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脇役才女の生存戦略 私の初恋が終わるまでと、再会の七年後について  作者: 雪嶺さとり


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17話 まだ死ねない

 バァンッ、という何かが爆ぜるような激しい衝撃音と風にあおられる。

 突然の出来事に、全員体勢を維持するのに必死だった。

 

「今の音は……」

「あっちからだ!」


 班員の男子が焦ったように駆けていこうとする。

 

「待って! 一人では……」


 私が止めようとしたその時、ぽたりと何かが頭上から降り注いできた。


「雨……?」


 見上げると、ざあっと水が落ちてきた。

 咄嗟にローブのフードをかぶり木陰に逃げる。

 ジュリアンやソフィアたちも同様に逃げ込んだが、雨はすぐに止んだ。

 空は腫れていて雲ひとつない。どうやら雨ではないようだ。


「今の、一体なんだったの?」

「どっかの班が妨害を仕掛けてきたって訳じゃなさそうだけど……どうする?」


 一同顔を見合わせるが、明らかにただ事ではない。

 あたりは静まり返っていて、不気味なくらいだ。

 妨害を仕掛けてくるのだったら、わざわざ怖がらるだけでこんな回りくどい真似をする理由はない。

 学生の仕業でないとなると、残る可能性は数える程しかないだろう。


「さっきの魔力反応って、もしかして魔道具じゃなくて……」


 ソフィアがぽつりと呟く。

 すぐ近くに強力な魔物がいるのではないかと、全員が疑っていた。

 

「怖い……ねぇ、今すぐ帰ろうよ! 私、とても嫌な予感がするの!」


 ソフィアが勢いのままに沈黙していたジュリアンに抱きつく。

 あっ、と思った時には、ソフィアはジュリアンの腕の中だった。

 この非常時に何を、と思ったがソフィアは震えていてとても演技しているようには見えない。

 このところジュリアンはソフィアに冷たい。当然、振り払うものだとばかり思ったが。


「……落ち着いて。一旦、ここを離れて引き返そう」


 ジュリアンはソフィアを追い払うどころか受け入れ慰めていた。


(……え?)

 

 まるで、以前のような距離の近さだ。

 それを見ていると息が止まりそうだった。

 だが、ジュリアンの視線はソフィアではなく私の方に向いている。


 そこは、私の場所なのに——————。


 思わず口をついて出そうになって、あわててつぐむ。

 ジュリアンが何を考えているのか分からない。

 まだ怒っているから、私を傷つけるような真似をしたのだろうか。

 それとも、前にもやったように私に嫉妬して欲しかったのだろうか。


 どちらにせよ、今の私はどうしようもないほどソフィアに嫉妬していた。

 そして、ジュリアンから愛されるのは自分だけだという過信を知らず知らずのうちにしていたということにも気付かされた。


(私、どうして——————)


 私が呆然としている横で、班員の男子が抗議の声をあげる。


「待てよ、それじゃ他の班に抜かれるだろ。せっかくトップの成績だったのに」

「た、確かにそうよ! 上から飛んで迂回すればなんとかなるんじゃ……」


 そうだ、今は試合の最中だ。私は班のメンバーではないが、彼らはせっかくの好成績を諦めたくないだろう。

 

「何言ってるわけ、死んだら成績なんて意味ないだろ」

「別に、魔物がいるなんて決まったわけじゃないだろうが! 俺ちょっと様子見てくる!」


 冷静なジュリアンと対照的に、彼は走って池の方へ行ってしまう。


「一人じゃ危険だよ、追いかけなきゃ!」


 後を追ってソフィアまでもが走って行ってしまう。

 そうなると、我々も立ち止まっているわけにはいかないだろう。

 

「あー……どうしてこうなるかな」


 ジュリアンも文句を言いつつ、残った三人で追いかける。

 池はさほど大きくはなく、目的地までの道のりに付近を通り抜ける必要があるというだけ。

 特に魔物が生息しているという情報もないはずだ。

 それに、漫画では陸上に生息する魔獣が現れており、水生の魔物は登場していない。

 何事も無ければ良いのだが、と必死に祈りながら走っていると。


「み、みんな……どうしよう……」


 ソフィアが足を震わせながら、私たちを待っていた。

 ざぁぁ、と池の水面が波立っている。

 どこが、小さな池だというのだろうか。


「ひっ……!」

「なんだ、これ……」


 地図よりも遥かに大きな池の水面から姿を現していたのは、黒い鱗で全身が覆われた魔物だった。

 蛇のようにも龍のようにも見える頭に、長い首、そして咆哮と共に開かれた口から見える鋭い牙。


「大海蛇が、どうしてこんなところに……!」


 講義資料でしかその姿を見たことは無いが、間違いない。

 これは大海蛇という、海や湖に生息する魔物だ。

 淡水や海水を問わず各地で出没しており、巨大ではあるが穏やかな気性で人間に危害を与えることはないとされている。

 が、目の前にいる大海蛇はどう考えても穏やかには見えなかった。


「グォォォォ——————」


 咆哮と共に大海蛇が潜ると、長い尾ひれが現れ水面を叩く。

 破裂音とともに水柱が上がり、先程の怪奇現象の正体はこれだったのだとすぐに気づく。


「ひ、ひぃ……! 殺される! 誰か、助けてくれ!」

「落ち着け! 騒ぐな、無闇に攻撃するとかえって危ない」


 真っ先に果敢にも飛び込んで行ったはずの男子生徒は、尻もちを着いて空を見上げて震えていた。

 ジュリアンは彼を落ち着かせて立たせると、引きずって大海蛇から距離を取る。

 どう見ても私たちの手に負える相手じゃない。

 

 だがその時、大海蛇が咆哮と共に何かを吐き出す。


 べしゃっ、と地面に叩きつけられたそれは、よく見れば折れ曲がった眼鏡と誰かの身分証のようなものだった。


 近づいて確認してみれば、見覚えのある施設の名前の下に顔写真が載せられている。


「これ、研究施設の職員って……」


 どう見ても私たちが宿泊している施設の職員証だった。

 それが、大海蛇の口から吐き出された。

 誰かが身につけていたであろう眼鏡と共に。

 一瞬、皆が沈黙する。


「逃げるぞ、走れ!」


 ジュリアンの声と共に、全員が駆け出していった。

 間違いない、あの大海蛇は人間を食べる。

 第一発見者であろう職員は今頃大海蛇の腹の中で犠牲になったのだ。

 そして次の獲物は誰か、そんなの考えるまでもなく私たちだ。


「きゃぁっ!」


 何かに足を取られて勢いよく転ぶ。

 足が痛いが、それ以上に水に濡れたような冷たい感触に震えてしまう。

 ついさっきもこんなことがあったばかりだ。

 あの時私を掴んでいたのは一体なんだったのか、確認することはできなかったが今なら分かる。

 大海蛇の尾だ。


「ベアトリス!」

「ベアトリスさん!」


 既に他の班員たちは逃げ出していて、助けに戻ってきたのはベアトリスとジュリアンだけ。


「あ、あああ……!」

 

 私は抵抗も虚しくずるずると引きずられていく。

 あんなに離れていたのに私を捕まえたということは、体長は相当だ。

 こんな規模の魔物、魔術師見習いの学生が適う相手じゃない。

 終わりだ。

 結局、私は野外実習で魔物に喰い殺されて死ぬ運命だったのだ。

 痛みと絶望の中、死を覚悟しようとする。

 だが、斬撃音の次に私の身体は宙に放り出された。


「クソッ……!」


 ジュリアンがまた私を助けてくれたのだ。

 ジュリアンの氷の刃は大海蛇の尾を裂こうとしたようだが、鱗が硬いせいか浅い傷がついただけだった。

 それでも大海蛇は驚き私を離して尾を引っ込めてくれたおかげで、痛みを堪えながら立ち上がろうとするも捻挫したのか足は動かない。


「早く逃げないと! この魔物は一体何なの……!?」

「大海蛇よ。人間を襲うことはないはずだし、こんな大きさはありえない。そもそも、こんなところに生息するような魔物じゃないわ」


 ソフィアは完全に気が動転しているようだ。

 魔獣から大海蛇に代わっただけで、恐らくこのままなら私が死んでそのショックでソフィアが覚醒する。

 なんならもっと惨い死に方になりそうだ。


「ォォォォォ————————」


 大海蛇が咆哮し、再び尾を振り回す。

 咄嗟に身を屈めた私たちの横を掠めていったそれは森の木々に衝突し、激しい音を立てながら連鎖的に周囲も崩れていく。

 大海蛇の魔力を含んだ水のせいなのか、地面は脆くなっているようだった。


「私はもう走れないから、あなたたちだけでも……」


 大海蛇の攻撃で木々がなぎ倒され、足を動かせない私では乗り越えられないだろう。

 これほどの騒ぎになれば、異変に気づいた先生たちがすぐ駆けつけるはず。

 先生たちが到着するまで、二人だけなら逃げ切れるはずだろう。

 だが、ジュリアンは納得できないようだった。

 

「何諦めてんの。俺を置いて死ぬなんて許さないから」


 ジュリアンが座り込んだままの私の体を助け起こして支えてくれる。

 土汚れが移るのも構わず、ジュリアンは私をしっかりと抱きしめてくれた。

 冷えきっていた体に熱が伝わってくる。


(そうだ……私は、まだ死ねない)


 ジュリアンと約束した。二人で暖かい家庭を作るんだと。

 この先の展開は変えられるはずだと、必死に足掻き続けたのだ。

 こんなところで諦めるわけにはいかない。


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