14話 実習開始
そしてついに、野外実習の日が来た。
この日のために、できることは全て対策してきた。
野外実習は今日から一週間、アガルムの研究施設で行われる。
不慣れな攻撃魔術もしっかり勉強したし、防衛魔術はとことん練習してきた。
この先に、どんな運命が待ち構えていたとしても絶対に私は生き延びてみせる。
「なんか緊張してない?」
「そんなことないわ」
隣にいるジュリアンは何も知らず、不思議そうに首を傾げている。
研究施設の講堂で実習に関する注意事項を聞くだけの時間なのに、わざわざ隣に来ては話を聞かず私の顔ばかり見ているので困る。
「やっぱりあの二人って……」
「略奪愛ってこと? 最低じゃんあの女」
「地味女だけど中身は腹黒いんだ。怖いなー」
ほらあこうなるじゃん。
私たちをちらりと見やっては、コソコソ囁いている生徒たちが何人もいる。
勘弁してよ。全部聞こえてるんだぞ。
そもそもソフィアとジュリアンは恋人ではなかったけれど、やはり皆そうだとばかりに思い込んでいたようで、あの一件以来ジュリアンが私に人前でもくっつくようになってから好奇の目に晒されっぱなしだった。
(なんでみんな先生の話に集中してくれないかなぁ!?)
揃いも揃って不真面目な。ため息が出そうになるも、実習どころではないのは私も同じだった。
漫画では、自由時間の最中、研究施設の裏手にある森で魔獣が現れた。
いかにもトラブルが起こりそうな班対抗の模擬魔術試合の時間ではなく、さらに団体行動でもなんでもないただの自由時間だ。
ソフィアたちは退屈を持て余したことで遊び感覚で森に入ったが、私はそんなことしない。
普通に考えれば、自由時間は森へ行かず宿舎にこもっていれば解決する——————が、自分の知らない展開へ突き進んでいる現実では、そう簡単にいくとは思えなかった。
(それに、私は危機が訪れるのを知っているけど、他のみんなはそうじゃない。もし、誰かが私の代わりに犠牲になったとしたら……)
ソフィアの周りにいる彼女の友人たちに視線を向ける。
ソフィア本人は普段と変わらず過ごしている様子で、あれから私に接触してくることはなかった。
ただ周りの友人たちから飛んでくる視線はなかなか厳しいものもあり、ちょっとだけしんどい。
でも、だからといって見捨てるのは違うだろう。
どうにかして危機を知らせたいところだが、厄介なのが魔獣の存在を誰も知らないことだ。
あの魔獣は突然変異で現れたもので、事前の調査ではなんの異変もなく、元々ここは安全が保証されている地域。
私一人が騒いだところで証拠は何も無いのだからどうしようもない。
「なに、なんか難しい顔してる」
「あなたと無事に帰れることを祈ってるだけよ」
「そうなの? 嬉しい、俺も早くベアトリスと一緒に帰りたいな」
来たばっかりでしょうが、と思いつつ、ジュリアンと話していると肩の力が抜けていくようだった。
***
「各班、安全には最新の注意を払うこと。万一怪我人が出た際は信号弾を打ち上げ、その場で教師の到着を待ちなさい」
コールヴェール先生が模擬試合の説明を行っている。
各生徒の能力や魔術属性を考慮した班が組まれたが、なんとびっくり、ジュリアンとは引き離されてしまった。
まあ、当然と言えば当然だ。
ジュリアンは変質属性で、攻撃系魔術が得意。
私も同じで、結界魔術が得意。
変質属性というのは、もっとも一般的な魔術属性で、物体に魔力による変化を与えるものを言う。
たとえば空気中の水分を結晶化させ、氷の刃に変質させるとか。ジュリアンはこういうのが得意で、漫画ではよくやっていた。
私の結界魔術も、空間を変質させ魔力による結界を張るというようなもの。
それ意外だと、ソフィアが使った精神干渉は支配属性で、支援や治療のような付与属性もある。
まあ、少女漫画の世界なのでそこまで複雑なものは出てこない。
ちなみにコールヴェール先生は複合属性というもので、複数の魔術属性を持っており、要するに万能なのだ。
チートすぎる。だから師匠キャラなんだろうけれど。
ともかく、そういうことだから属性被りということで私とジュリアンは引き離された。
問題なのはここからだ。
「あれぇ、ベアトリスさんだ。一緒なんだね、よろしく!」
「う、ウン、ヨロシク…………」
なんと、私と同じ班なのはソフィアの友人たちだった。
交友関係は無視で属性と能力値のみで決めたと言っていたが、よりによって一番私を嫌っている人たちを引き当てるのは運が悪すぎる。
ソフィア本人がいないことだけが不幸中の幸いだが。
「でもさぁ……ベアトリスさんって優秀だし、私たちがやることなんてないよね」
「だよねー、優等生さんの評価を落としちゃったら申し訳ないし、私たちは見学してようかな!」
「賛成! ベアトリスさんも私たちみたいな一般生徒とは一緒にいたくないみたいだし」
くすくす笑っている。
こらこら、思春期の子どもの嫌なところ出まくりじゃないか。
さすがに本人の目の前でそれをやるのは陰湿すぎだろう。
「あ、あの」
さすがにひとりぼっちで放り出されるのは困る。
模擬試合と言っても、広大な森の中で先生たちが設置した魔術道具を回収しながらゴール地点への到達を目指すもので、回収した道具とゴールの速さを競うもの。
つまりは障害物競走の一種だが、戦闘が認められており、別の班から道具を奪取することもできるので、速さと数に気を取られていては他の班に丸ごと成果を持っていかれるなんてこともありえる。
「そ、そんなことないから、皆さんで頑張りましょうよ!」
「あーあ、こんなところいつまでもいたら日焼けしちゃう、早く戻ろ」
「大体、模擬試合ってバカバカしいよね。私たちって、将来戦闘魔術とかで生計立てなきゃいけない身分じゃないし、必要ないでしょ」
「だよねぇ。皆が皆魔術師団目指してるってわけじゃないんだから、こんな泥臭いことやりたい人だけやってればいいじゃん」
懸命に明るく笑顔を作って話しかけたが、見事なまでに取り付く島もなかった。
彼女たちはけらけら笑いながら、日傘をさして優雅に宿舎へと戻っていく。
「ええ…………行っちゃった…………」
まるで、私の姿が見えていないかのような対応だった。
先生たちにバレたら、体調が悪くなったと言って誤魔化すのだろう。
貧乏まがいもの貴族令嬢の私と違って、本物の裕福な貴族令嬢の彼女たちは本来ここで学ぶ必要はない。
華やかな学歴と教養を持たせることで本人の価値を高めることがほとんどの目的だ。
それ以上にも色々あるだろうが、少なくとも彼女たちに学ぶ意欲はまるでなく、成績など一切気にしていない様子だった。
「私一人、かぁ……」
ぽつんと一人寂しく呟く。
魔獣が現れるのは明日の自由時間、だけど今日何も起こらない可能性はない。
今も、この森のどこかに私を食べる予定の魔獣が息を潜めているのだ。
突っ立っていてもどうしようもないのだから、仕方なしにその辺に落ちていた木の棒を杖代わりにして、安全を確認しながらゆっくり歩く。
飛行魔術でさっさと先生の所に飛んで行った方がいいかもしれないけど、目立つことをすると他の班から攻撃を受ける可能性が高くなる。
それこそ、上空なんて飛んでいたら格好の的だ。
どこにいても危険しかない。とにかく、生存を最優先に慎重に行動するのみだ。
「いっそのことジュリアンに撃ち落とされたら、そのまま連れて帰ってもらえないかな……」
ぶつぶつ呟く。あの子達の文句を言っていたのを万一にでも誰かに聞かれたら困るので、ひたすらジュリアンの事ばかり考えるようにした。
が、その時だ。
「ひぁっ!?————————っ」
突然背後から何者かに抱きつかれて草むらに引き込まれる。
咄嗟に悲鳴をあげようとしたが、大きな手で塞がれた。
殺される、と反射的にぎゅっと目を閉じたが。
「しー」
聞こえてきたのは、ついさっきまで聞いていた声で。
「お望み通り、来てあげたよ」
振り向けば、したり顔のジュリアンがそこにはいた。




