40話 告白の余波
日常が戻ってきた。
冬がやってくる。スズ村に吹く風は冷たさを増し、乾燥した空気が肌を刺激する。
村では冬野菜の栽培がはじまり、家々の軒先には乾燥桃が吊り下がる。
スズ村に来て初めての冬。
とはいえ、大陸の南部の半島にあるサンドル王国の冬はそう厳しくない。雪もめったに降らない。ただ寒くなるだけだけど……。
冬の空気に混じり、ほんの少しのぎこちなさが私とユースティスの間に……。
雲雀館での洗濯物は全てユースティスに頼んでるんだけど、下着を預けるのが恥ずかしくなってしまった。だからといって急に自分で洗うのも違うと思うし、綺麗に洗濯されてたたまれた下着がタンスに戻っているのを見る度、すごく赤面してしまう。
つまり、これまで以上に、彼を男性として意識してしまうようになってしまったわけだ。
何事もないように過ごしているけれど、やっぱりユースティスを意識してしまう。
彼も普通にしてくれているけれど、どこかぎこちない。
ココも私たちの緊張感を察しているのか、たまに「パパ、アンジュ、どうしたのー?」なんて言ってくるし。
「パパ、アンジュ、へんなの」
ココが不思議そうに私たちを見比べた。
「変じゃないぞ」
「変じゃないわよ」
ほとんど同時に答えてしまい、私はさらに顔が熱くなった。
ユースティスも少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
ココはますます不思議そうに首をかしげた。
「ふーん?」
その声があまりにも無邪気で、私は思わず笑ってしまった。
ユースティスも、ほんの少しだけ口元を緩める。
ユースティスが毎日用意してくれる食事は、やっぱり美味しかった。
今日の朝食はスモークチキンと紫オニオンとレタスを挟んだサンドイッチ。添えてあるのはチーズ入りマッシュドポテトとほうれん草のバターソテー。
「おいしい……」
思わず呟くと、ユースティスが少しだけ安心したような顔をした。
「よかった」
その表情に、また胸がきゅっとなる。
先日、彼は言った。
私を一人の男として守りたい、と。
そして私は、すぐに答えられなかった。
特別に思っていると言った。
でも、それ以上はまだ怖いと言った。
それなのに、彼は今日も変わらず朝食を作ってくれている。
ココは私に笑いかけてくれる。
雲雀館の暖炉は温かく燃えている。
この日常が、壊れなかったことに、私はひどく安心していた。
「今日は、熱巡りの導管をもう一度見ておこうと思う」
食後のお茶を飲みながら、ユースティスが言った。
「導管?」
「ああ。昨夜から冷え込みが強くなってきた。居間の暖炉だけでは、二階の部屋までは十分に暖まらない。古い導管に煤が溜まっているかもしれないから、掃除しておく」
「私も見たいわ。蓄熱石の魔力付与が弱っているなら、かけ直せるかもしれないし」
「助かる」
そう言われて、私は少しだけ嬉しくなった。
役に立てる。
この家の冬支度を、私も一緒にできる。
王都にいた頃、冬支度なんて自分でするものではなかった。
暖炉の火も、厚いカーテンも、温かな寝具も、誰かが用意するものだった。
でも今は違う。
この家を暖かくするために、自分の手でできることがある。
「アンジュもおてつだいするの?」
「ええ。雲雀館が寒くならないようにね」
「じゃあココもする!」
「ココは幼稚園だ」
「えー!」
ココが頬を膨らませる。
そのやり取りが可愛くて、私は笑った。
食後、ユースティスと一緒に居間の暖炉の奥を確認した。
暖炉の背面には、古い蓄熱石がいくつも埋め込まれている。火の熱を吸い上げ、壁の中を通る導管へと温もりを流す仕組みだ。
「少し魔力が弱っているわね」
私は蓄熱石に手を当てた。
石の奥に残る魔力は、細く、頼りない。
「付与し直せるか?」
「ええ。多分、大丈夫。少し時間はかかるけど」
私は工房から錬金棒と蛍光石の粉、それから調温札を持ってきた。
暖炉の火を少し弱めてもらい、蓄熱石に魔力を流し込む。
じんわりと、石の色が淡い橙色に変わっていく。
[保温+3]
[熱巡り安定+2]
小さな魔法付与が浮かび上がった。
「よし。これで少しは二階も暖かくなるはずよ」
「さすがだな」
ユースティスが静かに言った。
褒められただけなのに、また胸が跳ねる。
昨日までも、彼は私の錬金術を褒めてくれていた。
でも今は、その一言の重みが少し違って聞こえる。
そして、作業している時、ユースティスの視線が……横目でもわかる。彼は、私を見つめている。
「……そんなに見ないで」
「見ていたか?」
「見てたわよ」
「すまない」
謝られて、私は困ってしまう。
見られるのが嫌なわけじゃない。
むしろ、見ていてほしいと思ってしまう自分が困るのだ。
「謝らなくていいけど……その、少し、照れるから」
「そうか」
ユースティスは真面目な顔で頷いた。
真面目に受け止められると、それはそれで余計に恥ずかしい。
私は咳払いをして、作業道具を片づけた。
その時、玄関の方で小さな音がした。
郵便受けに何かが入った音だ。
「手紙か?」
何か嫌な予感。
私は郵便受けまで取りに行った。
実家からだった。
急激に気が重くなる。
居間に戻り、ソファで封筒を開ける。
お父様からだった。
そこに書かれていたのは……ちょっと、衝撃的な話だった。
私の王都追放が、王国と錬金術組合により正式に取り消された。ついては、王都に戻ってくるように、縁談がある、これはバーネット家当主からの正式な命令である、という内容だった。
何度も震える手で便箋をめくり、読み返した。
息が苦しい。
「何、馬鹿なことを……」
縁談の相手は侯爵家ギボンズ家の次男、錬金術師のモーティー・ギボンズと書かれていた。
知っている。
王立錬金術学園でクリストファーの取り巻きをやっていた貴族のボンボンだ。いつも私を馬鹿にしていた学友の一人。
錬金術師としての才能はパッとしないけれど、クリストファーにうまく取り入り、学園でも、社交界でも地位を築いていた。
今は王都錬金術組合の役員らしい。
私に対して、近日中に荷物をまとめて王都に帰るように指示があった。
近々王都から迎えを寄越す、とも書いてあった。
もうこれは、決定事項のようだった。
「余裕でお断りなんですけど……。この話、私の意思がどこにあるの?」
私は呟いて、手紙を錬金装置付きの暖炉に放り込んだ。
手紙はみるみると燃えていき、私はその様子をじっと眺めていた。
「アンジュ。大丈夫か?」
ユースティスが居間に顔を覗かせる。
「ええ、大丈夫。実家に戻るようにって内容だったけど、断りの手紙を書くわ……いつまで付きまとうんだろう。バーネット家の娘っていう立場が……」
なんとなく、ユースティスには縁談の話はしなかった。
心配かけたくなかったし、同情もされたくなかった。
なにより、他の婚約者を無理やり作られそうになっているなんて、言いたくなかった。
だって、私の気持ちは……完全に、ユースティスに向いているもの。
こうなったら、正式に、バーネット家から除籍するしかない。
私の決意が固まってきた。
私は縁談も王都への帰還も断る、と、バーネット家からの除籍を希望する旨の手紙を書いて実家に送った。
受け入れて貰えればいいんだけど……。
その淡い期待は、数日後に打ち砕かれることとなる。
(続く)
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第二部は完結まで予約投稿済みです。朝・昼・夜に更新します。




