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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第二章 守れなかったもの、守りたいもの

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第十五話 両親の苦悩

早すぎないかしら。

母さんの声が、寝室の暗がりに落ちた。


外は静かだ。

家の中も、もう音が少ない。


廊下の向こうで、サラの寝息が途切れず続いている。

そのさらに奥――アオの部屋も、今は静かだ。


「俺も、そう思ってる」


言ってから、息を吐いた。

そう思っているのに、アオを止める言葉が出なかった。


「でも……アオが決めた」


母さんが、布団の縁を指でつまむ。

言い返そうとして、飲み込んだみたいに口元が揺れた。


「……あの子は、いつから」


「二年前の、あの時からだろうな」


母さんの目が、わずかに伏せられる。


レイラン西の住民だと囁かれていた、あの男。

灰と泥の匂い。

崩れた声。


――“後回し”にされたんだと。

――地図から消えた、と。


「……見捨てなきゃいけない場所が、もう出てきている」

「救えない街もある。守護長として、正しい判断をしても……残るものがある」


母さんは何も言わない。

ただ、薄い息を吸って、吐いた。


「それでも……最近の状況を見ると、世界がおかしくなっているのは事実だ」


父さんは、言葉を続けた。

報告みたいな口調になってしまうのが、嫌だった。


「魔獣は増えてる。避難民の流入も増えてる。線が、押されてる」


「出撃の頻度も、せいぜい十年に一度あればいい方だった。……それが、ここ数年は、一年に一回はあるのが当たり前みたいになってきている」


母さんが小さく首を振る。


「レイラン西の方では火山の噴火もあったし、南の方の島じゃ……海が泡立って、大変なことになっているそうだ」


口にした瞬間、母さんの眉が寄った。

“海が泡立つ”という言葉が、嫌な想像を連れてくる。


しばらく、二人とも黙った。

外の虫の声だけが、薄く聞こえる。


母さんが、ようやく言った。


「……それでも、早いわ」


「分かってる」


父さんは、視線を落としたまま言う。


「五大英雄の言い伝え……覚えているか?」


母さんのまつげが、わずかに揺れた。


父さんはベッド脇の小さな棚に手を伸ばす。

布に包んだ、薄い紙束。


――古い控えだ。

家に伝わっている、手書きの写し。

それを、静かに取り出した。


「ここにはこう書かれている。」


****

遠い昔、平和な世界に“影”が降りた。

火山が鳴き、地が割れ、海が泡立った。

眠りの底で育っていた厄災が、生まれ落ちた。


そのとき現れたのは、五人の英雄。

彼らの傍らには 五柱の神獣。

足元には、名もなき小さな 友。


英雄たちは 神の都々へ散り、

影が吹き出した地へ向かい、

都の門を越え、野を越え、

そのたびに“影”と刃を交えた。


一柱は、風で裂き――影の群れを押し退けた。

一柱は、灼き――根を焼いた。

一柱は、冷えで――熱を奪い止めた。

一柱は、光を乱し――影の術をほどいた。

一柱は、境界を貫き――逃げ場を断った。


こうして影は、各地で沈められ、

世界はひとまず、息を取り戻した。


去り際、英雄たちはこう言い残したという。

「大地は眠るが、決して死なない。

 影は巡りて、再び現れる。

 光の巡りを整え、備えよ。」


その後、五大英雄は姿を消し、

五柱の神獣 もまた、都の奥――深層へ還り、

次の“影”に備えて沈黙したのだと語り継がれる。

ただ、足元にいた 小さな友の灯だけは、消えずに残った。

****


「これは千年ほど前のことだと言われている」


紙を読み終えて、父さんは指で端を揃えた。


母さんが、しばらく黙っていた。

灯りの弱い寝室で、紙の白さだけが浮いて見える。


「……影が、何なのかはまだ分からないわ」


小さな声だった。


「でも、火山が鳴くのも……海が泡立つのも。ここ最近の世界が、今までの“普通”のままじゃないのは……事実よね」


「そうだ」


「……アオは」


母さんの声が、少しだけ掠れた。


「伝承の内容も、私たちの会話も、態度も……全部、見てるのよね。あの子」


「見ている」


父さんは短く答えた。


「早く何とかしたい。自分が備えなきゃいけない。……そう思ってる。

 だから、もう実際に動いているし、俺たちに次の動きを相談して今回の話になっている。」


裏庭の、小さな背中。

毎朝、同じ時間に起きて、同じように息を整えている。


「今も、毎日頑張ってる」


母さんは、唇を噛んだ。


「でも……あなたも、アオも……伝承も」


視線が、紙に落ちる。


「“備えよ”って……簡単に言うのね」


ただ、怖いのだ。母さんは。


「……あの子の年齢を考えて」


母さんが、声を落とす。


「アオをこんなに早く……ひとりにさせて。世界を背負わせるようなこと……本当は、させたくない」


「……」


「行かせなきゃいけないのは分かるのよ。でも、私には……決心がつかないわ」


部屋の空気が、重くなる。


「簡単じゃない」


言葉を選ぶ。


「確かに、英雄プロトコルも……手順だけが残っている。どこまでが正しいのか、俺だって分からない」


紙の束を、指で押さえた。


「でも……アオは、俺たちの子だ。芯の強い、とてもやさしい子だ。」


母さんが父さんを見る。

父さんも、そこから目を逸らさない。


「あの子が、自分の考えで……英雄の道を選ぶと言っている。」


母さんの目が潤む。

それでも、頷いた。


「……分かっているわ」


そこで、ふっと視線が廊下の方へ向く。


「それに……サラはまだ、何も知らない」


言った瞬間、遠くで床が小さく鳴った。

誰かが寝返りを打った音。


続いて、サラの寝息。

規則正しくて、無防備で、あまりにも平和だ。


母さんが、その音にすこしだけ顔を歪めた。

父さんは、紙をそっと包み直す。


「……だから」


父さんは声を落とした。


「今夜は、眠らせてやろう」

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