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【連載版・完結済】婚約破棄&追放された悪役令嬢、辺境村でまったり錬金術生活(元勇者家政夫&その娘の女児付き)  作者: シルク
二部 追放令嬢と雲雀館を巡る騒動と追放勇者家政夫

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48話 未来を夢見て

 翌朝。


 私は目を覚まして、しばらく天井を見つめていた。

 昨日の夜のことが、夢だったように思えた。


 ユースティスが、私に婚約を申し込んだ。

 私は、それを受けた。

 ココは私に飛びついて、「家族になる」と笑った。


 夢じゃない。

 夢じゃないのだ。


 私は両手で顔を覆った。


「……婚約」


 小さく呟いた瞬間、顔が熱くなる。


 どうしよう。

 嬉しい。

 ものすごく嬉しい。


 でも、階下へ降りて、いつも通りにユースティスと顔を合わせられるだろうか。


 そんなことを考えていると、扉の向こうから小さな足音が聞こえた。

 そして、控えめなノック。


「アンジュー、おきてる?」


 ココの声だ。


「起きてるわ」


 私が返事をすると、扉が少しだけ開いて、ココが顔を覗かせた。


「はいっていい?」

「もちろん」


 ココはぱたぱたと駆け寄ってきて、私のベッドに飛び乗った。


「アンジュ、きのうの、ほんとう?」

「昨日の?」

「こんやく!パパとアンジュ、こんやく!」


 朝からそんなに真っ直ぐ言われると、心臓に悪い。


「ええ。本当よ」

「じゃあ、アンジュ、ずっとここにいる?」

「いるわ」

「ココのママになる?」


 その問いに、私は息を呑んだ。

 ココは無邪気な顔で私を見ている。

 でも、簡単に答えていいことではない気がした。

 私はココの小さな手を取った。


「ええ、あなたのママになるわ。でもまだ新米ママよ」

「しんまい?」


 ココの顔が、少しだけ曇る。

 私は慌てて続けた。


「ココのことは大好きよ。ココが寂しい時は抱きしめたいし、困っている時は助けたいし、美味しいものを食べた時は一緒に笑いたい。これからもずっと、ココのそばにいたい。そうやって、少しずつ、本当のお母さんになっていきたいの」


 ココはぱちぱちと瞬きをした。


「じゃあ、アンジュはアンジュ?」

「そう。アンジュはアンジュ」

「でも、かぞく?だんだん、ママになっていくの?」

「そうよ。そうやって、一緒に家族になっていくの」


 そう答えると、ココはぱあっと笑った。


「じゃあいい!」


 そして私の胸に飛び込んでくる。


「アンジュ、かぞく!」

「ええ。家族よ」


 小さな体を抱きしめると、胸の奥が温かくなった。


 私は、まだ誰かの母親になれるほど立派な人間ではないかもしれない。

 でも、ココを大切にしたい気持ちは本物だ。

 それでいいのかもしれない。

 少しずつ、家族になっていけばいい。


 ココに手を引かれて階下へ降りると、ダイニングにはいつも通り朝食が並んでいた。


 焼いた黒パン。

 チーズ入りのオムレツ。

 霜甘かぶと白豆のスープ。

 薄く焼いたベーコン。

 それから、雪蜜蜂の蜂蜜をかけたヨーグルト。


 ユースティスは台所から顔を出した。


「おはよう、アンジュ」

「お、おはよう」


 声が裏返らなかっただけ、よくやったと思う。


 ユースティスも、いつも通りに見えて、どこか少しだけぎこちない。

 皿を置く手つきは普段通りなのに、私と目が合うと、ほんの少し視線を逸らす。


 それが可愛く思えてしまって、私は困った。


「パパ、てれてる?」

「照れていない」

「うそだー」

「ココ」


 ユースティスの低い声に、ココはきゃっきゃと笑った。


 食卓に座る。

 いつもの席。

 いつもの朝食。

 でも、昨日とは違う。


 私たちは婚約したのだ。


 そう思うと、スープの湯気も、パンの香りも、窓から差し込む冬の淡い光も、全部が少しだけ特別に見えた。


「今日は、村長とプリシラに報告しないとね」


 私が言うと、ユースティスは頷いた。


「ああ。雲雀館の契約の件もある。礼も言わなければならない」

「婚約のことも?」

「……隠すことではないだろう」

「そうね」


 言った後で、また顔が熱くなる。

 ココはパンをかじりながら、元気よく言った。


「きょうようちえんで、みんなにいうんだ!んむ、アンジュがかぞくになるって!」

「ココ、食べてから喋りなさい」

「はーい!」


 賑やかな朝だった。


 ◇◇◇◇◇


 けれど、私たちが知らせるまでもなかった。

 昼前には、なぜか村中が婚約のことを知っていた。


「アンジュ!聞いたわよ!」


 最初に雲雀館へ駆け込んできたのは、やっぱりダイナだった。


「婚約したんだって!?おめでとう!」


「ちょ、ちょっと待って。なんで知ってるの?」

「ココちゃんが幼稚園で言ってたわよ!」


 ああ。

 そうなるわよね。

 私は頭を抱えた。

 ダイナはそんな私にお構いなく、持ってきた籠を食卓に置いた。


「これ、うちの干し桃と、冬蜜林檎!婚約祝い!」

「ありがとう、ダイナ」

「いやあ、よかったねえ。あの王都の嫌な連中、ざまあみろって感じよ!アンジュにはスズ村で幸せになってもらわないと困るんだから!」

「困るの?」

「困るわよ。私、アンジュの桃香油がないと冬を越せないもの」

「そこなの?」

「もちろん、友達としても困るわよ!」


 ダイナは笑いながら私を抱きしめた。

 勢いがよすぎて、少しよろける。


「本当におめでとう。アンジュ」


 耳元でそう言われて、胸がじんとした。


 その後も、次々に人がやってきた。


 村長は、正式な祝いの言葉と一緒に、村の台帳に雲雀館の所有登録が完了したことを知らせてくれた。


「これで、どこから文句を言われようと、雲雀館はアンジュさんの家です」

「ありがとうございます」

「そして、婚約もおめでとうございます。ユースティス殿、アンジュさんをよろしく頼みますぞ」

「ああ。必ず俺が彼女を守る」


 ユースティスはまっすぐに頷いた。

 プリシラは上等な布と、小さな箱を持ってきた。


「婚約祝いに、あんたのドレス用の布を持ってきたよ。王都風じゃなく、スズ村らしい、軽くて動きやすいやつを仕立てな」

「そんな、高いものじゃ……」

「いいから受け取りな。うちの大事な錬金術師の祝いだよ」


 薬屋のおかみさんは、香草入りの蜂蜜酒を。

 幼稚園の先生は、ココが描いた「パパとアンジュとココのおうち」の絵を。

 行商人は、遠い町から仕入れた小さな青い石を持ってきた。


「婚約指輪に使えそうな石だよ。アンジュさんなら、自分で何か作れるだろう?」


 その青い石は、冬の朝の空のような色をしていた。

 私はそれを手のひらに乗せて、ユースティスを見る。


「……作ってもいい?」

「もちろんだ」

「婚約指輪を自作する婚約者って、どうかしら」

「お前らしい」


 ユースティスがそう言うから、私は笑ってしまった。


 ◇◇◇◇◇


 夕方、雲雀館の食卓は、いつになく賑やかだった。


 村の人たちからの差し入れが集まって、ちょっとした宴会のようになっている。

 とはいえ、招いたのはごく親しい人たちだけだ。

 村長、ダイナ、プリシラ、薬屋のおかみさん、幼稚園の先生。

 ココは大はしゃぎで、皆に「アンジュがかぞくになるの!」と何度も報告していた。


 ユースティスは台所で、黙々とごちそうを仕上げていく。


 魚介のセビーチェ。

 霜甘かぶと白豆のポタージュ。

 黒パンと焼きチーズ。

 桃枝で燻した豚肩肉の香草焼き。

 干し桃と雪蜜蜂の蜂蜜のタルト。


 テーブルに料理が並ぶたび、歓声が上がる。


「すごい、ごちそう!」

「ユースティスさん、本当に家政夫にしておくには惜しい腕だねえ」

「いや、家政夫だからこその腕だ」


 ユースティスが真顔で答えるので、皆が笑った。


 私も笑った。

 胸の奥から、自然に笑えた。


 王都の宴とは違う。

 きらびやかな食器も、楽団も、飾り立てたドレスもない。


 でも、ここには私を祝ってくれる人たちがいる。

 私の幸せを、本当に喜んでくれる人たちがいる。


 それが、こんなにも温かい。


「アンジュ」


 プリシラが蜂蜜酒の杯を掲げた。


「あんたがこの村に来た時、正直、王都のお嬢様がどれだけ持つかと思ってたよ」

「ひどい」

「でも、今は違う。あんたはもう、スズ村の錬金術師だ」


 プリシラの目は優しかった。


「幸せになりな」


 私は杯を握りしめた。


「……はい」


 声が震えた。


 隣に座っていたユースティスが、そっと私の手に触れる。

 指先だけ。

 でも、それだけで心が落ち着く。


「では、乾杯しましょう」


 村長が言った。


「雲雀館の主となったアンジュさんと、ユースティス殿の婚約を祝して」

「かんぱーい!」


 ココの声が一番大きかった。


 皆で杯を合わせる。

 蜂蜜酒は甘く、ほんの少し喉に熱かった。


 食事が始まると、居間は笑い声でいっぱいになった。

 ダイナは豚肩肉を絶賛し、薬屋のおかみさんはポタージュの作り方をユースティスに聞いている。

 プリシラは婚約用のドレスの色について勝手に盛り上がり、ココはタルトを二切れ食べようとしてユースティスに止められていた。


「ひとつだけだ」

「だっておいしい!」

「明日も食べられるように残しておけ」

「じゃあ、あしたもたべる!」


 そのやり取りに、皆が笑う。


 私は、その光景を見ていた。


 ここが私の家。

 私の選んだ場所。


 バーネット家の娘ではなくなった。

 王都の王妃候補でもない。

 誰かの研究室にレシピを奪われる錬金術師でもない。


 私は、スズ村の錬金術師アンジュ。

 雲雀館の主。

 そして、ユースティスの婚約者。


 そう思ったら、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 ◇◇◇◇◇


 夜更け。


 皆が帰り、ココも眠った後。

 私は工房にいた。


 行商人からもらった青い石を、小さな台座に置く。

 石の周りには、銀の細い輪。

 派手な宝石ではない。

 けれど、澄んだ青がとても綺麗だった。


 婚約指輪を自分で作るなんて、王都の貴族令嬢なら笑われるかもしれない。

 でも、私はこれがいい。


 自分の手で作ったものを、ユースティスに渡したかった。


 錬金棒を握り、そっと魔力を流す。


 銀の輪が淡く光る。

 青い石が、冬の星のようにきらめいた。


[絆+1]

[帰る場所+1]


 浮かび上がった魔法付与を見て、私は思わず笑ってしまった。


「なに、この付与……」


 でも、悪くない。

 とても、私たちらしい。


「アンジュ」


 入口から声がした。


 振り返ると、ユースティスが立っていた。


「まだ起きていたのか」

「少しだけ。これを仕上げたくて」


 私は完成した指輪を手に取った。


「婚約指輪。……私が作っちゃった」


 ユースティスは近づき、私の手元を覗き込む。

 青い石を見て、少しだけ目を細めた。


「綺麗だな」

「本当?」

「ああ。お前らしい」

「またそれ」

「褒めている」

「知ってる」


 私は笑った。


 それから、少し緊張しながら指輪を差し出す。


「ユースティス。私と婚約してくれて、ありがとう」

「それは俺の台詞だ」

「でも、私も言いたいの」


 ユースティスは指輪を受け取り、しばらく見つめていた。

 それから、私の手を取る。


「つけてもいいか」

「ええ」


 彼の大きな手が、私の左手をそっと支える。

 胸が高鳴った。

 指輪が、薬指に通された。


 ぴったりだった。


 青い石が、工房の灯りを受けて小さく光る。

 私はその指輪を見つめた。


 王都で用意されるはずだった豪華な婚約指輪とは違う。

 でも、私にはこれがいい。

 自分で選び、自分で作り、好きな人につけてもらった指輪。


 これ以上のものなんて、きっとない。


「アンジュ」


 ユースティスが静かに言った。


「俺は、不器用だ。言葉も多くない。過去にも、背負っているものがある。ココのこともある」

「知ってるわ」

「それでも、いいのか」

「それでも、じゃないわ」


 私は彼を見上げた。


「それが、あなたでしょう」


 ユースティスの瞳が揺れた。


「私だって、面倒な過去だらけよ。バーネット家も、王都も、悪役令嬢なんて噂も、全部ある」

「それが、お前だ」

「ええ」


 私は笑った。


「だから、お互い様ね」


 ユースティスが、ほんの少しだけ笑う。


 その笑顔が好きだと思った。

 台所で料理をしている時の真剣な顔も、ココを抱き上げる時の優しい目も、私を守る時の鋭い気配も、全部。


 私は、そっと彼に近づいた。


 ユースティスは少しだけ息を呑む。

 でも、逃げなかった。


「……抱きしめても、いい?」


 私が尋ねると、彼は目を見開いた。

 それから、静かに頷く。


「ああ」


 私は彼の胸に身を寄せた。

 ユースティスの腕が、そっと私を包む。


 温かい。

 安心する。

 怖くない。


 以前なら、こんなふうに気持ちを認めることが怖かった。

 関係が変わってしまうことが、何かを壊してしまうようで。


 でも、今は違う。


 変わることは、壊れることではない。

 続いていく形が、少し変わるだけ。


 私は彼の胸に額を預けた。


「ユースティス」

「なんだ」

「私、この家で幸せになるわ」

「ああ」

「あなたと、ココと」

「ああ」

「それから、私の錬金術で」


 ユースティスの腕に、少し力がこもった。


「俺もだ」


 短い言葉。

 でも、それで十分だった。


 工房の窓の外には、冬の星が瞬いている。

 雲雀館の暖炉は、今夜も静かに家を温めている。


 王都から追い出された私は、すべてを失ったと思っていた。


 けれど、違った。


 ここで、私は自分の錬金術を取り戻した。

 自分の家を手に入れた。

 そして、隣に立ってくれる人を選んだ。


 ここが、私の居場所。


 私が選んだ、私の未来だ。


 ――雲雀館の窓には、温かな灯りがともっている。


 その灯りは、冬の夜の中で、いつまでも優しく輝いていた。

 人生は続いていく。


 あたたかな人たちに囲まれて、人生はゆっくりと変化していくだろう。

 ユースティスとの関係も、ココとの関係も、家族としての形に変わっていくだろう。

 そこには希望がある。


 私はこの村に来た時、ちっぽけで、すべてを失った貴族の令嬢だった。

 今はアンジュ。

 そう、スズ村の錬金術師、アンジュ。

 未来への希望いっぱいの、一人の女性なのだ。

 

(第二部 完)

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。感想などもお待ちしております。

いつもありがとうございます。


これにて本編は完結となりますが、明日、ユースティスとアンジュの初キスの番外編が上がります。

それをもって連載中から完結済みにする予定です。

とてもお気に入りの作品なので、完結出来て嬉しいです。


ブクマ、リアクション、評価、応援して下さった方、ありがとうございました。

もしお気に召したなら、評価を入れて頂けると嬉しいです。

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