15話 あなたと一緒なら
「な、なんでいるの……!?」
「静かに」
慌てふためく私をジュリアンが制する。
いつもの飄々とした様子とは違って、ずいぶん真剣な顔だ。
「俺たちの班と、別の班が戦ってる。多分巻き込まれるから、ここで隠れてて」
「え!?」
「皆とはぐれちゃったんだろ。一人じゃ危ない。そこでじっとしてて」
「わっ」
ジュリアンは私に自分のローブを脱いでサッと放り投げる。
正確には置き去りにされたのだが、そんなこと説明している場合じゃない。
ジュリアンが去っていってしまったので、仕方なしに木陰にじっと身を潜める。
向こうからはジュリアンの言った通り、何かがぶつかり合う衝撃音が聞こえてきた。
確かに、丸腰の私が通り抜けられる様子ではなさそうだ。
(ジュリアンの匂い……)
ただでさえ緊張感が高まっていて震えそうなのに、予想外の状況に焦りが滲み出そうだったが、ジュリアンのローブを抱きしめているとすっと心が落ち着くようだった。
現実は私の知る漫画の世界とは異なっているけれど、同じことが起こらない確証もなければ、もっと最悪の自体が起こる可能性だってある。
何も起こらずにただの杞憂だったな、なんて思いながらジュリアンと笑って帰りたい。
それにしても、同じ班になる予定だった彼女たちにはずいぶんと嫌われてしまったものだが。
無事に実習を乗り切ったとしても、今後のトラブルは避けられそうもなかった。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
くっそーなんで私ばっかりこんな目に! と大声で叫んでみたくもなる。
でもそんなことできないから、ぐすんと鼻を鳴らしてちょっとだけ涙を流しておいた。
「お待たせ」
しばらくすると静かになって、ジュリアンが戻ってきた。
「大丈夫? 怪我は?」
「ない。マクシムたちが仕掛けてきたんだけど、逆に魔道具を強奪してやった」
満面の笑みを浮かべている。ジュリアンの班が圧勝だったようだ。
予想外ではあったが、ジュリアンたちのお陰で危機は去った。
「助けてくれてありがとう。それじゃ、もう行くね」
「え?」
ジュリアンにローブを返せば、彼はぽかんとして受け取ってくれない。
「いやいや、そんな状態のあんたを放り出すわけないじゃん」
「何言ってるの。ジュリアンも、自分の班の人たちのところに早く戻らなきゃいけないでしょ」
「一人じゃ無理だろ。大体、何があったら一人になるんだよ。どの辺ではぐれたとか分かる?」
「はぐれてない。そもそも、私の班の子たちは来てない」
「ん?」
「みんな宿舎に帰ったの。私が嫌われてるから、みんな嫌がっちゃって」
あははと乾いた笑いだけが出る。
しばらくの沈黙の後、ジュリアンはようやく口を開いた。
「……それって、俺のせいだよね」
「違う! ジュリアンは何も悪くない!」
さすがのジュリアンも、自分たちに向けられる視線の意味を理解していたのだろう。
いつもの強気な態度はどこへやら、すっかりしょぼんと萎れてしまっている。
いつか見たような捨てられた子犬みたいな顔だ。見ているこっちが辛くなってくる気がしてきた。
「ジュリアンが誰と何してようが、ジュリアンの勝手じゃない。親しいとはいえ、交友関係に口出しするどころか、嫌がらせまでするなんて相手が幼稚すぎるのよ。あの人たちなんて一年生からやり直すどころか、乳母にしつけ治してもらった方がいいくらいだわ!」
私が大声でそういえば、ジュリアンはやっと笑ってくれた。
「ふはっ、何それ」
でも少し意外だったかもしれない。ジュリアンは私と違って人目など一切気にして無さそうだったのに。
「事情はわかったけど、だったらなおさら俺と一緒に行こう。緊急事態だ、みんな分かってくれる」
「いや、それは無理」
「聞く前から言い切るなよ。後ろからこっそり着いてくるだけでも……」
「いや、とにかく無理だから」
だって、あなたの班にはソフィアがいるじゃない。
ソフィアからしたら、憎むべき相手がのこのこ丸腰でやってきたも同然。
ジュリアンを奪い合ってギスギスするのは間違いないし、他の班員にも迷惑だ。
ジュリアンの気持ちだけありがたく受け取っておく。
「じゃあ、そっちはそっちでがんばって——————っ!?」
「ベアトリス!」
ずさっ。
あっと思った瞬間、私は全身を地面に打ち付けて横たわっていた。
転んだのだ。別に、足元に何かあったとか足がもつれたとかでもなく、ただただ何も無いところで。
「いたた……」
「大丈夫? 思いっきり擦りむいてるじゃん」
「いたいです……あんま触んないで……」
みっともなく倒れ込んだ私を、ジュリアンが助け起こしてくれる。
手のひらは土で汚れて、擦りむいて血が滲んでいた。
早く手を洗って止血しないと雑菌が入る。最悪だ。
「あと、足捻っただろ」
「ちがう……捻ってないもん……」
と、言いつつ一歩踏み出すたびに鈍痛が足首に走る。
めちゃめちゃ痛い。どうしてこう私は鈍臭いのだ。
「ほら、行くよ。あんたのよちよち歩きじゃ日が暮れる」
「一人で歩けるから」
「何も無いところでド派手に転ぶのに?」
「うっ……言わないでよ……」
何も言い返せない。
ジュリアンに促されるがまま、彼におぶってもらう。
強敵と戦って負傷したわけでもなく、ただただすっ転んだだけなんて恥ずかしすぎる。
「重くない?」
「全然。むしろ軽すぎて怖い。骨折れたりしてないよね?」
「してない、さすがに」
そうしておぶってもらっていれば、草むらを抜けた先にソフィアたちが待っていた。
私たちの姿を見るなり全員仰天して駆け寄ってくる。
「わあ、ベアトリスさん!? 大丈夫なの!?」
「うそ、怪我? 可哀想に、信号弾貸してあげようか」
班員の三人とも私が自分で転んだだけとは思いもよらないだろう。
土汚れのせいで実際の怪我よりも結構重症に見えるらしい。
「だ、大丈夫です。少し休んだら歩けるようになるので、お構いなく……」
「ダメだよ、こんな状態で置いてけない!」
気まずくてへらへら笑って誤魔化そうとするが、一番私を心配してくれたのはソフィアだった。
この前はあんなに敵意を向けてきたのに、今は瞳を潤ませて私のことを心から案じてくれているように見える。
「私が治してあげる。見せて」
ジュリアンに下ろしてもらい、捻った箇所をソフィアに見せる。
「よし、これぐらいならすぐに治るわね!」
服が汚れるのにも構わず膝を着いて、私の足首に手を添えてくれる。
魔術を使うソフィアの表情は、穏やかで美しく、まるで神々しささえ感じられるほど綺麗な瞳をしていた。
私がそれに見蕩れている間に、ソフィアの治癒魔術は終わり足の痛みは消え去った。
「治療してくれてありがとう。もう平気だから……」
「じゃあ、ベアトリスさんも一緒に行こっ!」
「え」
「他の班と協力しちゃダメなんてルール、どこにもなかったでしょ。成績優秀なベアトリスさんが一緒に来てくれたら、私たち、一位間違いなしだよ!」
私が呆気にとられているうちに、他のメンバーもソフィアに同意しはじめる。
「そうだな、一緒に行こうぜ!」
「うん、私もそう思う!」
絶対に何か裏があるに違いない。のだが、助けて貰えた手前強く拒絶することはできない。
それに、私に治癒魔術をかけるソフィアの様子は漫画のヒロインと違わず、心優しい聖女のごとき様子だった。
何か企んでいやしないかなんて思いたくはない。
「大丈夫。俺が守るから」
私の不安を感じ取ったのか、ジュリアンが汚れた頬をハンカチで拭ってくれる。
(ソフィアの近くにいると私は死ぬかもしれない……でも、ジュリアンと一緒なら、未来は変えられるかも……)
ここまで来てしまったのだ。今更逃げ惑ったところでどうしようもない。たとえ今回をやり過ごせたとしても、この先もずっと死の恐怖から逃げ続けるだけにしかならない。
だったら、立ち向かうしかないだろう。




