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刀闘記  作者: 燈海 空
血風緑輝 篇
105/109

ー陸ー


「——!?」


 しずかに経を唱えていたかすみは急に目を見開いて、祭壇を見た。緑の炎は怒り狂うように乱れている。


「なんじゃ!」


 横にいる銀次が、かすみを見上げる。


「秋が暴走を、力を制御せいぎょできていない……!」

「感情が崩れたか」

「怒り……」かすみのひたいに血管が浮く。「大地を揺るがすほどの怒りを火を通じて感じる」

「おい、秋!」うしろのほうで座布団に座っている須賀が、身を乗りだして声を投げる。「どうしたんだ、しっかりしろ!」

「どうする。かすみや」


 銀次に問われ、かすみは合掌したままこうべをたれた。目は閉じている。


「この感情は、なにかを守るために必要だった。精神が、ここまで乱れるほどの事態が起きた。火守ひもりは……、火を支えるしかありません」

「うむ、それしかないよな」


 銀次は息をついて、数センチの座布団にかわいらしいお尻をつけた。


「いまが山か……」


 横顔からも分かるほどに、かすみは顔をしかめている。かなり苦しそうだ。


「なんじゃ、なにを感じる」

「いままで感じたことのない——」

「そんなに秋が怒っとるのか?」

「怒ってはいます。ですが、それとは別の感情が……」

「なんじゃ」銀次は首をかしげた。「怒りでなければ、悲しみか?」

「近いかも……」


 かすみは、やっと目を開いて祭壇の火を見た。速まる心拍をおさえて、あえてゆっくりの呼吸をする。炎はそれでも、荒々しく燃えている。


「悲しみ……、いや、これは罪悪感。大勢の人を殺めたような、とても気分のわるい。心が押し潰されるような、強い背徳感はいとくかん……」


 かすみの静かな口調に、燃えた木の弾ける音が混じった。



 ・…………………………・


「おどろいた。おどろきはしたが、致命傷にはならないな」安東が言った。「おまえらはどうゆう間柄あいだがらだ。犬と少女」

「答える義理はない」刀を咥えるシキの声は、鼻声に近い。「やるぞ、凛」


 シキは、天秤刀てんびんとうの柄に犬歯を食いこませた。

 凛は、右手に刀、左手に拳銃を構える。

 いつでも、どの方向にも飛びだせる。

 ——ふたりは戦闘態勢をとった。


「ふう……」安東は、首を左右にかたむける。「時間を稼ぐか」


 まずは銃声。それから、シキの四本足が走る音。安東は銃弾を見切り、最小限の動きでかわす。歩きながら、身体をすこし横にずらしただけだ。


「銃撃は点にすぎない。そこをよく理解することが、銃に対する礼儀だ」


 次第に歩を速めて、安東は駆けだす。迎えうつように走るシキとぶつかるところで、武器腕を縦に落とした。シキは横に跳んで避ける。——銃声。安東は身を低くして弾を避ける。そのまま黒い穴を地面に生成して、地中に消える。


「凛、背中に乗れ!」


 下からの急襲が来ると判断したシキは、凛を呼んだ。ふたりは素早く近づく。


 背中に凛を乗せたシキが飛び跳ねるのと同時に、地面から闇の刃が突きだされた。安東は上を見ながら、ダガーを投げてくる。ひゅん、と何本かのダガーがふたりを追い越した。いやな音がして、シキの喉が苦しそうに鳴った。凛はうしろを見る。兄の毛が赤く濡れている。


「うしろ脚、血……!」

「かすめただけだ、刺さってはいない!」


 シキは地面におりた。すぐさま凛も背中から飛び降り、銃弾を撃ち散らしながら敵に近づく。安東はすべての銃弾を避けた。そして楕円形の闇のゲートをつくり、その場からいなくなる。


 一瞬、安東の気配そのものが消えた。状況を探るも与えられないまま、凛の短い悲鳴。肩にダガーを受けている。


「凛!」シキが駆けよる。

「だめ、まわり、見て!」凛は叫んだ。


 なにもない空間にバスケットボールひとつ分の黒い穴が空き、そこからダガーが飛びだしてくる。場所を選ばず、何度も射出が繰り返される。シキは反復横跳びで左右に動き、ダガーを避けつづける。


「凛! 黒い穴を撃て!」


 肩の痛みをこらえながら、凛は黒い穴を探した。真横、数メートルさきに穴が開いたが、見つけるのが半秒遅れた。きゃん、と犬の鳴き声。シキがかばった。ダガーを腹で受けとめた痛みのあまり天秤刀てんびんとうを口から離してしまう。


「お兄ちゃん!」

「いい、穴を、探せ……!」


 銃を握りしめ、きょろきょろとあたりを探した。背後に悪寒おかんを感じる。振り返ると、黒い穴があった。


 ダガーがくる。それを避けながら銃弾を穴に撃ちこむ。六メートルほどの距離があったが、五発のうち三発は確実に当たった。


 黒色がわからなくなるほどに、緑の炎が闇の穴を焼いた。すると穴は大きく広がり、楕円形だえんけいのゲートに変わった。そこから安東が飛びだしてきて、地面を転がる。スーツに炎が燃え移っている。熱さにのたうちまわっている。


「大丈夫?」


 凛は刀を鞘におさめ、まず自分の肩からダガーを抜いた。次にシキの腹を穿つダガーに手を添える。


「がまんしてね……」


 毛がぐっしょりと濡れている。血が滴って、ダガーの持ち手までベタついている。


「おまえの肩は?」

「大丈夫。じっとしてて」


 赤く濡れたシキの腹に、手を添える。

 緑の光が全身をつつんだ。


「やっぱり、闘うより、治療ちりょうが得意」


 目を閉じた凛がつぶやく。それから数秒経つと、シキは身体を起こして、ぶるぶると毛を振るった。傷は完全に治癒した。天秤刀を口に咥えると、芝生しばふの味がした。


「闘える?」凛は、自分の肩に手を添える。

「ああ、助かった。平気か?」

「うん、痛かった。けど、それだけだった」


 兄妹が受けた傷は、完全に治った。

 対する安東のほうも消火は済んでいる。

 燃えて暴れて無様をさらしたが、活動には支障ない。


「闇に逃げてばかりか? 白魔」シキがわざとらしく言う。「凛の炎からは、逃げられんぞ」

「闇のなかから、一方的に攻めようと思っていたが、おまえという無礼が邪魔でしかたない」


 話す安東の視線は、凛の顔一点に注がれた。白い翼が風に揺れる。


「おまえをさきに消す——それが礼儀というもの」


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