まっすぐ一本道にて。
それは今より五年前。
幸四郎が十三、勝治が二十五の年のことである。
お江戸、千成通り一の色男と問えば、志乃屋の手代、勝治と返る。
ついでに足されるのは、強面、寡黙、働き者、浮き名のひとつも流さぬ無粋者。
褒めているのか、はたまた貶しているのか。
とにかく、それが当時の勝治の評判であった。
「勝治、勝治、聞いておくれ」
そんな勝治の強面を唯一緩ませるのは、志乃屋自慢の四男坊、幸四郎。
散歩から帰った幸四郎が真っ先に向かうのは、店先に立つ勝治の元だ。いつもならばそこで摘んだ花だ拾った石だと見せるところが、この日は見慣れぬお侍。
「このお侍さんが、わたしに珍しい飴をくれるのですって」
「…………」
おまけに、その小さな手が引いているのも店の者ではなかった。勝治の眉間にくっきりとした皺が浮かんだ。
初見の侍は落ち着かぬ様子で、けれども幸四郎の手を離そうとはしない。身なりは小綺麗。羽織りの群青も品が良い。
「こ、幸四郎どののお父上、志乃屋、織兵衛どのに、申し上げたき儀があり参った!」
「飴、どんなものかなぁ」
幸四郎は至ってほのぼのと思いを馳せているが、侍の上擦った口上と身振りを見ればその腹の中は一目瞭然。
要するにお武家社会の男色、衆道の誘いである。
志乃屋番頭で勝治の父、清澄や、居合わせた奉公人たちが気色ばんだのも当然のこと。
「どこのすっとこどいが、何だって?」
店の奥、座敷で上客に反物を広げていた志乃屋当代、織兵衛は、笑顔のまま腰を上げた。
堂々と筋を通そうとする気概は買っても、幸四郎はまだ十三。いくらなんでも幼すぎる。
袖を捲り上げたのは織兵衛だけではなかったけれども、誰かが駆け付けるより早く、勝治が幸四郎を背に隠した。
「珍しい、飴……?」
口上を丸っと聞き流し、幸四郎から聞いた言葉だけを繰り返す。侍を睥睨する凄味といったら、一騎当千の鬼の武者でも身震いするほど。
途端、威勢の良さはどこへやら、なりふり構わず逃げ帰った後ろ姿に塩を撒いたのは、店の女たち。
「こんのすっとこどっこい!一昨日来なってんだ!」
「千成で御飯食えるとお思いでないよッ」
ひい、と上がった情けない声は、並びの店の者に塩を叩きつけられる侍から。
幸四郎はパチパチと瞬く。
「あれ。飴がなくなった」
「幸四郎さん、お供の男衆はどこです?」
その手に色鮮やかな包み紙をひとつ握らせながら、勝治がドスを効かせた。店内の男衆は震え上がり、無関係な行きずりの町人までふたりを避けて歩く。幸四郎だけは「どこだろうねぇ」と暢気なもので、次いで包みを開くと口元を綻ばせた。
「わたしの好物だね。勝治、一緒に食べよう」
「それっきりしかございませんよ」
「うん。だから勝治の歯で割っておくれ」
「…………ひとまず、中に」
「勝治も一緒?」
「えぇ。えぇ、おそばにおりますから、さぁ、中へ」
ふらふら出歩いては、男も女も選ばず引っ掛けて来る四男坊。
黒髪は艷やかで頬はまろく、好奇心に輝く瞳はあっても、誰もが足を止めるような美少年ではない。ないのだが、なんとも人たらしな悪癖があった。
犬や猫なら笑って受け入れられても、やれ坊主崩れだ、やれ三途の川を渡ろうとしていた女だの。そこに留めの田舎侍ときた。織兵衛は頭を抱え、勝治の眉間の皺は濃くなる一方。
幸いにも志乃屋は大店だ。
奉行とも付き合い深く、見廻りも兼ねた同心らがこまめに顔を覗かせる。さらには、千成通りの互助会の目も、幸四郎に骨抜きになっている火消し連中の圧もある。そんなわけで今のところは大事に至っていないが、拐かされて衆道だ側付丁稚だと強要されては堪ったものではない。お江戸は人情の町でも、他所から来る破落戸にあるのは金と欲、それだけだ。
このままにしてはおけないとばかりに、織兵衛と清澄は目を合わせ頷き合った。
幸四郎が産声を上げた時から過保護に世話を焼く勝治は、その評判や面構えも相まって、虫除けにちょうど良い。
「これ、幸四郎、勝治。話があるのだけれどね」
これからはどこに行くにも勝治と行きなさい。手をぎゅっと繋いで、けっして道に迷わぬように。
そんなような織兵衛の言いつけに、半分になった飴を口の中で転がしながらにこにこと頷いたのは幸四郎。その幸四郎の尻に膝を占領された勝治は、なんとも微妙な顔をした。
「勝治の髪は今日もかたいねぇ」
勝治の髪に指を通し笑う幸四郎の周りだけ、小春日のよう。
散歩に付いていたのに幸四郎を見失って血相を変えた男衆ふたりは、織兵衛、清澄、そして勝治によって背が縮こまるほどの灸を据えられたらしい。
当時一部始終を見ていた奉公人たちと、後の幸四郎が交わした思い出話であり、幸四郎にとっては、この頃にはすっかり勝治にべったりであったという笑い話。
この後の数年かけて強面無粋者を口説き落としただとかなんとかはまた別の話になり、とにかく、ふたりのアレソレのはじまりはそんなものであった。




