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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第二章 守れなかったもの、守りたいもの

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第二十話 外界準備

出発の朝は、静かだった。


 誰も寝坊しなかったし、物音も少ない。

 いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じように身支度をしたはずなのに、

 家の中の空気だけが、どこか違っていた。


 サラは、俺を見なかった。


 見ない、というより――

 視線が合いそうになると、少しだけ逸らす。


 無視されているわけじゃない。

 声をかければ、返事はある。

 でも、前みたいに笑わない。


 何か言うべきなんだろうとは思う。

 でも、何を言えばいいのか分からない。


 昨日も、その前の日も、

 俺は、結局何もできていない。

 それでも今日は、外に出る日だ。


 父さんと母さんは、必要なことだけを話していた。

 持ち物、時間、確認事項。

 どれも落ち着いた声で、手際もいい。


 それが逆に、現実味を強くしていた。


 向かったのは、ベイラの奥。

 評議会区画の外縁にある、入出域管理所。


 役所と工房を無理やり一つにしたような建物だった。

 石造りの壁には刻印が浮かび、床には古い魔法陣の名残が残っている。


 中に入った瞬間、音が変わった。


 足音が小さくなり、声も吸われる。

 私語はなく、必要な言葉だけが短く交わされている。


 空気が張りつめていた。


 壁際に、何人かの人影があった。


 同じ印を身につけている。

 派手な装備はない。

 でも、そこに立っているだけで、周囲の流れが少し変わっているのが分かる。


 受付の奥にいた管理官は、台帳をめくりながら視線だけで父さんを確認し、淡々と告げた。


「入出域、申請者確認」


 父さんが前に出る。

 守護長としてではなく、家族の代表として。


 管理官が差し出したのは、半透明の紋章シールだった。

 光の角度で模様が変わる。

 薄くて、軽い。


 父さんは、素手で触らなかった。


 布を一枚取り出し、それ越しに一枚ずつ受け取る。

 間を置き、確認し、次。


 枚数を数える。

 途中で止めない。

 最後まで、視線を上げない。


 子供の分が、最後だった。


 俺の証。

 サラの証。


 父さんは、それを自分の証と並べて持った。

 三枚を一つの塊みたいに。


 その手元を見て、胸が少しだけ苦しくなった。


「証の使用期限は三日」


 管理官が言う。


「期限を過ぎると自動的に無効化されます。再利用不可」

「剥がした時点で失効。再発行はできません」


 事務的な声だった。


 サラが、小さく息を吸った。


「……なくしたら、どうするの?」


「再発行はできません。失効すれば、その場で足止めです」


 それだけだった。


 サラはうなずき、胸元を押さえる。

 母さんがそっと隣に立つ。


(……軽い)


 証は、驚くほど軽かった。


 これ一枚で、外に出る。

 これ一枚で、戻れなくなる。


 そのときだった。


 父さんが、視線だけで壁際の一人を呼んだ。


「ソウマ」


 名を呼ばれた男が、一歩前に出る。

 年は三十前後だろうか。


 鎧らしいものはない。

 実務向けの服装。

 けれど、近づくと空気の張り方が少し違う。


「本日の護衛を担当します、ソウマです」


「――守護長、おはようございます」


「頼むぞ」


 短く頭を下げる。


 動作は目立たない。

 でも、この場所の流れに自然と溶け込んでいる。


(……慣れてる)


 ソウマの合図に合わせるように、

 壁際に控えていた他の守護隊員たちが静かに動き出す。


 声は出さない。

 それでも、それぞれが立つ位置は迷っていなかった。


 人の流れの中でも、

 距離だけは正確に保たれている。


(……視界は空ける)

(……死角だけは埋める)


 俺は、無意識にそう判断していた。


 ソウマが、低く告げる。


「離れないでください。証には触れないこと」


 それ以上は言わない。


 隊列が組まれる。


 父さんと母さんが中央。

 その間に、俺とサラ。

 隼丸は少し後ろ。


 前に三人、後ろに三人。

 守護隊が自然と囲む。


 人の流れの中でも、

 俺たちの周りだけ、わずかに間が空いていた。


 守られている。


 それでも――

 なぜか、胸の奥が落ち着かなかった。


 歩くうちに、空気が変わる。


 遠くに、境界が見えた。


 レイランへ繋がる、揺らぐ輪郭。

 向こう側の色が、ほんの少し違う。


 匂いが変わる。

 湿った土と、金属と、重たい何か。


 理由もなく、息が浅くなる。


 まだ越えていない。

 それなのに、胸がざわつく。


 サラを見る。


 サラは前を見ている。

 表情は硬いけど、逃げてはいない。


 父さんが、前を見たまま言った。


「ここから先は、外だ」


 短い言葉。

 でも、それで十分だった。


 俺は、胸元の証を押さえる。


 軽い。

 薄い。


 それでも――

 ここを越えたら、何かが変わる気がした。

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