10話 雪蜜蜂
翌朝。
昨日の残りで簡単な朝食を済ませた私達は、炭焼小屋の西の森に向かって歩き出した。
一応道はあるけれど、細くなっていき、まるで獣道のよう。
「この森のどこかに雪蜜蜂の巣が……?さて、どうやってみつければいいかしら。古い木なんかに出来るらしいんだけど……」
「ココ。どっちだ?」
「もっともりのおくだよ!こっち!」
え?
ココはそう言ってずんずんと獣道を進んでいく。
「ユースティス?どういうこと?うわっ、おっと……」
「山道だ。気をつけろ。……後で説明する。いいからココについていこう」
ココは振り返りもせず山道を進んでいく。
まっすぐ、まっすぐと。
そして、また突然道から外れ、沢の方に下っていってしまう。
「ココ!気をつけて!」
「へいき!はやくはやく!」
そして沢の上に倒れた木の上をひょいひょい渡り、私とユースティスも続く。私がふらふらと倒木を渡るのを、ユースティスが手伝ってくれた。
彼は倒木の先端から地面に降り際の私を軽々と抱え、そっと地面に下ろしてくれた。
すごく力強い……。
なんだか、恥ずかしい。重いって思われなかったかしら?
私が一人恥ずかしがっているのにも気づかず、ユースティスはココについてどんどん森を進んでいく。
慌てて後を追った。
そして……。
「あったよ!あれがゆきみつばちのすー!です!」
ココが老木の上を指差す。
あった。枯れて中が空洞になった半月状の太い幹に、円盤型の白い蜜蜂の巣が連なっている。
文献で見た雪蜜蜂の巣で間違いない!
「ココ、すごいわ!どうして場所がわかったの?」
私は興奮して尋ねた。
「かぜがねー、おしえてくれるの」
「風……」
昨日もそんな事を言っていたような……。でも、蜜の匂いはしないし、結構遠くからここまで迷い無しで歩いてきたけれど!?
「ココは風の声を聞くことが出来るんだ」
「風の声……?」
「アンジュ。気になるのはわかるが、周囲には獣が潜んでいるかもしれない。早く蜜蝋を採取するんだ」
ユースティスは油断なく周囲に目を光らせてそう言った。
そうだった!
雪蜜蜂の巣の周囲には凶暴な蜜熊獣が出るんだった!
私は慌てて昨日採取した安眠薄荷を取り出し、巣の下に置く。そして、数枚の紙を置いてマッチで火をつけて……安眠薄荷が燃え、煙が昇っていく……。
「蜂が動かなくなったわ」
「採取出来そうか?場所が高いな……よし、アンジュ、来い」
私がどう蜜蝋を取ろうか、油紙を持ってうろうろしていると、ユースティスが私の背中を押して屈ませ、そしてあっさりと私を担いで肩車してくれた。
「ちょっ……!ユースティス!」
「早く採れ。獣が来る前に採取をしないと面倒だ」
それはそうなんですけど!
男の人に肩車されたのは、幼少期以来じゃないだろうか?大丈夫?私臭くない?ていうか、重くない?なんてことをぐるぐる考えながらも、私は袖をまくり、雪蜜蜂の巣に手を伸ばした――。
今は採取に集中しなきゃ!
「ココ、私のカバンから空の瓶をとってくれる?蜜も採りたいの。ユースティス、しゃがんで……」
蜜蝋はもぎり、油脂に包んだ。
そして、ココが手渡してくれた瓶に採蜜もした。
「よし!採取完了です!これで日焼け止めが作れるわ!」
その時。
森に流れる風が止んだ。
なにかが変わった。
ユースティスは静かに腰をかがめ、私に降りるよう促した。
私は促されるままユースティスの肩から降りて、周囲を見回した。
「カバンを拾え。俺の後ろにいろ」
ユースティスの声が、静かな森に低く響いた。
ココは素早く私のカバンを拾って、ピタリとユースティスの後ろにつく。
私も蜜だらけの手を持て余しながら、ココに習ってユースティスの後ろについた。
木々のざわめきが鈍い声のように笑っている。
生ぬるい風がツンとした獣の匂いを運んできた。
老木の向こうの茂みが揺れた。不自然に、激しく揺れた。そして、それは姿を表した。
体調は二メートルほどだろうか。濁った空のような灰色の毛皮、琥珀のような瞳。そして額には短い二本の角。
蜜熊獣だ。
ただの獣ではない。
下位の魔物だ。魔力を持ち、魔族が使役する、人に害を加える魔物。
ユースティスはゆっくりと腰に帯びた剣を抜いた。
「俺の後ろにいろ。無駄に動くな。声も出すな」
私は震えながら頷いた。
野良の魔物をみるのは初めてだった。学園で檻の中に閉じ込められた魔物をみたことはあるけれど、遠くから眺めただけだった。
今目の前にいるのは、野生の、本物の獣。
蜜熊獣が吠えた。
森を切り裂くような低く大きな咆哮。
私はすくみあがった。本能が逃げろ!と叫ぶ。でも、逃げたらだめ。ユースティスの後ろにいるのが、一番安全なのだから。
蜜熊獣が大きな体を揺らして迫ってきた。
世界がスローモーションになる。
ユースティスが動いた。ダン!と前足を踏み出し、剣を振るった。
そして。
次の瞬間、蜜熊獣は大地に倒れていた。
一撃で勝負がついた。
ユースティスは落ち着いた様子で、布で剣についた黒い血を拭い、鞘にしまった。
「角を採るか?」
「へ?」
「これ、錬金術の材料になるはずだろう」
「そ、そうね……」
ユースティスは腰に帯びた大振りなナイフで角を切り落とし、渡してくれた。
……すごい。
魔物を一撃で倒すなんて。
「あなたって、本当に、本当に、勇者ユースティスなのね……」
「昔の話だ。今はただの家政夫。そして雇われの傭兵だ」
(続く)
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