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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第二章 守れなかったもの、守りたいもの

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第三十二話 戻れない場所

 翌日の昼。

 詰所の中は、昨日までの張りつめた空気が、少しだけほどけていた。


 捕縛した敵の引き渡し。

 破損した装備の整理。

 報告書の作成と、次の配置の確認。

 黒獣討伐の段取り。


 守護隊の面々は慌ただしく動いているが、どこか「終わりが見えている」空気がある。

 夕方には帰れる――ただし、その前に黒獣を落としてからだ。

 そんな話が、あちこちから聞こえていた。


 サラは、窓際でそれをぼんやり眺めていた。

 いつもより静かで、でも俯いてはいない。


「……アオ」


 不意に、名前を呼ばれた。


 振り向くと、サラが立っていた。

 昨日までのぎこちなさは、少しだけ薄れている。


「ちょっと、来て」


 それだけ言って、廊下の奥へ歩いていく。

 俺は何も言わず、その背中についていった。


 詰所の裏手。

 人の気配が途切れる、小さな通路。


 サラは立ち止まり、深く息を吸ってから、俺の方を見た。


「……助けてくれて、ありがとう」


 真っ直ぐな声だった。


「昨日のこと。

 どうなったのか、ちゃんと聞いてなかったから」


 俺は、少しだけ言葉を選んでから答える。


「……魔法が、使えた」


 サラの目が、わずかに見開かれる。


「前から?」


「ソラフネの事故のあとから。

 少しずつだけど、ずっと練習してた」


 隠してきた時間が、胸の奥で重くなる。


「ベイラじゃ、ほとんど通らなかった。

 でもレイランは……全然違った」


 思い出すだけで、体の奥がざわつく。


「魔力が濃くて。

 びっくりするくらい、強く出た」


 サラは黙って聞いている。


「アークヴェリア人は魔法を使えないって聞いてたから……

 言うのが、怖かった」


 視線を落とす。


「黙ってて、ごめん。

 騙すつもりはなかった」


 一拍。


「……そんなつもりで聞いたんじゃないよ」


 サラが、慌てたように首を振った。


「私も、ごめん。

 本当は……もっと早く話したかった」


 視線が、少しだけ揺れる。


「でもね。

 あの日、聞いたことが多すぎて……整理できなかった」


 静かな声。


「これからのこと。

 アオのこと。

 ……大事な話を、私だけ知らされてなかった」


「アオのこと、私が全部分かってるつもりだった。

 守れると思ってた。でも……違ったんだね」


サラは、まっすぐ俺を見る。


「だから、ショックだった」


でも――


「……それでも」


サラは、少しだけ笑った。


「よく考えたら、一番つらかったのはアオだよね」


胸が詰まる。


「特別で。

 血が繋がってなくて。

 学校にも通えなくて」


「……私やパパ、ママと、あんまり似てないなって思ったこともあった」


初めて、そこに触れる。


「髪も少し茶色で、肌も少し褐色で」


でも、声はやさしい。


「今回のことで思ったよ。

 アオは……本当に特別なんだって」


照れたように視線を逸らす。


「使命があるとか、英雄とか。

 おとぎ話みたいだなって」


そして、はっきりと。


「でもね。

 だからって、アオがアオじゃなくなるわけじゃない」


一歩、近づく。


「……これからも、隣にいるよ」


それだけで、十分だった。


小さく、拳を握って。


「だから――仲直りしよ」


 その言葉に、胸の奥が一気にほどけた。


「……ありがとう」


 それしか言えなかった。


「ふふ。

 なんでアオが泣きそうなの」


「泣いてない」


「はいはい」


 いつもの調子が、少しだけ戻る。


「帰ったらさ、ちゃんと準備しなよ。

 特別教育とか、難しいんでしょ?」


 肩をすくめて。


「ちゃんと、笑って見送りたいから」


 詰所の鐘が鳴る。

 出動の段取りが進んだ合図だった。


「ほら。行こ」


 サラは、いつも通り先に歩き出す。


 その背中を見ながら、思う。


 もうすぐ、この日常は終わる。


 守護長の子供としての日常は、終わっていく。

 これから始まるのは――


 英雄の卵、アオとしての時間だ。


 でも。


 隣にいるのは、変わらない。


 俺にとって、大切なサラだった。

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