12話 キスより先の
「よーし、ここなら大丈夫だろ」
「……はぁっ……びっくりした……」
ひと気のない校舎裏にたどり着き、ジュリアンはようやく私を下ろしてくれた。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かで、やっと一息つける。
「ねえ、さっきの一体なんだったの。みんななんだか、様子がおかしかったような……」
「あいつの魔術だよ。ソフィアは精神干渉魔術を使えるんだ。これは俺しか知らない」
「え……!?」
そんな設定漫画にはなかった。
精神干渉魔術は危険なもので、扱うには特殊な資格が要求されるほど珍しいものだ。
当然人体に影響を及ぼすものだから、ただのいち学生が使うことは許されない。
さらにそれを周囲の学生たちに施すなど、発覚したら謹慎処分では済まされないはず。酷ければ、退学処分だってありえる。
コールヴェール先生が教室に戻ってきたから解除したのだろうが、先生なら恐らく残された魔力に勘づくだろう。
「多分、俺が思い通りにならないから怒って使ったんだ。ベアトリスも知ってるんだろ。俺があいつの兄貴の代替品扱いされてるって」
「それは……でも、それって面影を重ねてるだけって話じゃ……」
「そんなんじゃない。あいつは本気で俺と自分の兄貴を混合してる。いずれ俺に成り代わらせるつもりだったんだよ」
「そ、そこまでするものなの!?」
「ソフィアがそれだけ兄のことを愛してるってだけだよ。ま、それを分かっていながらほったらかして好きにさせた俺も悪かった。謝るよ、ごめん」
だから危険をおかしてでも、あんなことをしたのか。
私が思っていた以上に、ソフィアはジュリアンに対して屈折した感情を持ったなんて。
ソフィアまでもが漫画とは違う道をたどっている。
そうなると、この先起こることはもはや私の予想がつかないものになってきた。
(ソフィアは……ジュリアンを、どうするつもりなんだろう……)
本物の兄が現れるまで、ジュリアンを逃すつもりはないのかもしれない。
そうなった時、私はこれ以上ないぐらいの邪魔者だ。
私が考え込んでいるのを、怖がっていると思ったのかジュリアンが私を抱きしめてくれる。
「ただ、俺だってソフィアと同じようにベアトリスのことを心の底から愛してる。あいつがそれを奪おうっていうのなら、俺も大人しく従ってやるつもりなんかないってだけ。何があっても、絶対に守るから」
固く、ぎゅっと離さないように抱きしめられる。
暖かな体温に包まれて、心が少しずつ落ち着いていく。
私が怯えているのが分かって、安心させようとしてくれているのだ。
「今日できっちり線引きするつもりだったんだけど、まさかあそこまでやるとは思わなくて。本当にごめん」
「もういいよ。言っちゃったものは仕方ないし、いつまでも誤魔化せるとは思えないもの」
ジュリアンは心から反省しているというように、しょんぼりしている。
こんなに萎れている彼は初めて見るかもしれない。
ジュリアンが傷付けたわけじゃないのだから、そんなに謝らなくったっていいのに。
別に私は怒っていないし、あの様子では一度誤魔化したところで言い逃れられるとは思えなかった。
それよりも、その後にみんなから言われた言葉の方が私の心に引っかかっていた。
「ねぇ…………ジュリアンも、私が先生に色目使ってるって思うの……?」
「そんなわけないだろ!」
恐る恐る口にすれば、ジュリアンはこっちがびっくりするぐらいの勢いで返してきた。
「あんたがそんな人間じゃないって俺はちゃんと知ってる。あいつらも、ソフィアに操られてそんなことを言っただけで、誰も本気で疑ったりなんかしてない」
私の目を見てはっきりと言ってくれる。
それだけで十分だった。
やましいことなんて何にもないのに疑われてショックだったというよりも、ジュリアンにそう思われてしまったらと考えた方がずっと怖かった。
ジュリアンに嫌われたくない、と。
以前は、友達なんていないのだから誰に何を言われようがどうだってよかったのに、いつから私はこんなに弱くなったのだろうか。
「それに、俺とはキスしか許してくれないくらい初心なくせに、他の男なんかと関係持つなんて思うわけないだろ」
ジュリアンが私の頬を呆れたように指でつつく。
「……? キス以外になにがあるの?」
「………………え」
「?」
「うそだろ」
わけがわからない。
手を繋いで、キスをする。
他になにか、恋人のするべきことはあっただろうか。あまり思い浮かばなくて、前世の記憶にヒントがないか必死に思い出そうとする。
「知りたいの?」
「教えて。ジュリアンがしたいことなら、してあげたいから」
「じゃあちょっと耳貸して」
「うん」
ジュリアンは私の耳に唇を寄せて囁く。
「あのな、恋人同士がすることってのは————って言って、——————て、——————するんだよ」
「……!?」
「言い方変えようか? 俺の———と、あんたの——————」
「あーあーあー!!!! 分かった! わかりました!」
聞かなきゃよかった! 絶対聞かなきゃよかった!
失態だ。キスより先のことは、思春期には刺激が強すぎる。
「…………わ、私には……早いかも」
「はは、真っ赤になっちゃって可愛い」
ジュリアンはからかうようにくすくす笑っている。
さっきまで落ち込みかけていたのに、全然それどころじゃなくなった。
「しばらくは、キスだけでいい……?」
「いいに決まってるだろ。でも、そんな可愛い顔しないでよ。我慢できなくなる」
「っ、ん……!」
ジュリアンが私にキスをする。
ぎゅっと目をつぶって懸命に応えるけれど、いつもと違って強引で長い。
繋いだ手は指と指が絡み合って、肌に添うたびにぞくぞくする。
「っ、も、いいから……!」
「だーめ」
ようやく終わったと思ったら、また口付けをされる。
ちゅっ、とリップ音が鳴るのが恥ずかしい。
ちょっとだけ息苦しいはずなのに、それがどうにも心地よかった。
(絶対、絶対誰も来ませんように……!)
万一誰かが通りかかったらどうしよう。
絶対見られたくない。恥ずかしすぎる。
「考えごと? 余裕だね」
「っ、ちがっ……〜〜っ!」
にやりと笑ったジュリアンが、また噛み付くようにキスをしてくる。
完全に力が抜けてしまって、私はされるがまま抵抗できない。
世の恋人たちはこんなに激しいキスをしているのだろうか。
こうしていると、辛いことも苦しいことも全て忘れて蕩けてしまいそうになる。
でも、自分よりもジュリアンの方が経験豊富で上手なことがちょっと悔しい。
いつか絶対、私からキスしてジュリアンを蕩けさせてやるんだから…………なんて思いながら、それからしばらくの間はされるがままだった。




