16話 運命の分かれ道
「この近くに魔力反応があるみたい。たぶん魔導具ね。回収していく?」
「マクシムたちはしばらく追いかけてこないだろうし、寄っていこう」
「戦闘に役立つものだったらいいなぁ」
魔力探査機を片手に地図を広げて和気あいあいと皆が作戦を練っている。
ひとまずこれといったトラブルの予兆はなさそうで、少しだけ肩の力が抜けるようだった。
「ベアトリスさんの得意な魔術って何だっけ?」
「あ、えっと結界魔術だよ。変質属性だから、大体みんなと同じだと思う」
「なるほど、じゃあ防御側に回ってもらった方が良さそうね! とりあえず、前衛はジュリアンのままでいいかしら」
ほほうなるほど、ジュリアンは漫画と同じく戦闘に長けているようなのか。
ひとまず皆の判断に従いつつ、最後尾について歩く。
「見て見て、どう? かっこいい?」
「わあ!」
ジュリアンがこっそり魔術で氷の刃を作り出し、私に見せびらかしてきた。
タガーのような短剣が二振り、刃は透き通る氷で美術品のように美しいが、その威力は計り知れない。
「惚れ直した?」
「もう、なにそれ」
それを携えている本人はにやにやと褒められ待ち状態で、得意げなその様子が可愛く思えてくる。
ジュリアンの武器はこれだけではなく、飛び道具なんかも隠し持っていたりして、学生の割にはなかなか腕が立つのだ。
私は漫画の後編でジュリアンが使っていたサーベルがかっこよくて好きだったから、いつか見てみたい。
「そういえば、お兄さんも魔術師なんだよね? 魔術属性は同じなの?」
思えば個人の魔術属性についてあまり深い話は聞いたことがなかった。
ここぞとばかりに深堀させてもらおうと、ずっと気になっていたことを聞いてみたのだが。
「…………は」
「私の妹はあんまり才能がなかったみたいで、家族にも魔術師はいないからちょっと気になって。私は地味な魔術ばっかり使ってるから、こういう見た目も華やかで実戦向きな魔術って、憧れちゃう。やっぱり血筋なのかな」
ジュリアンは多くの優秀な魔術師を輩出してきたリヴィエル侯爵家の嫡男だ。
私とて魔術師の卵なのだから、その華やかで華麗な血統が気にならないわけがない。
「ジュリアンは私と違って、お兄さんとは仲が良いんでしょ」
ジュリアンの兄は宮廷魔術師で、漫画の後編ではソフィアも同様に宮廷魔術師として働く。
ソフィアの上官として登場していたが、ページ数こそ少ないもののジュリアンの兄ということでファンからの注目度も高かった。
きっとこの先関わることもあるはず。
ジュリアンが魔術師の道を志すきっかけになった大切な人だ。
きっと素敵な人なんだろう。
そう、思ったのだが。
「————————なんで知ってる」
「……え?」
ジュリアンは小さな声でそう言った。
その顔は笑っていない。瞳はじっと私を見つめていて、光を失くしている。
こんなジュリアン、初めて見た。
「えっ……えっと、前に話してくれたことがあったじゃない?」
「……」
ジュリアンは何も答えない。
「その……もしかして、別の人から聞いただけだったのかも!」
ひとまず、何も気づいていないフリをして笑顔で誤魔化す。
しばらく無言で見つめられ、あまりの迫力に目を逸らしてしまう。
「……そっか。兄とは違う魔術属性だよ。今は一緒に暮らしてないけど、それなりには仲が良いかな」
ようやくジュリアンは元通りの笑顔で答えてくれたが、心臓がまだ、ばくばくと音を立てて震えている。
「そうなんだ! いつかご挨拶させてね」
「……うん」
私、どこかで間違えたのだろうか。
もしかして、兄とは仲が悪かったのだろうか。
以前、家族になると話をした時、ジュリアンは家族愛がどういうものなのか知っているのだとばかり思っていた。
ジュリアンはいつも、私を大切にして愛してくれる。
愛されたことのない私は、手探りでそれに応えることしかできない。
だから、ジュリアンは愛が何かを知っている側の人間なのだとばかりに思い込んでしまっていたのかもしれない。
(そうだ、私……そもそもジュリアンから、家族のことを聞いたことなんて一度もない)
あまりに迂闊だった。
さっきの反応からして、他の誰かに気軽に話すようなことでもなかっただろう。
私の言い訳が嘘だと分かって、ジュリアンは見逃してくれただけだ。
好きな人からの信頼は損ないたくない。けれど、今私がしたことは間違いなく彼に疑いを与えてしまった。
まさか、前世の記憶で見たなんて言えるわけが無い。
風の音と鳥のさえずりが嫌に耳につく。
もし、ジュリアンに嫌われたら。
そう思うだけで、息ができなくなるぐらいにゾッとする。
初めて、私を愛してくれた人。その人から愛されなくなった私は、一体どうやって生きていけばいいのだろう。
(いつから、私はこんなことを……)
これまでの自分だったらありえない思考だった。
いつの間に私はこんなにも彼に依存していたのだろうか。
「ねえ……一つだけ聞いていい?」
「な、なに?」
ジュリアンの口元は微笑んでいるが、その目は一切笑っていない。
「俺の兄の名前、言ってみて」
「……え?」
「嘘はつかないでね。俺、嘘つきって大嫌いだから」
どくん、と心臓が跳ねる。
怒っている。
ジュリアンは確実に、私に対して怒りを抱いている。
それが分からないほど鈍感ではない。
分からないのは、その理由だ。
「あ、あのね、ジュリアン」
「言って。ほら、早く」
ジュリアンは私の言葉を遮り、ただそう言う。
初めて見るような、冷たい瞳だった。
「……アンリ・リヴィエ」
気がつけば私は、その名前を口にしていた。
言わなければ良いのに、これ以上彼の前で嘘をつける自信がなかった。
ジュリアンは何も言わなかった。
静寂が苦しくて、彼の顔をまともに見られない。
どうやら私は、また間違えたようだった。
「おーい、二人とも置いてくぞー!」
しばらくそうしているうちに、遠くから声をかけられる。
いつの間にか皆と距離がずいぶん開いていた。待っていてくれたのだろう。
「……ごめん、今行く!」
ジュリアンは私から視線を逸らすと、いつものように笑顔に戻り駆け出していく。
まるで、今のやり取りなど無かったかのように。
「見て! こっちから強い魔力反応があるわ!」
探査機を手にしたソフィアが道を指し示していた。
分かれ道だが、右側の方から反応があるようだった。
もちろんそちらへ進むことになり、ジュリアンと話ができるような雰囲気ではなくなる。
「他の班の状況が気になるところだけど、結構早い方なんじゃないかしら」
「去年の成績を先輩から教えてもらったんだけど、悪くないと思うぜ。実習で評価を上げれば、魔術師団への推薦のチャンスにもなるかもしれないしな」
わいわいと皆は楽しそうに騒いでいる。私たち以外。
気まずくてどうして良いのか分からない。
だが、とにかく黙って後ろを着いて歩いていれば。
「……っ、ひゃぁっ!?」
突然、何かに足元を救われてどさっと勢いよく転倒する。
その音に皆が一斉に振り返った。
「転んじゃったの? 大丈夫……きゃあっ!?」
地面に倒れ込んだ私を見て、ソフィアが甲高い悲鳴を上げた。
私の足は、何か縄のようなものに掴まれて引きずられていたのだ。
とても冷たい温度をしていて、足が凍ったかのよう。
硬いものがぎりぎりと私の肉を締め付け、骨が軋むよう。
「ベアトリス!」
咄嗟に、ジュリアンが魔術で激しい斬撃音と共にそれを引き裂いた。
急いで助け起こされて、何があったのかと振り向く。
「……え」
私の足に巻きついていたものは消え、あたりは水浸しになっている。
そして先程、ソフィアは『強い魔力反応』と口にした。
支給された地図を思い出す。
そうだ、この近くには小さな池があるはずだった。
「二人とも大丈夫!?」
「今のは、一体なんだったの……」
駆け寄ってきたソフィアたちに、急いで魔力反応があった場所を聞こうとする。
だがその直後、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。




