衛と文官、そのさらに外側に控えるシェイラ側の職員。その視線を一度だけ確かめてから、ようやくこちらを見る。


「……はい」


 短い返事だった。


 アオは一歩だけ前に出る。


「高橋碧です。ここで教育を受けています」

「同年代の人が来るって聞いて。せっかくだから、挨拶をしようと思いました」


 ナイラは一瞬だけ瞬きをした。


 それから、背筋を伸ばし、はっきりとした動作で一礼する。


「アウレア連邦代表、ナイラと申します。よろしくお願いいたします」


 年齢に比べて、落ち着きすぎているほど整った所作だった。


 アオも軽く頭を下げる。


「こちらこそ」


 少し間を置いてから、続ける。


「先ほどの挨拶、すごくしっかりしていました」

「正直、驚きました」

「慣れてないと、ああいう場では声が出なくなるので」


 ナイラはわずかに口元を緩めた。


「ありがとうございます」

「場に立つのは、仕事のようなものですから」


 それから、ほんの少しだけ言葉を選ぶようにして。


「……失礼ですが」

「アースガルドから、こちらへ来られているのですか?」


 形式的なやり取りのはずなのに、空気がわずかに張った。

 アオは即答しなかったが、困った様子も見せない。


「ここに来る前は、もっと人の少ない所にいました」

「アウレア連邦ほど立派な国じゃないです。地図の端に、名前があるかどうかくらいで」


 言い切らず、笑って肩をすくめる。


「だから、ここは毎日が新鮮で」


 それで話を畳む。


 ナイラはそれ以上、出自を追わなかった。


「……そうなのですね」


 その背後で、空気がわずかに動いた。


 一人の女性――前に出過ぎない位置にいた付き添いが、静かに歩み寄る。


「タカハシ様でしたね」


 落ち着いた声。


「アウレア連邦より参りました。ナイラ様の身の回りを預かっております、エリスと申します」


 丁寧な一礼。

 だが、その視線は自然とナイラの体調や周囲の距離を測っている。


「同年代の方がいらっしゃるのは、ナイラ様にとっても――」


 そこまで言いかけて、ナイラが静かに口を開いた。


「エリス」


 声は柔らかいが、迷いがない。


「気遣いは不要です」

「ここでは、私が自分で判断します」


 エリスは一瞬だけ目を伏せ、すぐに一歩下がった。


「……承知しました」


 ナイラは改めてアオを見る。


「失礼しました」

「改めまして、アオ。これから同じ場所で学ぶ者として、よろしくお願いします」


 アオは少しだけ考え、それから頷いた。


「……こちらこそ」


 一拍置いて、


「よろしく、ナイラ」


 そう言って、アオは一歩だけ下がった。


 その瞬間になって、ナイラはようやく、

 背中に張りついていた力を、ほんの少しだけ緩めた。


 その夜、用意された部屋は静かだった。


 窓の外に見えるのは、街の灯りではない。

 一定の明るさを保つ光源と、規則正しく配置された構造物。

 人の営みというより、環境そのものが整えられている印象を受ける。


 身体が、少し重い。


 疲労とは違う。

 空気が違うのだと、理屈では分かる。

 魔法が使えない場所だと、事前に聞かされていた通りだった。


 ベッドに腰を下ろすと、足元で布が揺れた。


「……お加減はいかがですか」


 エリスが、少し距離を取った位置から声をかけてくる。


「ありがとう。大丈夫。」


 ナイラはそれだけ答えた。


 嘘ではない。

 問題があるとも思っていない。


 しばらく、窓の外を見たまま、ナイラは言った。


「外から見ていた時は……」

「ただの、巨大な木だと思っていたの」


 エリスは何も言わず、続きを待つ。


「中に入ったら」

「……まるで、別の場所みたいだった」


 言葉を探す必要はなかった。

 それが、いちばん近い感覚だった。


「魔都、って」

 ナイラは小さく続ける。

「ここ以外の場所では、そう呼ばれているのでしょう?」


 エリスは否定もしなかった。


「ええ。そう呼ぶ国は多いですね」


「でも……」


 ナイラは言葉を切り、窓に映る自分の姿を見る。


「中は、全然違う」

「外から想像していたものとは」


 エリスは、ゆっくりと頷いた。


「初めて通られる方は、皆さま、似た感想を持たれると聞いております」


 説明は、それ以上なかった。


 部屋の一角で、何かが小さく音を立てて動いている。


「……ああいうものも」


 ナイラは視線を向ける。


「外では、レリックって呼ばれているのよね」


「はい」


 それだけ。


 動いている理由も、仕組みも語られない。

 必要なのは、今はそれだけだと、エリスも分かっている。


 ナイラは、ゆっくりと息を吐いた。


「分からないことが、たくさんある」


 怖さはない。

 ただ、理解できないという事実が、そこにある。


「でも……」


 一瞬、言葉が途切れる。


「ここでしか、できないことがある気がするの」


 自分に言い聞かせるように。


 エリスは、さりげなく上着を手に取り、ベッドのそばに置いた。


「設備は整っていると聞いていますが」

「環境が変われば、体調に出る方もいるそうです」


 ナイラはそれに、短く頷いた。


「何かあったら、すぐ呼んでください」


「ありがとう」


 それ以上、言葉は交わさなかった。


 数日間は、付き添いが許されている。

 明日は、この施設の設備を見学する予定だと聞いている。


 ナイラは、ベッドに横になりながら言った。


「……明日、楽しみね」


 エリスは、灯りを落としながら応じる。


「ええ」


 すべてが、外で知っていたものとは違っている。

 どう違うのかは、まだ分からない。


 けれど――

 ここでは、それに慣れるしかないのだろう。


 ナイラは、その感覚を胸の奥に残したまま、目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ