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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第三章 特別教育機関

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第三十四話 旅立ち

神六曜日の朝。

家の中は、いつもより静かだった。


森の風は吹いているのに、音が遠い。胸の奥に薄い膜が張ったようで、世界との間に距離がある。


食卓には朝食が並んでいた。焼き立てのパンと、湯気の立つ器。

どれも見慣れたものなのに、手はなかなか伸びない。


サラは先に席についていた。

椅子に腰掛けたまま、何度か息を吸い、口角を上げる。


「今日、いい天気だね。ね、アオ」


声が少し高い。言い終わる前に、一瞬だけ視線が揺れた。


「……うん」


短く返すと、サラはそれ以上言葉を探せず、皿の縁を見つめる。

フォークを持ったまま、動きが止まった。


母さんは席につく前に、スープの準備を済ませていた。

器の縁に淡い光が走り、音もなく中身が満たされていく。

量を確かめるように一つずつ目を向けてから、母さんはようやく席に向かった。


父さんは席についていた。

背筋を伸ばしたまま、何も言わず、食卓全体を見ている。

皿に手を伸ばすのも、いつもより少し遅かった。


食事が終わる頃、父さんが口を開いた。


「準備はできたか」


「できてる」


俺は立ち上がり、荷物を確認する。

数日分の服、連絡用端末、それから布に包んだ携帯パン焼き機。


ミケが鼻を鳴らす。


「忘れたら大変ニャ」


「……ありがとう。大事に、持っていく」


そう言って、布の結び目を締め直した。


フィオが肩に止まり、短く言った。


「がんばって」


家の外に気配がした。

父さんが立ち上がり、俺もそれに続く。


扉を開けると、守護隊のソウマが立っていた。

この前より整えられた服装。足を揃え、背筋を伸ばし、視線はまっすぐこちらを向いている。


「お迎えに参りました」


俺は家族に向き直った。


「……行ってきます」


言った瞬間、胸の奥がきしんだ。


隼丸が低く鳴く。


「道は長い。目を逸らすな」


ミケが足元で言う。


「ちゃんと寝るニャ」


フィオは両翼を広げて、


「がんばって!」


サラは黙って立っていた。

拳を握り、唇を噛みしめている。肩が、わずかに上下している。


やがて、顔を上げた。


「……行かないで、って……」


そこで言葉が止まる。

小さく首を振って、続きを探す。


「……でも、帰ってきて。約束、ね」


言い切った瞬間、サラは泣いた。


母さんはその隣で、表情を変えない。


俺の肩に、そっと手を置いた。


「アオ、体に気を付けて。行きなさい」


それだけだった。


俺は頷くしかなかった。


父さんが一歩前に出る。


「行ってくる」


母さんは静かに頷き、ソウマも無言で頭を下げた。


父さん、ソウマ、そして俺。

三人で歩き出す。


家族はその場に立ったまま、見送っている。

背中に視線が刺さる。


振り返ったら、足が止まる。

だから振り返らない。歩幅も変えない。


やがて、家が見えなくなった。


――


サラはその場に立ち尽くしていた。涙が止まらない。

母さんが、そっと抱き寄せる。


「大丈夫よ」


その声が、少しだけ掠れていた。

サラは気づく。母さんの肩が、小さく震えている。


「……ママ?」


母さんは何も言わなかった。

ただ、静かに泣いていた。


――


森の道を進みながら、ソウマが口を開いた。

それは雑談の調子じゃない。報告と確認の声だった。


「……先日の件について、伝えておきます」


父さんが視線だけで促す。


ソウマはアオ──俺の方を見る。


「まず最初にお礼を言わせてください。本当に助かりました。ありがとうございました。」


「その後、調べがつき、今回の一件は偶発ではなく想定外の“手慣れた組織”に狙われていた可能性が高い事が分かりました。」


俺の胸の奥が、ひゅっと冷える。

サラの泣き顔が一瞬よぎる。


ソウマは続けた。


「アオ様が“即時突入して救出する”判断を取らなければ、状況は比べ物にならないほど大事になっていた事でしょう。

 恐らくサラ様は私たち守護隊が手を出す事が出来る前に国外へ連れ出されていたはずです。」


父さんが、低く言った。


「もしかしたら、アオが背負わなくていい未来もあったかもしれない。だが……結果としてアオの選択がサラを救った。」


俺は息を吐いた。


「……俺は、怖かったです」


言ってしまう。

でも、今は言っていい気がした。


「怖かったです。

でも――このままだと、サラが“いなくなる”と思った瞬間、

もう止まるという選択肢が、頭から消えました」


ソウマが一度だけ頷く。


「それは素晴らしいことです。怖いまま動けるというのは、大きな強みになります。

ですが……その“怖さ”は、いつか薄れてしまうこともあります。どうか忘れないでください。」


父さんが、前を見たまま言う。


「特別教育は厳しい。長い。逃げ場もない」

「アオを“子ども”扱いはしない。能力を徹底的に伸ばす場所だ。その分、得られるものも大きい」


父さんは少し間を置き、俺を見る。


「世界を相手にする。国家を代表する“個人”を育てる……そういう場所だ」


それから、ほんの少しだけ声を落とした。


「今回の件でな。しばらくは、ベイラとのやり取りに制限がかかる」

「心配はいらない。安全が確認されるまでの措置だ」


俺は一瞬、聞き返しかけて、やめた。


「……だが、アオ。お前なら大丈夫だ」


根拠はない。

でも、父さんがそう言うなら──きっと大丈夫。何とかなる。そんな気がする。


寂しさは確かにある。

家の匂いも、サラの声も、ミケの軽口も、背中を押す隼丸の鳴き声も、全部遠ざかっていく。


それでも。


世界をもっと知れる。

見たことのない場所へ行ける。

自分が何者なのか、何をできるのか。確かめられる。


怖いのに、少しだけ、胸が熱い。


境界が見えてきた。透明な壁みたいなものが、ゆらゆら揺れている。

森の道がそこで終わっているみたいに見える。


一歩踏み出すと、景色が切り替わった。


シェイラ。

光る天井のような空。曲線の道。人の流れ。

いつも家族と一緒に来る時は胸がポカポカと軽くなった。


今は胸は重い。

それでも――前を見る自分がいた。

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