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【連載版・完結済】婚約破棄&追放された悪役令嬢、辺境村でまったり錬金術生活(元勇者家政夫&その娘の女児付き)  作者: シルク
二部 追放令嬢と雲雀館を巡る騒動と追放勇者家政夫

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45/51

43話 館の主は誰だ

 翌日。


 私は朝食の席で、ココに昨日のことをなるべく簡単に説明した。


「雲雀館をね、ちゃんと私たちの家にするために、お金を払って買い取ろうと思うの」


 ココはベーコン入りのオムレツを口いっぱいに頬張ったまま、ぱちぱちと瞬きをした。


「いまもアンジュのおうちじゃないの?」


「うーん……そうなんだけど。王都の人たちが、まだ口を出してくるのよ。だから、もう口出しできないように、ちゃんとするの」


「ふーん……」


 わかったような、わかっていないような顔。

 それからココは、にぱっと笑った。


「じゃあ、ココのおうちにもなる?」


 その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。


「……そうね。ココのおうちにもなるわ」


「パパのおうちにも?」


 私はユースティスを見た。

 彼は無言でスープ皿を置き、少しだけ困ったような顔をしていた。


「……ああ。そうなるといい」


 ココは嬉しそうに足を揺らした。


「じゃあ、がんばってかう!」

「ココは幼稚園に行くんだ」

「えー!」


 いつも通りの朝。

 けれど、いつもより少しだけ、未来の話をしている朝だった。


 食事を終えると、私は書類鞄を用意した。

 これまで受け取った依頼料の記録、プリシラの店への納品控え、薬屋の卸し表、村長からの光芯の礼金、行商人からの支払い記録。

 王都にいた頃なら、こういう小さな収支表を自分で管理することなんてなかった。


 でも今は違う。


 私が作ったもので、私が稼いだお金だ。

 そして、それで雲雀館を守る。


「まずは村長に相談しましょう。雲雀館の正式な評価額とか、土地台帳のことを聞きたいの」

「ああ。俺も行く」

「ユースティスも?」

「当然だ。俺にも関係がある」


 さらりと言われて、私はまた少しだけ照れた。

 昨日の「俺たちで守ろう」という言葉が、まだ胸の奥で温かく残っている。


 ココを幼稚園に送った後、私たちは村長宅へ向かった。


 冬の気配が濃くなったスズ村は、朝の空気がぴんと張っている。

 桃畑の木々は葉を落とし、黒い枝を空へ伸ばしていた。農家の人たちは厚手の上着を着て、剪定鋏を手に枝を整えている。

 夏の甘い桃の香りはもうない。

 でも、この静かな畑も、来年の実りのために生きている。


 村長宅に着くと、村長はすぐに応接間へ通してくれた。


「雲雀館を買い取りたい、とな」

「はい。私はバーネット家から除籍されることになると思います。その前に、雲雀館の権利関係をはっきりさせておきたいんです」


 私がそう言うと、村長は白い眉を下げた。


「アンジュお嬢様……」

「お嬢様、はもうやめてください。家から離れたら、ただのアンジュになりますから」

「何をおっしゃる。家名があろうとなかろうと、あなたはあなたですぞ」


 あまりにも自然にそう言われて、私は一瞬言葉を失った。


 王都では、私はバーネット家の娘だった。

 王妃候補だった。

 クリストファーの婚約者だった。

 悪役令嬢だった。


 でも、この村では。

 私は私。

 ただのアンジュでもいいのだろうか。


「……ありがとうございます」


 私が頭を下げると、村長はゆっくり頷いた。


「雲雀館の件ですがな。あの館は、元々バーネット家の地方別邸として登録されております。所有権は今もバーネット家にありますが、長く使われていなかったため、村長である私がバーネット家から管理を任されておりました」

「村長が、管理を……」

「はい。とはいえ、最低限の風通しや雨漏りの確認をする程度でした。人が住まねば、屋敷は傷みますからな。アンジュさんがこちらに来てからは、実際の日々の手入れや修繕は、アンジュさんとユースティス殿が担っている状態です」

「では、まだ所有権はバーネット家に?」

「書類上はそうなります。ただし、あちらが売却に応じるのであれば、村としてはアンジュさんの所有登録に切り替えられます。私も、管理を任されている者として、雲雀館の現状と評価額を証明しましょう」


 私は息をついた。

 やはり、完全に私のものではなかった。


「評価額はどのくらいになるでしょうか」


 村長はしばらく考え込んだ後、机の引き出しから古い台帳を取り出した。


「雲雀館は広さだけはありますが、王都の屋敷とは違います。辺境の古い館で、修繕費もかかる。買い手もまずつかない。土地つきで……そうですな。金貨八枚から十枚ほどが妥当かと」


 金貨八枚から十枚。


 大金だ。

 でも、届かない額ではない。


 私は鞄から収支の記録を取り出した。


「私の手元に、今すぐ動かせるお金が金貨六枚分ほどあります。銀貨も合わせれば、もう少し」


 村長は目を丸くした。


「それほど稼いでおられたのですか」

「少しずつです。薬や化粧品、光芯、日用品……。村の皆さんが買ってくださったおかげです」


 言いながら、胸が熱くなった。

 私一人の力ではない。

 この村で、私の作ったものを必要としてくれた人たちがいたから、ここまで来られた。


「足りない分は、俺が出します」


 隣に座っていたユースティスが静かに言った。


「ユースティス」

「昨日も言っただろう。俺とココも、この家に救われた。雲雀館を守るなら、俺にも負担させてくれ」

「でも、それはココのために残しておいたお金でしょう?」

「だからだ」


 彼は迷いなく言った。


「ココが安心して眠れる場所を守るためなら、これ以上の使い道はない」


 村長は、私たちを見比べて、少しだけ目を細めた。


「……なるほど。雲雀館は、もうアンジュさんお一人の家ではないのですな」


 私は何も言えなかった。

 否定できなかったからだ。


 雲雀館は、私だけの逃げ場所ではなくなっていた。

 ユースティスがいて。

 ココがいて。

 朝食の匂いがして。

 暖炉が燃えて。

 工房に錬金釜の光が灯る。


 そこは、もう私たちの家だった。


「わかりました。村としても協力しましょう。まずは、バーネット家側へ正式な買い取り希望の書状を出します。村長である私が、雲雀館の評価額と現状を証明しましょう」

「ありがとうございます、村長」

「それと、プリシラにも相談なさるとよい。あの人は商売の契約書に強い。王都の代理人が妙な条件をつけてきた時、役に立つでしょう」


 プリシラ。

 確かに、彼女なら頼りになる。


「行ってみます」

「アンジュさん」


 立ち上がろうとした私に、村長が声をかけた。


「あなたがこの村に来てから、スズ村は少し変わりました。井戸水も、薬も、灯りも、若い娘たちの化粧品も。小さなことかもしれませんが、暮らしは確かに良くなった」

「……」

「ですから、今度は村があなたの暮らしを守る番です」


 その言葉に、私は目の奥が熱くなった。


「……はい」


 声が震えた。

 でも、泣かなかった。


 泣くのは、全部終わってからにしよう。


 ◇◇◇◇◇


 村長宅を出て、私たちはプリシラの店へ向かった。


 店先には、私が作った保湿軟膏や桃香油、安眠薄荷の香袋が並んでいる。

 冬が近いせいか、湯冷め防止の軟膏や温石袋がよく売れているようだった。


 プリシラは私たちの顔を見るなり、眉を吊り上げた。


「来たね。王都の連中のことでしょう」

「まだ何も言ってないんだけど」

「顔に書いてあるよ。アンジュ、あんたは隠し事が下手だね」


 そう言われて、私は少しだけ笑ってしまった。


 奥の小部屋に通され、事情を説明する。

 実家から押し付けられた縁談のこと。

 バーネット家からの除籍希望のこと。

 雲雀館を買い取りたいこと。


 プリシラは最後まで黙って聞いていた。

 そして、机を指でとんと叩いた。


「なるほどね。なら、急いだ方がいい」

「急いだ方が?」

「バーネット家が本気であんたを縛りたいなら、雲雀館の売却に妙な条件をつけてくる可能性がある。例えば、買い取りを認める代わりに王都へ一度出頭しろ、とか。あるいは、縁談相手との面会を条件にする、とかね」

「……ありそう」


 嫌すぎるほど、ありそうだった。


「だから、先にこっちで書面を作る。雲雀館の現状評価、修繕実績、管理費、村への貢献、それから買い取り希望額。全部まとめて、村長の証明つきで送るんだ。向こうに主導権を渡す前にね」

「プリシラ、すごい……」

「商売ってのは、相手に値札を貼られる前に、自分で値段を決めるものさ」


 プリシラはにやりと笑った。


「それに、あんたの作った品の売上記録なら、うちにもある。必要なら証明してあげるよ。アンジュの錬金術は、ちゃんとこの村で商売になってる。家の道具じゃなく、独立した錬金術師の仕事としてね」


 独立した錬金術師。


 その言葉が、胸にすとんと落ちた。


 私はもう、王都で誰かに認めてもらうのを待っているだけの令嬢じゃない。

 この村で、仕事をしている。

 お金を稼いでいる。

 必要とされている。


「ありがとう、プリシラ」

「礼は買い取りが済んでからにしな。で、問題はあの縁談相手だね。ギボンズ家の次男だっけ?」

「モーティー・ギボンズ。王立錬金術学園の同級生だったの」

「嫌な男?」

「すごく」

「なら、用心しな。そういう男は、女の持ち物を自分のものみたいに扱う」


 私は昨夕のモーティーの言葉を思い出した。


『あなたのレシピも、僕の研究室で管理すれば、もっと価値あるものになりますよ』


 背筋が冷える。


「工房の調合ノート、しまってある?」

「ええ。鍵付きの箱に」

「鍵を増やしな。あと、書類は私のところでも控えを取っておく。王都の貴族様は、都合の悪い紙を消すのが上手いからね」

「……本当に頼もしいわ」

「当たり前だよ。うちの商品を作ってくれる大事な錬金術師を、王都のボンボンに持っていかれてたまるかっての」


 プリシラは冗談めかして言った。

 でも、その目は真剣だった。


 私はまた泣きそうになった。

 今日は泣きそうになることばかりだ。


 店を出る頃には、買い取りに必要な書類の手順がかなり見えていた。

 村長が評価証明を書く。

 プリシラが売上証明と契約書の確認をする。

 私が買い取り申請書を書く。

 ユースティスは資金の一部を出し、王都側の使者が来た時の立会人になる。


 思っていたより、私は一人ではなかった。


 雲雀館への帰り道、ユースティスが静かに言った。


「少し顔色が戻った」

「そう?」

「ああ」

「村長とプリシラが頼もしいからね」

「お前もだ」

「私?」

「昨日、あの男が来た時は震えていた。だが今日は、自分で動いている」


 ユースティスの言葉に、私は足を止めそうになった。


「……怖いのは変わらないわよ」

「怖くても動けるなら、それはお前が強いということだ」


 彼は当たり前のように言った。


「俺は剣を振るうことしかできない。だが、お前は錬金術で自分の場所を作っている」

「そんな大げさなことじゃないわ」

「大げさじゃない」


 ユースティスは私を見た。


「雲雀館を買い取ると決めたお前は、昨日よりずっと強い顔をしている」


 胸が熱くなった。

 どうしてこの人は、こんなふうに私を見てくれるんだろう。


 王都では、私はいつも足りないものとして見られていた。

 もっと淑やかに。

 もっと王妃らしく。

 もっと家の役に立つように。


 でもユースティスは、私が震えながら決めたことを、強いと言ってくれる。


「……ユースティス」

「なんだ」

「私、この家を守るわ」

「ああ」

「王都にも、実家にも、モーティーにも渡さない」

「ああ」

「私の錬金術も、私の人生も」


 そう言うと、ユースティスはほんの少しだけ目を細めた。


「そのためなら、俺の剣も使え」


 風が冷たく吹いた。

 でも、不思議と寒くはなかった。


 雲雀館の煙突から、薄く煙が上がっている。

 あそこには帰る場所がある。

 守りたいものがある。


 だから、私はもう逃げない。


 その夜、私は村長宛の確認書と、バーネット家へ送る買い取り希望の書状を書いた。

 書き終えた頃、窓の外では冬の月が白く光っていた。


 ――雲雀館を、正式に買い取ります。


 最後にそう書いて、私はペンを置いた。

 その時、玄関の方で馬車の音がした。

 こんな時間に?

 嫌な予感に、胸がざわつく。

 ユースティスがすぐに立ち上がり、私の前に出た。


「俺が見る」


 やがて、玄関の扉が叩かれる音がした。

 低く、遠慮のない音。

 私は息を呑んだ。

 扉の向こうから、聞き覚えのある声がする。


「アンジュ嬢。ギボンズです。正式な書類を持って参りました」


 私は、握っていたペンを強く握りしめた。


 早すぎる。

 向こうも、動き出したのだ。


(続く)

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。感想などもお待ちしております。

いつもありがとうございます。

第二部は完結まで予約投稿済みです。朝・昼・夜に更新します。

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