9話 炭焼小屋
夕暮れが近づく頃。
山道を歩き続け、さすがに足が棒のようになってきた。
少しの休憩を繰り返して歩き続けた先、森が開け、人工物が見えた。
苔むしたログハウスだった。
「ここが炭焼小屋ね……!」
「今は使われていないようだ。昨日村長に許可を取った。ここで一泊しよう」
正直心底ホッとした。
ようやく休める……!
こんなに歩いたのは久しぶり。
ログハウスの重い扉を開けると、窓から差し込む夕陽の中にかすかにほこりが舞っているのが見える。
ログハウスの中は片付いているけど、しばらく人が使っていない気配がする。
「炭焼の時期は秋から冬だ。それ以降使われていないようだな」
「そうね……少し窓を開けて換気する?」
「少しだけにしろ。じきに日が暮れる。光に虫が集まるから、魔法灯を灯す前だけにするんだ」
ユースティスはログハウス周辺を見てくる、と言って荷物を置いて出ていった。
「アンジュ、つかれたの?」
椅子に座り込んだ私の足元に、ココが駆け寄ってきた。
「疲れた……ココは元気だね……」
「まえはね、ぼうけんのときはもっとあるいたんだよ!スズのむらにくるときも、いっぱいいっぱいあるいたんだよー!」
スズ村に来る時……?
ココは、村に来る前の記憶があるんだ。
それは、ユースティスが剣聖として勇者として、パーティーを率いていた頃……。
ユースティスは過去のことを全く話さない。私も彼にとっては辛いことなのかもしれない、と詮索はしなかった。ユースティスも、私に対してそうしてくれるから。
でもココは、勇者だった頃のユースティスを覚えている……。
尋ねるべきじゃないとわかっていた。
でも。ほんの少しの好奇心が私を衝動的にした。
「ねえ、スズ村に来る前は、どうしていたの?」
「んーっとねえ。たびしてたんだよ。ずっととおくで、まものたおしたりしてたの。ここもいっしょにたびしてたんだよー」
「そうだったの……」
「うん、そのときはね、ママもいたの」
ずくん。
心臓が揺れた。
ココのママ……つまり、ユースティスの奥さん……。
「でも、パパがココをつれてべつのたびにでるんだっていうから、おわかれしたの。ママはココがおとなになったらむかえにきてくれるっていってたんだー」
ココはニコニコ笑っている。
お母さんとの別れ、辛くなかったんだろうか。迎えに来てくれるって言葉を信じてるんだろうか。本当に迎えに来るんだろうか。
頭の中をぐるぐるといろんな疑問が駆け巡る。
「そう……なんだね」
「うん、アンジュのママはー?」
「私のママ?私のママは……私にガッカリした……って言ってたな」
私が家を出る前の母の様子を思い出した。
さめざめと泣きながら、愛してるとか、家名を汚したとか、本当にガッカリしたとか、色々言ってたな。そして、最後は冷たく「数年は隠遁してなさい。目立たず、死んだように生きるのよ!」と言ってきたっけ……。
そんなことをココには言うべきじゃないよね。
「私が都会で失敗しちゃったの。だから、何年か遠くに行って暮らしなさいってさ」
「とおく……。じゃあ、しばらくしたら、アンジュはスズのむら、でていっちゃうの?」
「え?そ、それは……」
そこまで考えてなかった。
確かに、数年隠遁生活しろとは言われたけど。私は数年後、王都に帰るんだろうか?王位継承者に公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢(二十歳超え)……一体、どんな顔して帰ればいいんだろう。
私が暗い未来を想像して白目を剥いていると、ユースティスが戻ってきた。
「周りには何もいなかった。せいぜい鹿が兎程度だろう。窓を閉めるぞ。暗くなってきたから魔法灯を灯す」
ユースティスは窓を締め、テーブルの上の魔法灯を灯した。壁についた魔法灯も、灯していく。
魔法灯――。この大陸で最も普及した錬金術のアイテムだろう。
魔法灯は、黒い蓄魔石を二つ合わせると、真ん中の光芯がふわりと灯る作りになっている。
逆に石を離してしまえば光は消えるので、火を使わないぶん扱いも安全だ。
ただし石に込めた魔力は少しずつ減るから、頃合いを見て錬金術師や魔法使いに補充してもらわなくてはならないけれど。
部屋が明るくなった。
なんでだろう。明るいと安全って感じてしまう。
森の夜は初めてだけど、一緒にいるのは剣聖だし、安心して夜が越せそうだ。
ユースティスは部屋の中の棚を漁る。
「清潔なシーツがあるな。寝袋もあるが、今日は小屋のベッドで眠ろう。幸い2つある」
「ココはパパといっしょー」
「あら?私とでもいいわよ。ユースティスは体が大きいから、二人だと窮屈でしょう」
「いいのか?アンジュ」
「ええ。ココ、一緒に寝る?」
「うん、いいよー!アンジュ、いっしょにねよ!」
お陽さまのような笑顔でココは言って抱きついてきた。
ふふ。かわいいんだから。
薪ストーブを使って、ユースティスが夕飯を作ってくれた。小屋に置いてあった鍋とフライパンも拝借。もちろん洗ってお返しします。
ユースティスは慣れた手つきで瓶に入った油を鍋に垂らし、切ったじゃがいもを炒めはじめる。そしてそこへ、そぎ切りにした大角牛の半生の干し肉を入れて、乾燥したハーブも投入。食材に油が回ったら、外の井戸で汲んだ水を鍋に流し入れる。
部屋の中に良い香りが充満した。
じゃがいもと干し肉のスープの完成。持参した黒パンをフライパンで温め、一緒に頂きます。
「ん……美味しい。スパイシー!干し肉のスープって初めて食べたけどこんなにお肉柔らかくて美味しいの?」
「半生の干し肉だからな。日持ちはしないが、旨味が出て柔らかくなるのも早い」
「んんー、じゅーしー!」
ココも夢中で食いついてる。
「ユースティス、ありがとう。しっかり準備してきてくれて……私一人だったら、絶対採取にこれなかったわ」
「気にするな。俺は得意なことをしているだけだ。アンジュ。お前は採取の後工房で日焼け止めを作るのが仕事だ。錬金術師なんだろう?それまでのサポートは任せてくれ」
「ユースティス……」
錬金術師。そう、私は錬金術師。
冒険の知識はない。料理も最低限しか出来ない。でも、材料さえ手に入れば、得意な錬金術の腕がふるえるんだから!
「今回の依頼が完遂したら!お金が稼げたら!ユースティスとココに特別お手当だしちゃうからね!」
「いいのか?俺は契約の給金だけで十分暮らしていけるが……」
「何言ってるの!契約のお金は住み込み家政夫の給金でしょ?冒険の護衛費は別に払うわ。手伝ってくれてるココにもね。もちろん、私も貯金を切り崩して生活してる身だから、仕事の稼ぎ次第の出来高だけど……これからココの教育資金だっているんだから、しっかり稼いで!ユースティス!」
ユースティスは面食らっていたようだけど、最後には静かに頷いてくれた。
「わかった、ありがとう、アンジュ。俺はいい主人をもった果報者だ」
「かほうものだー!ねえ、パンのおかわりある?」
ココがユースティスにお皿を差し出した。
夜が更けていく。
明日は雪蜜蜂の巣に出会えるだろうか?
(続く)
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