3話 ちょっと硬いパン
その後、汗水垂らして清掃を終えようやく一日の食事にありつけた。
ちょっと硬くなったパンに、レタスとチキンを挟んだいつものメニュー。
いつも私のために一食分残してくれているのだそう。
前世を思い出した今、そういえばよくこういうの作ってランチに持ってってたなぁなんて思い出したりして。
「いつもありがとうね。まだ勉強するんだろう? あんまり無理はしちゃいけないよ」
「ありがとうございます。ほどほどに頑張りますね!」
パンを受け取って食堂を出ると、急いで温室に向かう。
寮にいると気が詰まるから、時々こうして外で食べるのだ。
温室は女子寮のすぐ近くで、門限にも間に合わせられる。
今日は色んなことがあったから、ちょっとぐらいゆっくりしたい。
(あれ、まだ明かりがついてる。消し忘れかな?)
なんて思いながら扉を開けると、思わぬ人物がいた。
「おお、デュヴァルか。こんな時間にどうした」
「コールヴェール先生!」
白髪が美しい背の高い彼は、教員のコールヴェール先生だ。
担当は魔術理論と古代言語など様々あり、実はかつて宮廷魔術師として大いに活躍した人物である。
後輩の育成のため魔術学園に籍を移したのであり、いつも真面目そうな硬い表情の割には、他の教師よりも人一倍熱心に授業をしてくれる。
「そうだ。先日の古代言語の課題だが良くできていたぞ」
「本当ですか! 良かった……苦手なところだったので不安だったんです」
「お前はいつもそう言っているな。しっかり身についているんだから、もう少し自信を持ったらいい」
先生は私のこともそれなりに目をかけてくれている。
が、実は漫画では覚醒したソフィアを一番弟子に取り手塩にかけて育て上げる師匠キャラなのだ。
コールヴェール先生は優しいけれど、みんなに優しいだけ。
そして彼が特別優しくするのはソフィア。
自分の事情に……まして、実家の金銭問題などに巻き込める相手ではない。
「……ところで、先生はどうしてこんな時間に?」
「それはこちらのセリフだぞ、デュヴァル。私は少し薬草を拝借しに来ただけだ。お前はなぜこんな時間に外にいる。あと一時間もすれば消灯だろう」
「ちょっと気分転換に」
そう言いつつ、先生は私が後ろ手に隠したパンを目ざとく見つける。
しまった、またお小言を貰ってしまう。
「それは晩飯か? それだけで足りるのか? もっと栄養を付く食事を摂らないと倒れてしまうぞ。お前は人よりずっと細いものだから、転んだだけで骨が折れやしないかとこっちが不安になるくらいだ。もっと肉をつけろ」
「だ、大丈夫ですよ。そんなにお腹も空いてないですし」
ぐぅぅぅぅ。
「……」
うわ、終わった。
空気を読んだかのようなタイミングで盛大にお腹が鳴った。
「はは、正直者だな」
高速お小言を終えて満足したのか、先生は笑って懐からなにか取り出すと私に投げる。
包装されたクッキーだった。
「これをやる。貰い物なんだが、甘いものは好かん。腹の足しにはなるだろう」
そう言うと、手早く薬草と道具をまとめて出ていこうとする。
「困ったことがあればいつでも言いなさい。お前は、一人で抱え込みすぎる癖がある」
「……はい。ありがとうございます」
そんなこと言っても、ソフィアの方が大切なくせに。
なんて思うのは意地が悪いだろうか。
運命を回避するために先生の力を借りようとしたって、「あと数ヶ月で死ぬ」なんて言ったら頭がおかしくなったと思われるだけ。
どのみち、最終的に先生が選ぶのはソフィアであって私では無い。
脇役は脇役なりに生きる道を探すのだ。
***
翌日、私はまた温室にやって来た。
今日は清掃も無いし、課題も終わらせている。
ぽかぽかした午後の陽気の下でのんびりとお昼寝、といきたいところだがそういうわけにもいかない。
「うわ……高い……」
隅にあるテーブルと椅子を借り、あれこれ集めたパンフレットを広げてみる。
どれも留学に関するものだ。
この学園にいることで死ぬのなら、ここを出ていけば良いのではないかという単純明快な考えから留学を選ぶことにしたが、やはりお金がかかることは間違いない。
「交換留学生……うーん、成績は問題ないけどやっぱり費用が……」
そもそも留学に行くのはよほど選ばれた実力のある学生か、お金持ちの貴族の学生かの二択だ。
残念ながら貴族階級出身であることがむしろデバフと化している私にとっては無縁の話。
費用負担も平民向けがほとんどで、子爵位とはいえ貴族令嬢の私がそれを希望したら少なからず反感を買うだろう。
「はあ……いっそのこと学校を辞める……なんてのは無理よね」
これまで成績を維持し続けてきたというのに、あっさりやめてしまうのは嫌だ。
それに、やめたところで行き先も住む家もないのだ。
実家に帰ったところで投資の失敗を繰り返す父と浪費癖が治らない母親と、そんな両親に甘やかされてわがまま放題に育った妹が待っているだけ。
自分から混沌に引き返す理由はない。どうせ、爵位も父が甘やかして妹に与えるか、妹の婿養子のものになるのだから関係ない。
「学術都市エスターティスか。いいなぁ」
幾つもの専門機関が紹介されたパンフレットを眺める。
ちなみにこの学校は首都メディーの王立魔術学園。
エスターティスはここよりずっと東にある地方都市だ。
現代では魔力を動力源とした様々な魔道具が溢れており、移動手段も汽車があるためそう遠いわけではないが、一度も行ったことはなかった。
そもそも、旅行にすら連れて行ってもらったことは無い。
母はよく妹を連れて出かけているが、私は家で留守番だ。
昔から妹の方が愛嬌があって可愛い、ベアトリスは理屈っぽくて可愛げがないと比較されていたが、今ならわかる。
母は自分に似た妹の方を可愛がっているだけであって、父に似た私に対してさして興味が湧かないだけなのだと。
「どうにかこの学園を出ていけないものかしらね」
実家のことを思い出したらまた鬱々とした気分になってきた。
パンフレットをひとまとめにして片付けると、メガネを外して机の上に置く。
安物だから重くて疲れるのだ。
「……なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ」
膝を抱えてひとり呟く。
もし、数ヶ月後の実習を回避できても、実家の問題は解決しない。
たとえ卒業して働けても、今度は給金を全て実家に持っていかれるか、それとも父の思いつきでどこかに嫁がされるかだ。
そもそも、奨学金制度を利用して私を学園に送り出したのも父の思いつきからで、わけも分からないままに追い出されたも同然だった。
いつまでこんなことが続くのだろうとため息をついてしまう。
目の疲れを誤魔化すように目元を擦る。
もう少しだけ、何も考えたくない。
そう、ぼんやりしていたが。
「えーと、大丈夫そう?」
「…………………………」
ガサガサと茂みの向こうから現れたのは、なんとジュリアンだった。




