表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄&追放された悪役令嬢、辺境村でまったり錬金術生活(元勇者家政夫&その娘の女児付き)  作者: シルク
一部 辺境村の悪役令嬢錬金術師と追放勇者家政夫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/19

11話 風呂

 雲雀館に戻ったのは翌日の夕方だった。

 私は疲れ果てていて、即リビングのソファに倒れ込んだ。


「風呂を沸かそう。アンジュの後に、俺とココも使っていいか?」

「もちろんよ。というか、あなたも少し休んだら?」


 ユースティスは荷物を下ろすと、テキパキと裏庭で湯を沸かす準備を始めた様子。

 ココは戦利品の蜜の入った瓶をしげしげとながめ、不思議そうにその白銀の蜜を揺らしている。

 二人とも、体力無限……?

 いや違う、私が体力なさすぎるんだ。

 王都でも、体育の授業でしか体動かさなかったもんな……。この村に来てからも、ほぼ引きこもりみたいな状態だったし。


「そろそろ湯が湧くぞ。浴室を使え」

「はあい……今着替え持ってくる」


 私は重い足を引きずって二階の自室から着替えを持ってきて、一階の浴室に入る。


 雲雀館の風呂は、屋敷の裏手に据えられた外釜で湯を沸かし、壁を通した管で浴室の風呂釜へ流し込む造りになっている。先に浴槽へ井戸水をいくらか張っておいて、頃合いを見て熱い湯を注ぎ足し、ちょうどよい湯加減にするのだ。


 浴室の小窓は、すでに薄く曇っていた。裏手では、薪のはぜる音が控えめに響いている。

 ユースティスが外釜を見てくれているのだろう。


「アンジュ。今、ちょうど湯が沸いた。送るぞ」


 壁越しに、くぐもった低い声が届く。

 私は浴槽の縁に手を置き、少しだけ声を張った。


「ええ、お願い。……熱すぎないようにしてね」

「善処する」


 短い返事に、私は思わずふっと笑ってしまった。

 善処、だなんて。そこは「任せろ」でいいのに。妙に真面目なのが、いかにもユースティスらしい。


 しばらくして、壁を抜けた銅管がじんわりと熱を帯びはじめた。

 やがて湯口から、白い湯気を立てながら湯がとくとくと落ちてくる。先に張っておいた井戸水の表面が揺れ、浴室はたちまちやわらかな湯気に包まれた。


 私は木の柄杓でそっと湯をかき混ぜ、指先をひたした。


「……あつっ」

「熱かったか?」


 間髪入れずに返ってくる声に、私は目を丸くした。

 壁一枚隔てただけの距離だから当然なのだろうけれど、思った以上によく聞こえていたらしい。


「だ、大丈夫。ちょっとだけよ。少しお水を足せばちょうどよくなりそう」

「無理はするな。熱ければ、湯を止める。そちらの水で加減してくれ」

「平気よ。……ありがとう」


 そう答えると、壁の向こうで薪を動かす小さな音がした。

 きっとまだ、きちんと釜の様子を見ていてくれているのだろう。


 私は一枚ずつ服を脱ぎ、そっと湯の中に身を沈めた。

 肩まで浸かると、はぁ……と自然に息が漏れる。井戸水のひやりとした名残の向こうから、外釜で温められた湯のぬくもりがじわじわと肌に広がっていく。王都の屋敷の豪奢な湯殿とは比べものにならない、素朴なお風呂だ。けれど、薪の匂いをほんのり含んだ湯気も、静かな夜気も、この家にはよく似合っている。


「どうだ、湯加減は」


 また、壁越しの声。


「……すごくいいわ」

「そうか」


 それだけのやり取りなのに、なぜだか胸の奥がくすぐったい。

 自分のために誰かが湯を沸かしてくれて、熱すぎないかと気にかけてくれる。それは侯爵令嬢だった頃にもあったはずのことなのに、あの頃とはまるで違って感じられた。義務ではなく、ただ自然に差し出された気遣いだからかもしれない。


 湯船の縁に頬をのせたまま、私は小さく口を開いた。


「ねえ、ユースティス」

「なんだ」

「あなた、こういうことまで出来るのね。剣聖で、掃除も料理も庭仕事も完璧で、そのうえお風呂まで……。本当に、何でも出来るのね」


 すると、壁の向こうが少しだけ静かになった。

 返事が来るまで、ほんの一拍。


「……昔、旅暮らしが長かったからな。自分でやれないと困るだけだ」

「ふうん」

「それに」

「それに?」

「貴族の令嬢であるアンジュは、こういう家での暮らしには慣れていないだろう。なるべく不自由をさせたくない」


 その言葉に、私は思わず黙りこんだ。

 湯気のせいだけではない熱が、頬にじわりとのぼる。


「……そんなふうに言われると、困るわ」

「困る?」

「ええ。なんだか、私がずいぶん大切にされているみたいじゃない」


 自分で口にしてから、しまった、と思った。

 軽口のつもりだったのに、思いのほか本音に近かったのだ。

 けれど壁の向こうのユースティスは、笑うでもなく、茶化すでもなく、しばらくして静かに言った。


「みたい、じゃない。大切にしている」


 私は目を見開いた。

 湯の中なのに、肩先がひやりとするほど驚いた。


「……雇い主だから?」

「それもある」

「“も”ってなによ、“も”って」


 問い返すと、今度はほんの少しだけ、壁の向こうで息をこぼすような笑い声がした。


「長湯をすると、のぼせるぞ。続きはまた今度だ」

「なっ……ずるいわ、それ」

「そうかもしれん」


 からかわれたのか、本気で心配されたのか。

 判断のつかないまま、私は湯の中でひとり唇を尖らせた。


 そのとき、廊下の方からぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。


「パパー?アンジュー?ココ、ねむくなっちゃったぁ」


 救いを求めるような甘えた声に、私は思わず吹き出した。

 壁の向こうでも、ユースティスが小さく息をつく気配がする。


「今行く、ココ。アンジュ、湯から上がったら足元に気をつけろ」

「ええ。おやすみなさい、ココにもそう言って」

「ああ」


 足音が遠ざかっていく。

 浴室には再び静けさが戻り、湯気の向こうで魔法灯の明かりがぼんやり揺れていた。


 私は胸元まで湯に沈み、火照った頬を両手でおさえる。

 ――困る。

 こんな風に優しくされたら、この家が、この夜が、ここでの暮らしが、もっともっと好きになってしまうに決まっている。


 (続く)

※明日からGW期間は1日2話更新。明日から5/6まで、1日2話更新です。12時10分と20時10分の2回更新になります。GW終了後は1日1回に戻ります。よろしくお願いします※


もしお気に召しましたら、上からブックマークに追加、

続きが読みたいなと思ったら、評価↓の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えてポチ。

いいね、感想、レビューなどを頂けるととても励みになります!


ブックマーク、評価、感想等ありがとうございます~!元気出ます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ