7話 仕事
雲雀館に帰宅して直ぐ、私は地下の工房に駆け下りた。
そして本棚に並ぶ古い錬金術書の背表紙のタイトルをなぞり、一冊の本に目をつける。
『淑女の錬金術書』
これだ!
雲雀館についてしばらく、持ってきた本も読み尽くして、この工房にある錬金術書を読み漁っていたのだった。その時みかけた女性向けの錬金術書。
ページを捲っていくと、確かにあった。
『日焼け止め薬の作り方』
「これだあ!」
材料名が連なっている……ふむふむ。蒸留水、触媒、錬金植物油……そして、雪蜜蜂の蜜蝋……。
これは、ちょっと手に入れるの大変かも。
雪蜜蜂は、森の奥に巣を作る白い蜜蜂。その巣から取れる蜜や蜜蝋は王都ではとても高値で取引されている。錬金術に使うにも、料理に使うにも、高価な材料だ。
もし蜜蝋を買うとしたら、金貨五十枚はくだらないだろう。
そうしたら、村の人でも買えるような廉価な日焼け止めは作れない……。
自分で採取するとしても、問題がある。
雪蜜蜂自体は大人しい生き物なので、薬草を燃やした煙で燻せば大人しく蜜蝋を採取させてくれると聞くけど、雪蜜蜂の巣の周囲には巣の蜜を食べる蜜熊獣が生息している。それが、凶暴なのだ。採取が危険なので、雪蜜蜂関連のアイテムは価格が高いのだ。
どうしたものか……。
雪蜜蜂自体は、この辺りにも生息しているだろうけど……。
「ユースティスに、護衛を頼んでみるか……」
◇◇◇◇◇
「いいぞ。アンジュ。お前が俺の主人だ。お前を護衛するのは、俺の役目だ」
雲雀館の居間で、ソファに腰掛けたユースティスは大真面目な顔でそう答えた。
「……え?いいの?蜜熊獣って、すごく強いって聞くけど」
「問題ない。何度か倒したことがある。たいした相手ではない。任せてくれ」
「あ、あなたは家政夫として雇っているわけだから、無理しなくてもいいのよ?」
「お前が主だ。それは変わらない。いつだ」
「え?」
「いつ行く?」
「そうね……森の奥へ採集に行くから、晴れた日よね。前行った広場より奥へ行くことになると思うわ。巣がみつからなかったら、森で何日か探索することにもなると思うの。だからココの預け先も探さないと……」
私が申し訳なさそうに言うと、床の絨毯の上で1人カードゲームをしていたココが立ち上がった。
「ココもいく!パパとアンジュといっしょにいく!」
「そんな、危険だわ!」
「大丈夫だ。ココも生まれてすぐに勇者パーティーの冒険者だったんだ。旅の暮らしのほうが長いくらいだ。連れて行こう……それに、役に立つこともあるかもしれないからな」
ユースティスはそういってニヤッと笑った。
ココが役に立つ……?
「わーいわーい、ぼうけんだっ、ぼうけんだ~!」
ココはぴょんぴょん飛び跳ねて抱きついてきた。
私はココを抱き寄せ、髪を撫でる。
「大丈夫かしら……」
「いついくの?いついくのー?」
「明日から数日は晴れそうだ。今日準備して、明朝、出立しよう」
ユースティスはそう行って、立ち上がった。
急展開。
ものごとがスピーディーに進んでいく!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝早朝。
ユースティスが旅支度を整えてくれて、私達は雲雀館から出発した。
春の朝の空気はさわやかだ。
これから森の奥に行くんだ……都会での暮らしをしていた私には、新鮮な体験。この前森に入ったけど、そんな程度ではない。本当の山、森の奥に向かうのは初めてだ。
王都から来る時に履いていた頑丈なブーツを履き、服は[防御力+2]のついたテラコッタ色のワンピース。パンツの方が良かったかもしれないけど、防御力の付与がある服はこれだけだった。
今後採取が増えるなら、採取用の服を錬金しないとね……。
剣を携えたユースティスは、いつもより険しい顔。タートルネックの服の上に軽装鎧を付けた姿はなんとも凛々しい。滲み出るような強い戦士の気迫を感じる。様になってるっていうか。これが、剣聖ユースティス……。
ココも、長袖の麻のワンピースの下にタイツを履いて、足元は小さな黒い皮のブーツ。冒険者感ある!
「旅は最大でも3日を想定している。それでみつからなかったら一度村に戻って準備をし直そう。村のものの話では、森を南に行き、炭焼小屋を東に行った森の当たりで、昔たまに雪蜜蜂の巣がとれたそうだ。今は蜜熊獣を恐れて誰も採取には行かないらしいが……」
「蜜熊獣が出たら任せるわよ。道中で、巣を燻すハーブの採取もするからそれもよろしく。他にも錬金術に必要そうなものがあったら採取するかもしれない」
「わかった。アンジュは森が初めてなのだろう?気をつけていこう」
「迷惑かけるかもしれないけど、よろしく」
「問題ない。俺が守る」
ユースティスが大真面目にそんなこと言うもんだから、私は思わず顔を赤らめた。
そんなこと、男の人に言われたの、初めてなんですけど!?
(続く)
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