5話 斜め上の急展開
「勝負って、えーと、それはどういう……」
突然やって来て勝負とはどういうつもりなのか。
自信満々に仁王立ちをしているソフィアに、困惑することしかできない。
「私とベアトリスさんで、古代言語のテストの点数を競うのよ! 最近ジュリアンと二人で抜け駆けしてるみたいだけど、そうはさせないから! 私が勝ったら二人の勉強会に私も混ぜてちょうだい!」
「何度言っても聞かなくて。よっぽどベアトリスに勉強教えてもらいたいんだってさー」
いやいや、絶対違うでしょ。
ソフィアの口ぶりから察するに、最近のジュリアンが私とばかりいることに不満を抱いているのだろう。
近頃は講義の前でも構わず話しかけてきたりして、周囲からもじろじろ見られていた。
どうしてあの二人が、と。
ソフィアからしても、いつも自分と一緒だった友達が別の人と黙って仲良くし始めたら疎外感を覚えるはずだ。
「わ、分かりました。じゃあ、私が勝ったら……」
「その時は、潔く諦めるわ。あなたたちの秘密の勉強会に入れる資格はなかったんだって思って、もっと勉強を頑張って出直してくるから!」
そんな大袈裟な、と思ってもどうやらソフィアは本気な様子。
「ま、ちょっとした遊びだから。付き合ってやってよ」
やれやれとジュリアンは肩を竦めているが、ソフィアを止めるつもりはないようだ。
(この男……わざとでしょ!?)
絶対に、私と仲良くすることでソフィアからの嫉妬を狙っているのだ。
私は当て馬よろしく利用されているだけだと今更思い知らされた。
悔しいが、仕方ない。
ここはソフィアの提案に乗って場を収めるしかなさそうだ。
漫画にはなかった展開なのが気がかりだが、また私をダシにして二人でイチャつかれるのを見せられるオチだろう。
(でも正直、あなたたちと仲良くしてる場合じゃないんですけど……)
あなたと一緒にいたら死んじゃうのでごめんなさい! なんてめちゃくちゃなこと、ソフィアに言えるわけが無い。
学食を奢ってもらえるのはありがたかったが、ジュリアンとはこれきりにする。
もうこういうことにならないよう、線引きしなければ。
***
ということで早速切り出したのだが。
「え? 勉強会はもうやめる?」
予想通り温室にやって来たジュリアンは、私の申し出に驚いていた。
いやいや、なぜ驚く。
「先日、ソフィアさんに勘違いをさせちゃったじゃない」
「なにが?」
「何がって、私とあなたが仲良くしていると勘違いをしていたじゃない。あれは絶対に嫉妬よ。あなたが他の人と仲良くし始めて、それなのに自分を仲間に入れてくれないなんて普通嫌でしょう」
あなたの狙い通りにね。なんてことは口には出来ないが。
すっかり敬語も取れて仲良くなった頃だが、それも全部終わりにする。
ジュリアンに嫉妬したことでソフィアが私に興味を持ったのなら、ジュリアンと関わらなければいいだけのことだ。
そうすれば、ソフィアは勝負とやらも忘れてこれまで通り他人同士の日常に戻る。
ジュリアンだって人の心を弄ぶようなことばかりしないで、早くから誠実にソフィアに向き合っておけば彼女の心を手に入れられるかもしれない。
とまあ自信満々に彼を窘めたつもりだったのだが。
「いやいやいや」
鼻で笑われた。なんでだ。
「ベアトリスさぁ。分かんない?」
「……?」
「俺があんたと勉強してる理由」
「ソフィアを嫉妬させたいからなんでしょ?」
「はあ?」
ジュリアンは呆れ返っている。まさか、私の考えが間違っていたとでも言うのか。
「俺がソフィアを嫉妬させて何になるわけ?」
「え? だってあなた、ソフィアのことが好きなんじゃないの……?」
今度は盛大なため息を吐かれた。
「違う。あいつは面白いから遊んでやってるだけ。どうやったって恋愛対象にはならないね」
「嘘よ」
「嘘じゃない」
ジュリアンは否定するが、到底信じられない。
いつも親しげで一緒にいるぐらいなのに、恋愛対象にはならないだと。
こっちは将来ジュリアンがソフィアに縋り付くほど恋をすることを知っているのだから尚更信じられなかった。
「周りの奴らもよく勘違いしてるけど、ソフィアが俺にベタベタしてるのは俺が好きだからじゃない。あいつは、自分の兄と俺を重ねてるだけだ」
「ああ。父親の再婚で出来た五つ年上の義理の兄でしょ。仕事の都合で他国に行ったっきり連絡を寄越さないっていう」
「? なんだ、知ってたのか。詳しいな」
「た、たまたま聞いただけよ。ほんと、ただの偶然だから」
なんとか誤魔化したが、私が知らないわけがないだろう。
何を隠そう、その義理の兄こそがメインヒーローなのだ。
最初の頃はソフィアの回想で度々登場していた、ソフィアの初恋相手とも言える人。
実は隣国で行方不明となっており、ソフィアは何度も彼を思い涙を流すのだが、ストーリーが進むにつれて思わぬ形で再会することになる。
タイトルの初恋が指す相手は義理の兄のことであって、ジュリアンではなかったのだ。
ソフィアはジュリアンを兄と重ねているだけであって、そんなことも知らないジュリアンはどんどん彼女に夢中になっていく……はずが、どうやら本人はもう知っていたようだ。
「要するに、ソフィアにとっての俺は兄貴の代替品なわけ。下位互換なんだよ」
「そこまで言わなくても」
「事実だから。ソフィアは俺のことなんて一ミリも見てない。あんたと違ってね」
「私?」
「そう。ベアトリスは俺の事、ちゃんと俺として見てくれてるだろ」
ジュリアンがじっと私を見つめる。
見たこともないようなじっとりとした視線に、困惑して思わず目を逸らした。
美形に見つめられて恥ずかしい、というよりも、彼らしからぬ表情への戸惑いの方が大きい。
それこそ、漫画の中でも見たことがないような目つきだ。
私、知らない間に彼に何かしてしまったのだろうか。
「……ま、つまりはそういうことなんで。俺とソフィアが恋愛をすることはありえないわけ。俺たちは周りが思うような関係なんかじゃないんだよ」
「そう……」
私の反応を見てジュリアンはつまらなさそうな顔に戻るが、ちょっと待て。
それならどうしてジュリアンは私に構うのだ。
「ねえ、俺がソフィアに恋してるって想像して、なんか思わなかったわけ?」
「え? いや別に……」
「なんかあるだろ、一個ぐらい。めんどくさいとかそういうの意外でさぁ」
今度は急に不服そうにぶつぶつ文句を言っている。
ますますわけがわからない。
「俺のこと、なんとも思ってないの?」
いじけたように聞いてくる。
慰めて欲しいみたいな、捨てられた子犬のような顔をしてじっと見つめてくるのだ。
私にどうしろと。
「良い人だなー、とは……思ってるけど……」
「……」
ジュリアンは黙ってしまった。
また私は間違えたようだ。
「分かった。はっきり言う」
彼は一歩近づいて、私にぐっと顔を寄せて囁く。
「ねえ、俺と付き合って」
「………………はぁ?」




