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脇役才女の生存戦略 私の初恋が終わるまでと、再会の七年後について  作者: 雪嶺さとり


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18話 生還、そして

「先生たちが来るまであと十分ぐらい、それまでどうにか持ち堪えられる?」

「それぐらいなら。でも、これじゃあ逃げられないわね……」


 ジュリアンのおかげで辛うじて歩けるが、倒木を乗り越える体力はない。

 空を飛ぶのも、大海蛇の立てる水柱を考えると厳しいだろう。命中したら一溜りもない威力だ。


「今のうちに、治療を……!」


 大海蛇が再び水面に潜ったのを見て、その隙にソフィアが私の足に治癒魔術をかける。

 すっと痛みが和らいでいくが、それも長くは続かない。

 再び大海蛇が顔を出し、咆哮と共にこちらへ突っ込んでくる。


「っ、危なっ……!」

「きゃぁっ!」


 辛うじて逃げ切れたおかげで直撃されはしなかったが、大海蛇が跳ね回ると共に水が撒き散らされる。

 

「離れて! その水は魔力で汚染されてるわ!」

「うそ、さっき浴びちゃった……!」

「少量なら問題ないはず。でも、日頃から浴びているであろう周りの植物の様子がおかしいわ。あまり近づかない方が……っ!」


 話しているうちに再び大海蛇は攻撃を再開し、また逃げ惑うことになる。

 ソフィアの魔術で一時的に回復したとはいえ、これではすぐに限界が来るだろう。

 私は思い切って魔術を展開させてみる。


「防御結界、起動!」


 私の手のひらから魔力の糸が網になり、やがて硬い一枚の防御壁になる。


「正面からじゃ無理だ!」

「分かってる! でも大海蛇は長く水上に上がれないから、これでも十分よ!」


 私の読み通り、大海蛇はまた水中へ戻っていく。

 最初に私の足に巻きついた時、大海蛇の尾は簡単に傷付いた。

 あれは水から離れ乾いたせいで防御が弱まったのだ。

 だから二度目は通用しなかった。

 だが、それを逆手に取りこうして防御壁で抑えつければ、その場に大海蛇を足止めさせられ必要以上に走らずにすむ。


「どうしてそんなことわかるの!?」

「それは後! あなたも自分の身は自分で守って!」


 しっかり講義を聞いていればすぐ見抜けただろう。

 だが忘れてはいない。ソフィアは私にレポートをやらせようとしたほど、講義に対して不真面目だ。

 自分の身は自分でと言ってしまったが、水生の魔物に対抗する知識なんて無いだろう。できるだけ、三人とも庇えるような大きな結界を張らなくては。

 だが、もう一度防御結界を展開させようとすると、ジュリアンに止められる。


「怪我をしているのに、そんなに大掛かりな魔術はダメだ! 魔力を消費しすぎたら、命にも関わるだろ……!」


 ジュリアンがそう言った時、激しく地面が揺れる。

 ごぉぉという地響きは低く唸りを上げているようで尋常ではない。

 池の水面は音を立てて波打ち、水飛沫をいくつもあげる。

 池の中で大海蛇が暴れ、その影響で大地が揺れているのだ。

 今にも足元が崩れ落ちそうで、立っているのもやっとだ。

 

「きゃぁっ!」

「掴まれ!」


 ソフィアが悲鳴をあげながらしゃがみこみ、ジュリアンは氷の長剣を地面に突き刺して支えにする。

 負傷している私の為にしてくれたのだろうが、それを見て私はある方法を思いついた。

 

「これ、貸して!」

「待て、ベアトリス!」


 長剣を手に大海蛇目掛けて駆け出していく。

 この剣はただの氷ではなく、ジュリアンの魔力が詰まったもの。

 ならば、その魔力を変質させ、私の結界に溶け合わせることもできる。


「凍れ——————永遠に!」


 水面に防御壁を張り、剣の魔力をそのまま流し込む。

 凄まじい冷気が吹き上げ、私の手足は痛みを訴える。

 だけど、指先が凍りついてしまいそうなほど痛くとも、この手は決して下ろさない。

 こんなものでは足りない。痛みも乗り越え、全てを跳ね除けるかのような強い結界が必要だ。


「水面が、凍って……!」


 ソフィアが歓喜の声をあげる。

 氷の結界を水面に張ってしまえば、大海蛇は出てこられなくなる。

 中の水も冷気で凍り、崩落も防げるはず。

 そう思っての行動だった。


 あと少し、上手くいく——————!


 必死で魔力を込め続ける。

 けれど次の瞬間、私の身体は池の中に引きずり込まれていた。


「————————え」


 ばしゃっと水が跳ね、大海蛇の尾は強く私の体に巻きついてくる。

 冷たい水の中に私の体はあっという間に沈んでいく。


「……っ、かはっ、……」


 締め付けられ、息を吐いてしまい口の中に水が入り込んできた。

 息ができない。

 苦しくて必死に藻掻く。


(あと少しで、閉じ込められたはずなのに……!)


 霞んでいく視界の中、水面が凍っていくのがかすかに見えた。

 あと少し、あと一歩だったのに、死の運命からは逃れられなかった。


(結局、私はただの脇役だったっていうこと……)


 私が死んだとて、両親もクラスメイトも悲しんではくれないだろう。

 数年後にはすぐ忘れ去られる程度の存在だ。

 これから、ソフィアは輝かしい功績を築き上げて、ジュリアンは彼女の隣にいるのだろうか。

 本来の筋書きとおりなのだから当然だけれど、想像するとやっぱり悲しい。


(でも、あなたに出会えて……あなたを好きになれて良かった)


 初めて私に愛を教えてくれた人。

 ちゃんと謝れないまま終わってしまうのは辛いけど、ジュリアンに嫌われてしまうぐらいなら、ここで死んで終わった方が幸せなのかもしれない。

 そう考えると、少しだけ気が楽になった。


 ゆっくりと暗く冷たい水底へ沈んでいく。

 私の人生は、あっけなく幕を閉じた。





 


***





 

「……ん」


 ふと気づけば、眩しい光を浴びていた。

 あまりの眩しさに目を細めながら、体を起こそうとするも動かない。


「ん?」


 ここはどこだろう。

 最後に水の中へ沈んでいったのは覚えているが、ここは死後の世界なのか、それとも奇跡的に生還できたのか。

 首は動くようだから、ひとまず周囲の状況を確認する。

 今は昼間なのか、眩しい光が邪魔でよく見えない。

 窓から顔を背けて、ようやくここがどこかの部屋であることがわかった。


「あら、目が覚めたのね。まだ安静にしていないと」

「おお、起きたか」

「!?」


 どうやら死後の世界ではなかったらしい。

 ベッドの横に並んで深刻そうな顔で話し合っていたのは、コールヴェール先生と、もう一人初めて見る顔の女性だった。


「せんせ……ここ、は」


 話そうとして口が全然動かず、呂律が回らない。


「無理しないで。ほら、ゆっくり体を起こせる? お水を飲んで、少し休みましょう」


 女性がにこりと微笑むと、私が起き上がるのを手伝ってくれて、水差しからカップに注いで手渡してくれる。

 ひんやりした水が心地よい。ゆっくり飲んでいると、パニックになっていた頭が落ち着いていくようだった。


「ここは病院だ。お前たちは全員救出され、魔物も私たちで仕留めた。実習から二週間が経っていて、お前はずっと眠っていたんだ」

「みんなは……?」

「全員無事だ。お前以外誰も怪我はしていない。結界魔術で皆を守ったおかげだ、よく頑張ったな」


 先生は私を安心させるように微笑むと、優しく頭を撫でてくれる。

 なんだか、ジュリアンを思い出すような手つきに、やっと肩の力が抜けていく。

 

「あれは、なんだったんですか」

「大海蛇の変異体だ。研究施設の薬品の不法投棄が原因で、元々生息していた海蛇が変異しあのような事態を引き起こした。薬品の処理には金がかかるから仕方がなかったというのが向こうの言い分だが、周辺には著しい汚染が見られ、詳しい調査も既に入っている」


 そう語る先生の顔はずいぶんと険しかった。

 漫画では突然変異とだけ書かれていてその背景は説明されていなかったので驚きだった。


「お前たちが到着する少し前に、異変に気づいた職員が様子を見に行って大海蛇に食われたようでな。幸い胃の中で発見され一命を取り留めたようで、今後取り調べを受けることになっている。我々学園側としても、調査不足で生徒を危険に晒したことを謝罪しよう。すまなかった」

「いえ、先生たちは悪くありませんから……みんなが無事なら、良かったです」

「しかし、なぜ班員たちと行動しなかった。トラブルがあったのなら、無理をせず私か他の誰かに連絡すれば良かっただろうに」

「それは……すみません……」

「いや、怒っているわけでは……! すまない、私はただ困った時には遠慮するなと言いたかっただけで……」


 てっきり叱られるとばかり思ったのだが、先生は逆になぜ私よりも落ち込んでしまった。

 その様子を見ていた女性が、我慢ならないというようにクスクス笑っている。


「あなたが怖い顔ばかりしているから、この子も緊張しちゃっただけよ。ほら、大丈夫。顔を上げて」


 促され、私は彼女の方を見る。


「私はシルヴィー。この人の妻で、治癒魔術師なの」

「先生の!?」


 私の驚きに、先生がこくりと頷く。

 先生が既婚者なのは知っていたが、こんなに綺麗で優しそうな人がお嫁さんだったなんて。

 

「これから、あなたにとても大切な話をするわ。よく聞いてちょうだい」


 シルヴィーさんは私が驚いているのもそこそこに、少し表情を改める。


「今回の事故の影響で、あなたは魔力を失うかもしれないわ」

「……え」

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