6話 全然わかんない
「ねえ、俺と付き合って」
「……………………はぁ?」
「俺、これでも結構あんたのこと好きだよ」
「………………………………はぁ?」
たっぷり数秒間の沈黙をもって、ジュリアンの顔をまじまじと見つめる。
「どういう冗談?」
「冗談じゃない。本気だって」
本気と言う割には、いつもの余裕で軽薄そうな笑みを浮かべている。
こっちからしたらつまらない冗談でしかない。
「あなたがソフィアに恋愛感情を持ってないのは分かった。けど、それがどうして私と付き合うことになるのよ」
「まだ言う? 勉強はできるのにどうしてそこまで鈍いかなぁ」
いやいや、全然わかんない。言ってることが理解できない。なんなんだこの男は。
大体、ジュリアンみたいなモテる男がこんな地味な脇役の瓶底メガネを好きになるはずがないだろう。
「なんでそんなこと急に言い出すの」
「なんでって、ベアトリスのことが好きだから以外にある?」
「いやいや、なんであなたが私を好きになるのよ。そんな要素どこにもなかったでしょ」
「恋に落ちるのに理由なんて必要?」
うわ、眩しい。
瞳を潤ませて私を誘惑するかのように小首を傾げ微笑んでいる。
この美形め、惑わされるものか。
「そうやって色んな子を口説いてるんだ」
「ちょ、それは違うって!」
「じゃ私のどこが好きなのか理論的に説明してもらっていいですか」
子どもみたいな馬鹿げた言い合いののち、ようやくジュリアンは大人しくなる。
「だって、あんたは俺を俺として見てくれるだろ」
「? 何を当たり前のことを。そういうことではなく、もっと具体的に話して」
「えぇ。その……最初は、泣いてる顔がやけに気になって……」
「泣いてませんでしたけど」
「俺にはそう見えたの! で、それで気になって話してみれば思ってたよりずっと面白い子だったから、いいなって思うようになったんだよ。やたら美味しそうにご飯食べるし、ちっちゃい手で一生懸命辞書めくってたり、たまに嬉しそうにニコッて笑ってくれたり……とにかく、関わるうちに好きになったんだよ! 全部言わせるなよ!」
最後の方は顔を真っ赤にして叫んでいた。
ジュリアンは羞恥心に耐えられないとばかりに膝を抱えてうずくまる。
どうやら私に対する好意は嘘では無いようなのだが、そんなに熱心に語られるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
(ちょっとこれは、さすがに予想外……)
自分から聞いたて起きながらとはいえど。
どこが好きなのか熱烈に語られて、恥ずかしくならないわけがない。
「あなた私のこと真面目ちゃんって馬鹿にしてたくせに」
「それは謝るけど事実じゃん。真面目でカタブツだから、こうやって俺に全部白状させるわけだし……。そういうとこも面白いから好きだけどさ……」
ジュリアンはまた膝を抱えてしまった。
耳まで真っ赤になっている。
沈黙が気まずい。
こんな時どうしたら良いのだろう。今まで私に好意を向けてくれる人なんて誰もいなかった。
「あ、あの……」
ジュリアンが本気で私を好きだなんて、考えもしなかったのだ。
ジュリアンはソフィアのことが好きなのだとばかりに思っていたけれど、漫画は漫画であって、現実の話ではない。
誌面の上の存在じゃない。彼も、心を持つ一人の人間なのだ。私がそうであるように。
「明日、答え聞くからそれまでに考えといて」
ジュリアンはそれだけ言うと足早に温室を出ていってしまった。
その後ろ姿を見て、思い込んで決めつけて彼の心を否定してしまったのではないかと後悔が広がり始める。
ソフィアの兄の話をした時、ジュリアンの表情がどこか曇っていたように見えた。
見ず知らずの他人と同一視されて扱われるのは、ジュリアンも望んではいないのだろう。
周りの誰もが二人を恋人同士だと思っているが、本人たちは違う誰かのことしか見ていない。
「でも……あなたと一緒にはいられないわ」
たとえ私とジュリアンが付き合ったとしても、今の段階でソフィアはジュリアンを逃すはずがない。
漫画での義兄との再会は、野外実習の一件でソフィアが覚醒してからの出来事で、まだまだ先のこと。
そしてその野外実習で、私は殺される。
ジュリアンと一緒にいたら必ずソフィアも着いてくる。でもソフィアと一緒にいると私の身に危険が起こる。
つまり、生き延びたければジュリアンと関わるべきではない。
「……」
これまでの私だったら、きっぱり彼を突き放せただろう。
けれど、あの寂しそうな顔を思い出すと、どうにも踏みとどまってしまう。
「私、ジュリアンのことを……」
一瞬頭に浮かんだ言葉は、果たして勘違いか正解なのか。
だがその答えを見つける前に、私に再び現実が突きつけられた。
***
翌日、私は学校の応接室に呼び出されていた。
「ああベアトリス、大変なことになったんだ」
「お父様……」
はるばる王都まで父親が襲来してきた。
それも、とんでもない難題を持って。
「新しい事業が失敗して、負債額二千万……」
父の話は、今度こそ成功するはずだった新しい事業が盛大に失敗し、子爵家に新たな負債が増えただけという報告だった。
ちなみに漫画の作者つまりこの世界の創造主は日本人なため、この世界のお金のレートは日本円と同じ。
というわけで、とんでもない額の借金が追加されたのだ!
(はぁぁぁ……ほんとにありえない……!)
大声で文句を言いたい気持ちをぐっと押さえ込む。
だがただそれを伝えるのなら手紙で良い。わざわざここに来たということは、また面倒事を持ち込んでくるつもりなのだ。
「そう顔をしかめるな。ったく、お前はいつも険しい顔ばかりで可愛げのない……」
「それで、お話はこれだけでは無いのでしょう」
鬱陶しげに私を睨む父に続きを促す。
「実はだな、今回共に出資してくださったコルズ商会からお前に縁談が来ている。その返答次第で、この負債は無かったことにしてくれるそうだ」
「……は」
ちょっと待て。
理解できない。
私、借金のカタに売られる……ってことなの?




