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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第二章 守れなかったもの、守りたいもの

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第二十九話 迎撃

足音が、近づいてくる。


速い。

だが、乱れてはいない。


一気に来ない。

踏み込めば引ける距離を、残している。


こちらが止まった。

だから、向こうが距離を詰めている。


奪還が目的なのは分かる。

だが、全力ではない。


その間合いに、もう入っている。


俺は振り返らず、声を落とした。


「……ここで。壁のほうに」


衣擦れの音。

サラの小さな指が、俺の手を掴む。


「……アオ……」


震えている。

でも、泣いてはいない。


俺は、その手をそっと外した。


「……音、出さないで。離れないで」


出口の光を背に、一歩だけ前へ出る。

湿った空気が肌に張りつき、水音がやけに大きく響いた。


(……来る)


両手のひらが、じわりと脈打つ。

左は熱を持ち、右は静かに力を求める。


氷。

熱。

動き。


三つが、一本の糸で繋がり、均衡を保とうとしている。


(……乱すな。揺らすな)


――勝てる手は、ある。

一気に叩き潰す方法も、分かっている。


でも、この体じゃ続かない。

出力を上げれば、制御が先に壊れる。


この感覚は知っている。

限界の、一歩手前だ。


(……抜ける。それだけでいい)


俺は、手のひらを石壁に当てた。


冷たい石。

湿り気。

薄い水の膜。


――媒体がある。


目を閉じる。

「凍らせる」ではなく、

「温度を奪う」とだけ思う。


空気が、ひとつ沈んだ。


急がない。

ただ、静かに。


出口の光の下、石の表面が、ほんのわずか白く霞む。

霜ではない。

ただ、温度が落ちただけの“曇り”。


それが、壁から床へ。

床から、水路の縁へ。


水の膜を伝い、

“冷たさ”が薄く敷かれていく。


音もなく。

光も変えず。


ただ、そこに

**“冷えた領域”**が生まれる。


(……踏め)


向こうの闇が揺れた。


まず、一つ。

次に、もう一つ。


呼吸の荒い影が、角を曲がって現れる。


「……っ、見つけたぞ」


掠れた声。

喉の奥に、金属みたいな乾き。


――だが、足は止まった。


踏み込まない。


「……待て。近づくな」


低い声。

誰かが、異常に気づいた。


次の瞬間。


乾いた破裂音。

闇の奥から、何かが弾ける。


――遠隔。


石壁に火花が散る。

防護具が、短く鳴いた。


(……来たか)


銃撃。

牽制だ。様子見。


俺は一歩、位置をずらす。

背後に、サラが来ない角度。


二発目。

弾道が、床を舐める。


だが――

“冷えた領域”に入った瞬間、

弾速が、わずかに鈍った。


致命には足りない。


「……効かねえ。だが――」


 声が、そこで途切れた。


 足元。


 水路の縁に踏み込んだ瞬間、

 靴底が“吸い付くように”止まった。


 凍ったわけじゃない。

 滑ったわけでもない。


 ――動かない。


 踏ん張ろうとする。

 だが、足が“床に貼り付いたように”離れない。


「……は?」


 短い声。

 怒鳴りでも、恐怖でもない。


 本当に、理解が追いつかなかったときの声だ。


(……戻れない)


 この“やり方”を選んだ時点で、

 途中で終わらせる選択肢が、消えた。


 止めるつもりでも、

 結果までは、制御できない。


(……行き着くところまで、行く)


 腹の底が、すっと冷えた。


 ――落とす。


 冷えが、さらに深く沈む。

 霜にも、氷にもならない。


 ただ、温度が奪われる。


 表面じゃない。

 靴底の“内側”から。


 関節でもない。

 足首の“感覚”から。


 狙わない。

 精密にすれば、揺れる。


 だから――

 ただ“奪う”。


 白い光は走らない。

 音も鳴らない。


 それでも、

 敵の体が――止まる。


「……っ、う――」


 声にならない息。


 別の影が、一歩前に出かけて――


 同じように、止まった。


「近づくな! 同じだ!」


声が重なった。

命令が、即座に飛ぶ。


敵は踏み込まない。

後退し、距離を取る。


だが――

前に出られない。


この一帯は、もう「床」じゃない。

“温度を奪う領域”だ。


一歩踏み出せば、止まる。

理由は分からない。

だが、同じことが続いている。


低い声が、短く飛ぶ。


「……引くぞ」


影が、ゆっくりと距離を取る。

足を引きずる者を支えながら、後退する。


――逃げる。


俺は壁に手を当てたまま、呼吸を整えた。


左手が熱い。

焼けるみたいに。


右手の指が痺れる。

力を流しすぎた後の感覚だ。


(……まだだ)


引いたから終わった、わけじゃない。

この状態を維持できなければ、

次は、こちらが追われる。


――まだ、終わっていない。


 だが、

 敵は引いた。


 いま、この距離なら――大丈夫だ。


 この“やり方”は、ここで切る。

 これ以上、踏み込まない。


俺は振り向かず、声を落とした。


「……今なら、大丈夫」


母さんが息を呑む音。

サラの、小さな足音。


二人が、慎重に近づく。


俺は、手のひらを離した。


支配していた“冷え”が、少しだけ薄れる。

反動で視界が揺れた。

足元が、ふわりと浮く。


(……まずい)


右手が、前に出たがる。

動きを引っ張りたがる。


止める。

肩に力を入れる。

歯を食いしばる。


「アオ……」


サラが、母さんの後ろから俺を見ている。

目はまだ濡れている。


でも、逃げていない。


俺はサラの手を取った。


強く握らない。

折れる。


でも、離れない程度に。


「……歩けそうか」


サラは、小さく頷いた。

喉が鳴る。声にならない。


母さんが布を押さえながら、背中を支える。

そして俺を見る。


怒りは、まだ瞳の奥にある。

けど今は、それより、足が動いている。


俺たちは、出口へ向かった。


“冷えの領域”の縁を選ぶ。

水のない、乾いた石。


出口の格子が近づく。


上から空気が落ちてくる。

冷たさが違う。

湿りが薄い。


二人で、ゆっくり持ち上げる。


外の空気が、顔に当たった。

冷たくて、乾いている。


俺は先に這い出た。

地面の硬さが、やけに現実的だ。


母さんがサラを引き上げる。

サラが、光の中に出てくる。


――地上だ。


俺は、ようやく息を吐いた。


(……生きてる)


その直後。


母さんの気配が、横に来た。


何も言わない。

でも、分かる。


次の瞬間。


乾いた音。


頬が、熱く弾けた。

視界が、白く揺れた。

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