第二話 光の街シェイラ
──ベイラからシェイラへ行く日は、いつも空気が少しだけ違って感じる。
胸の奥がふわっと軽くなって、「今日はきっといい日だ」と勝手に思ってしまう。
家の外に出ると、森の道が静かにひらけて、
透明な壁みたいなものが、ゆらゆら揺れていた。
そこが、街シェイラへ続く入口だ。
(……一体どうなってる?)
「アオ、ちゃんと手ぇつないでな」
お父さんが手を差し出す。
ぼくは右手をお父さん、左手をサラとつないだ。
サラの手はいつもあったかい。
ミケはいつものように、ぼくの首に前足をまわしてしがみつく。
尻尾が肩にのっかって、落ちないようにしている。
「ニャはは、今日は買い物いっぱいニャ~!」
「ミケの分はないよ?」
「ひどいニャ!?」
お母さんがくすっと笑い、お父さんも小さく肩を揺らした。
ぼくらはこうして出かける時、いつも少しだけ騒がしい。
でも、不思議とそれが好きだった。
そんなふうに笑いながら、ぼくらは揺れる入口をくぐった。
次の瞬間──景色がぱっとひらける。
そこはシェイラ。
高い天井みたいに空が光って、
道はまっすぐじゃなくて、丸くカーブしていて、
人と店がぎゅっと詰まっている。
ベイラとはぜんぜん違う匂いと音。
胸がほんのり熱くなる。
シェイラの空気は、ベイラより少しだけきらきらしている。
胸の中がふわっとあったかくなって──
(……なんだこれ。胸が変にざわつく)
(……景色のせいじゃない。もっと、別の……なんだ?)
「わぁ……!」
思わず声が出た。
ふと横を見ると、
幸せそうな家族の姿を、大きな耳の狼のような雰囲気を持つ女の子が、
少し離れた場所からじっと見ていた。
その目は、ほんのすこしだけ、うらやましそうだった。
宙に浮かんでくるくる回る看板。
パンの匂い、お肉を焼く匂い、甘いお菓子の匂い。
大人も子供も、たくさんのシェイラの人たちが、
賑やかに行き交っている。
子供がどこかで笑っていた。
その声が、胸の奥をくすぐる。
「アオ、はぐれないようにね」
サラの手が温かい。
それだけで──なんだか全部うまくいく気がした。
「うん!」
サラはすでに目をきらきらさせていた。
「パパ! あの劇場、今日新しい公演やってるって書いてる!」
「む、あの看板は見逃せんな……!」
パパ──じゃなくて、お父さんのほうが一番わくわくしている気がした。
その姿を見るだけで、胸の中がもう一度あったかくなる。
「まずはプレゼントを見てからよ」
お母さんが苦笑しながら言った。
でも声は楽しそうだった。
商店区を歩くたび、
ショーウィンドウには、ぴかぴか光るおもちゃや、
本や、きれいな服や、不思議な道具が並んでいた。
「アオ、何がほしい?」
「えっと……ミケの首輪?」
「ニャッ!? なんでそこニャ!?」
言った瞬間、ミケが肩の上で飛び上がった。
「だって今のやつ、毛で見えなくなってきたし……」
「でも新しいのちょっとカッコいいのもいいかなって……」
「……オシャレ首輪なら、考えてやらんこともないニャ」
しっぽがちょっとだけ嬉しそうに揺れている。
それを見るだけで笑ってしまう。
「フィオ用のおもちゃもいいわね」
お母さんが動く羽のおもちゃを見て微笑んだ。
「でも、アオの誕生日だ。アオが決めるんだぞ」
「うん……」
歩いているだけで胸の中がぽかぽかする。
いつものベイラとは全然ちがう音と匂いと色。
この家族と外を歩いているだけで、世界が少しだけ広くなる気がした。
サラが急に声をひそめた。
「ねえアオ……今日、外の人がシェイラに“入ってきてる”の、不思議じゃない?」
「え?」
「だって、本当はね……外の人って“ほとんど入れない”んだよ。
パパが言ってた。“よっぽどのことがあった時だけだ”って」
サラは首をかしげた。
「だから……今日は、なんか“特別な日”なんだと思う」
その言葉にあわせるように──
前のほうで、人のざわつきがひときわ強くなった。
──そのとき。
「……なんでだよ……」
崩れるみたいな声が、どこかから落ちてきた。




