表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第三章 特別教育機関

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/45

第三十五話 シェイラ特別教育機関

境界を越えた瞬間、空気が変わった。


 森の匂いが切れ、光が増える。音が一気に押し寄せてくる。足音、呼び声、金属が触れ合う乾いた響き、遠くで弾ける笑い声――人の流れが、視界の端を途切れなく流れていった。


 シェイラだ。


 何度も来たことのある街。

 家族で歩いた通り。サラが目を輝かせて、店先を指さしていた景色。


 俺は前を向いたまま、息を吸って吐いた。吐いた息はすぐに街の音に溶けて消える。心だけが、ほんの少し遅れているみたいだった。


しばらく進むと、さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠ざかり、広い石畳だけが残っている。


 父さんとソウマが、同時に足を止めた。


 視線の先に、一団がいた。


 距離は十数歩。

 すでにこちらを待っていたらしい。先頭の男が気づいたように、静かに会釈をする。それに合わせるように、周囲の者たちも同じ角度で頭を下げた。


 特別教育機関の関係者が三名。先頭に一人、その後ろに同じ制服の二人が控えている。


 さらに周囲には、警備と思われる者たちが数名、無言で配置についていた。

 名乗る気配はなく、全員が決められた位置を正確に守っている。


 少し離れた位置には、別の二人が立っていた。

 質のいい外套に、胸元の紋章――ベイラの評議会付近で見た印だ。

 派手さはないが、明らかに立場の違う者たちだった。


(……たぶん、評議会の人なんだろう)


 断定はできない。でも、そう考えるのが一番しっくりきた。

 二人は言葉を発さず、ただ場を見ているだけだった。


 そのうちの一人と、父さんの視線が一瞬だけ合った。

 互いに、ほんの小さく会釈する。


 先頭の男が、一歩前に出る。

その一歩で空気が引き締まった。

 視線がまず父さんに向く。長く、落ち着いた目。

 次にソウマへ。

 最後に、俺の方へ――ほんの一瞬だけ。


 心臓が、わずかに跳ねた。


「シェイラ特別教育機関。統括責任者の、フジワラ・ヨリマサです」


 低く、整った声だった。

 父さんが短く頷き、ソウマも軍人の角度で一礼する。


 フジワラは、改めて父さんへ向き直った。


「本件、特別教育機関が国家案件として責任をもって引き受けます」


 一拍。

 背後で、遠くの街の音がかすかに揺れた。


「高橋殿がこれまで背負ってこられたもの、そして碧殿の将来――その双方を軽んじることはありません」


 父さんは、すぐには答えなかった。

 数秒の沈黙。


 ソウマも動かない。

 それから、父さんが一度だけ頷いた。


 次の瞬間、父さんは俺の前に立った。


 視線が合う。

 いつもと同じ、強い目。けれど、瞬きの間が少しだけ長い。


 父さんは周囲を一度だけ確認した。

 評議会の立会人。フジワラの姿勢。ここが公の場だという事実。


 それから――俺を抱きしめた。


 強く、短く。

 胸が潰れるほどの圧。足が一瞬浮いて、すぐに地面に戻る。父さんの腕の硬さと、体温だけが残った。


 耳元で、低く一言。


「アオ。お前ならできる。俺の息子だ」


 それだけだった。


 喉が詰まって、声が出ない。

 俺は、ただ頷いた。


 父さんはすぐに離れ、何事もなかったように背筋を正す。その切り替えの早さが、逆に胸に残った。


 ソウマが一歩下がり、軍人として一礼する。


「ご武運を」


 フジワラが一歩前に出る。


「では、碧殿をお預かりします」


「アオを、よろしくお願いします」


 父さんの声は、静かだった。


 専用の小型宙船に、俺とフジワラ、警備のメンバーが乗り込む。

 他の宙船も同時に動き、俺の乗る機体を囲むように配置された。


 発進は、驚くほど静かだった。


 窓の外で、ゲートが遠ざかる。

不思議と、気持ちは落ち着いていた。

街並みの向こうに、一本の大きな川が見えた。

宙船はその上を越え、その先で景色がふっと開ける。


そのまま進み、セキュリティエリアを抜けて、

特別教育機関に到着する。


 広い――それが最初の印象だった。


 グラウンドがあり、いくつもの建物が並んでいる。


 地面から数センチ浮いた専用道路が、建物同士を滑らかにつないでいた。

 人が乗れば、足を動かさなくても進むらしい。

 人が動いているのを見れば、道があるのだと分かる。


 一方で、荷物の流れもあると聞いてはいたが、

 どこを通っているのかは、外からは分からなかった。


 ベイラも魔法の建物に囲まれていた。

 でも、あちらは自然の中に溶け込んでいた。


 ここは違う。

 自然は少ない。代わりに、道も建物も――インフラそのものが生きているようだった。


 フジワラが歩きながら、周囲を示す。


「教育棟。研究棟。居住区です」


 一度、言葉を切った。


「シェイラが誇る――いえ。惑星アークヴェルスに存在する、あらゆる神の地のダンジョンと比べても、ここほど神の巡りが強い場所はありません」


 視線が、建物群をなぞる。


「古代より、この地では英雄を育て、平和のために各国の要人を受け入れてきました」


 俺は黙って聞いていた。


(……神様の力が、まだ強く残っている、か)


 フジワラが足を止める。


「詳細な説明と職員紹介は明日行います。今日は移動の疲れを取ってください」


 専用道路が静かに減速し、居住棟の前で止まった。


「荷物はすでにお部屋に搬入されています。こちらです」


 ドアの前に立つと、扉が半透明に変わる。


「明朝八時に迎えに来ます。それまで、お部屋は自由に使って構いません」


「設備や道具で不明点があれば、こちらへ連絡してください」


 フジワラと部下二人は、そこで一礼して去っていった。


 ドアが閉まる。


 静かだった。


 荷物の中に、携帯パン焼き機があるのを見つける。

 触れずに、棚に置いた。


 ベッドに腰を下ろし、部屋を見回す。


 ふと、荷物の中の端末に手を伸ばした。

 起動だけなら、いいはずだ。


 画面が点灯する。

 登録先の一覧に、見慣れた名前はなかった。


――ベイラ宛の通信には管理者の許可が必要です


 一行だけ、無機質な文字が表示される。


 ……ああ。

 これが、さっき父さんが言っていた“制限”か。


 ついに、一人だ。


 世界を救う英雄が、どんなものかは分からない。

 正直、まだ怖い。


 それでも――逃げないと決めた。

 ここで立ち止まったら、たぶん一生後悔する。


 この世界には、分からないことが多すぎる。

 だから、目を背けずに進む。


 だから、始める。

 ここからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ