8話 森
木漏れ日が揺れる、踏み固められた道を進む。
木々のざわめき、小鳥の声。
自然に包まれると、なんだか物語の中に入ったかのように現実感が薄れていく。
王都での暮らしは舗装された道と石造りの邸宅の往復だった。たまに王立錬金術学園の実習で王都の近くの森に行ったけれど、もっと人の手の入った浅い森だった。
この森は、深い。道を一歩出れば、手つかずの自然がどこまでも広がっている。
それは、油断したら飲み込まれてしまいそうなほどで……。
「ねーねーアンジュ、おはなさいてる。あれはちがうのー?」
隣を歩いていたココが道の脇を指差し、私を見上げてきた。
ココが指し示す方向には、可憐な白い花が。
のぞき込んでみると、錬金術に使う種類の花ではなかったけれど、とてもきれいだ。
「これは違うかな。探しているのはね、こう、親指くらいの大きさの葉で、先が10本くらいに別れた薄い緑のハーブで……安眠薄荷っていうのよ。それを雪蜜蜂の巣をいぶすのに使うのよ」
「あんみんはっか?」
「そう、安眠薄荷。虫さんを眠らせるのよ」
風が吹いた。
木々のざわめきが笑うように響く。
そして、風に乗ってかすかに爽やかな薄荷の匂いが……。
「ねえ、アンジュ!こっち!」
ココが不意に走り出した。そして、道を外れていってしまう。
「ココ!待って!危ないわ」
「ココ!」
私とユースティスはココの後を追った。
そして、すぐにココはみつかった。
大きな樫の木の下で、しゃがみ込んでいた。
「これ、いいにおいー!はっか?」
そこには安眠薄荷が群生していた――。
無数の安眠薄荷が、風に揺れて甘く爽やかな香りを放っていた。
「……すごいわ、ココ!どうしてわかったの?」
私は屈んで、ココの頭を撫でた。
「かぜがねえ、おしえてくれるんだよ」
「風……?」
私は、先程風に乗って運ばれてきた香気を思い出していた。
「ああ。匂いが風で運ばれてきてわかったのね……」
ユースティスは無言で周囲を見回し、警戒を怠らない。
「今のところ、周囲に危険はなさそうだ。その植物を摘むなら早くしたほうがいい。村からかなり離れた。熊や猪がでてもおかしくはない場所だからな」
「そうね。わかったわ。急ぐわ。ココ、手伝ってくれる?この植物を、根っこから引き抜いて集めてくれる?一緒にやりましょう」
「うんー!」
しばしの間採取を行った。
安眠薄荷は群生する植物。あっという間にカゴ1杯分あつまった。これは他の錬金術にも使うから多めに採取。
ついでに、茂みにあった薄荷ベリーも採取。
「これおいしいのよ、一個食べてみる?」
「うん!……あはっ、アンジュ、これあまいのにすーってするー!」
そう、薄荷ベリーの実はミントみたいにスーッとするのだ。ドライフルーツにしたものは、目覚ましや気付けにも使われている。
「ユースティス、あなたもいる?」
「ああ。貰おう……うん、美味い」
「これも少し貰って行きましょう。干してドライフルーツにしてもいいし、錬金術の材料になるわ」
30分ほどで採取は一段落。
「よし。先を急ごう。今日中に炭焼小屋にまでたどり着きたいからな」
ユースティスに急かされて、私とココはベリーのつまみ食いをやめて道に戻って歩き出した。
緩やかな上り坂を上がっていく。
額に汗が浮かぶ。
心配だったけど、ココは意外とぴんぴんしていて、疲れた様子も見せない。子供って体力無限よね……。
太陽が真上に登る頃、お昼休憩をとった。
ユースティスが用意してくれたお弁当は豪華だった。
簡易な竹のかごのお弁当箱に入っていたのは、コーンブレッドとホタテとエビのフリットだった。オーロラソースとパプリカパウダーがかかってる。そして添えられたスモークチーズと野菜のピクルス。
「これ用意してくれたの?朝早くから?すごいわ」
「なに、料理は俺の趣味みたいなものだ。気にしないでくれ。口に合うといいんだが」
私はホタテのフリットを口に運ぶ。
口いっぱいに広がる濃厚なホタテの香りと旨味。カリッと揚がった衣とオーロラソースが一体になって、幸せホルモンが脳内いっぱいに吹き出すのを感じる……。
「すごくいい……おいしい。王都でもこんな美味しいフリットはなかったわ」
「そうか。良かった。昨日の朝市でいいホタテが手に入ったからな。海から少し距離のあるスズの村では新鮮な海産物は貴重だ。アンジュが喜んでくれたなら、買った甲斐があるというものだ」
「ホタテおいしいねー!ココ、エビもすき!」
そう言ってパクパクフリットをつまむココ。
「ピクルスも食べるんだぞ」
「はあい!やさいもたべておおきくなります!」
微笑ましい親子のやり取りを見守りつつ食べるお弁当、最高すぎる。
そして、ユースティスが焼いたというコーンブレッドもすごかった。さっくりしていて、ボソボソしてないの。これまでコーンブレッドって苦手だったけど、ユースティスの作ったものなら私、好きみたい。
「好き嫌いが一つ減ったわ。コーンブレッド、しっとりしていて最高」
「褒めすぎだ。俺は普通に焼いただけだぞ。王都のシェフは何をしているんだ?」
本当に。私がこれまで食べてきたものはなんだったのかしら?
「あ」
「どうした?アンジュ」
「ううん、なんでもないの。ピクルス美味しいなーって。これもあなたの手作り?」
「ああ、野菜が特に安い日に買って漬けたんだ」
「へえ、すごくいい具合に漬かってる。酸味が強すぎなくて美味しいわ」
私はピクルスをつまみながら、ちょっとだけ物思いにふけっていた。
王都での食卓を思い出していたからだ。
実家、バーネット家の冷たい静かな食卓。
通学前に1人、広い食卓で食べる朝食。王立錬金術学園のカフェテリアで、一人で食べるランチ。味気なかった。バーネット家のシェフだって、腕が悪いわけじゃない。カフェテリアのランチだって、まずいわけじゃない。
昔から食べることは好きだった。
学園から帰宅の途中、送り迎えの馬車に寄ってもらってケーキ屋に寄るのは大好きだったし。そしてそれを持って帰って、自室で、一人で食べる。それも美味しかった。
錬金術で生成したお菓子やキャンディも一人で食べた。もちろん美味しい。
でも、今みたいな幸せは感じなかった。
ただ、美味しいな、と。それだけだった。
今は、ただ食べ物が美味しいだけじゃない。楽しいのだ。幸せなのだ。
ユースティスとココがいるから。
私は急に目頭が熱くなるのを感じた。
そして、ユースティスとココに気づかれないようそっと袖で素早く涙をぬぐい、もう一度コーンブレッドにかじりついた。
美味しい。幸せの味がする。
(続く)
もしお気に召しましたら、上からブックマークに追加、
続きが読みたいなと思ったら、評価↓の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えてポチ。
いいね、感想、レビューなどを頂けるととても励みになります!
ブックマーク、評価、感想等ありがとうございます~!元気出ます!




