39話 元勇者の想い、そして告白
ユースティスは静かに一歩歩み出た。
そして、落ち着いた声色で話し始めた。
彼の声はいつも落ち着いていて、誠実で温かみがある。今日も、その声で話し始めた。
「俺は家政夫で、護衛もしている。雲雀館の家事は全て俺が一人でこなしている。彼女からは正当な給金をもらい、娘のココと、この館の使用人室で暮らしている。俺は確かに流れ者だったが、彼女に娘ごと救われた。ココは今、この館から幼稚園に通い、今俺達はスズ村に定住している。全てアンジュのおかげだ。俺とココはアンジュに救われた」
ユースティスは、淡々と語った。
普段無口な彼だけれど、意外にも今日は饒舌だった。
「そちらが穿つような醜聞は一切ないとこのムルシアの聖剣に誓おう」
そう言い、彼は腰に帯びた長剣をそっと触れた。
「ムルシアの聖剣……?」
「そうだ。俺は先代ムルシア勇者、ユースティス。今はアンジュの家政夫兼護衛だ」
「勇者ユースティス……!?」
調査官の一人がソファから立ち上がり素っ頓狂な声を上げた。
「あの、勇者ユースティスか!?ムルシアで数多くの武勲をあげた……!今は代替わりしたと聞くが……」
「ユースティス……ムルシアの元勇者か。ムルシアの国家予言師の御神託で選ばれる勇者とは……」
ヴィンセントは呻いた。
「なぜそのようなお方が、このような隣国の辺境で、家政夫を……?」
「なりゆきだ。最初は娘のココの不調が治るまで、スズ村に逗留する予定だったが。その後は、全てはアンジュの人柄だ。俺は、今は俺の剣をアンジュに捧げている。この剣に誓おう。俺とアンジュの関係は、決してあやしいものではない。俺は家政夫、護衛、そしてアンジュを慕うスズ村の一員だ」
彼の言葉に淀みは無かった。
ヴィンセントはそれを聞いて、テーブルに視線を移し、黙り込んだ。
張り詰めた空気が雲雀館の居間に満ちた。
長い沈黙の後、ヴィンセントは口を開いた。
「なるほど。それでは、監査の結果は、アンジュ嬢の素行に問題はなし、という結論で終了となりますな――」
私は止まっていた息を吐き出した。
やった。
「私はこの村に残っていいのですね?」
「そういうことになります。一旦の回答ですがね――。アンジュ嬢。あなたの村での評判は、錬金術師としても、人柄としても、とても名高い。今監査を乗り切っても、王都はあなたを取り戻そうとするでしょう。また、何度でも」
「そうですか。では、何度でも言います。ここが私の居場所です。私はそう、繰り返します」
ヴィンセントはため息を付き、首を振った。
「アンジュ嬢の意思は硬いようだ。それでは、我々は失礼しますよ。ご協力、ありがとうございました――。この結果、王都に持ち帰って報告して参ります」
こうして。
監査団は雲雀館を去っていった。
私は玄関の扉を閉め、大きなため息をついた。
「口出しをして済まなかった」
後ろからユースティスの声がした。
私は振り返ることが出来なかった。
「またあなたに助けられたわね」
「当然だ。お前を守るのが俺の使命だ――。それに、剣に誓い、真実のみを語った。だが、まだ一つ、言えていないことがある」
「え?」
「俺が今ここにいるのは――。仕事のためとか、忠誠のためだけではない。俺はお前を……」
ユースティスの声は掠れていて、言葉は言い淀んでいた。
「お前を……一人の男として、守りたいと思っている。それは、想いとして、持っていても構わないか」
ああ。言ってしまったのね。
ずっと聞きたかったような、聞いてしまうのが怖かったような言葉。
胸の奥が熱くなって、同時に、足元が崩れるように怖くなった。
「ええ。構わない。私もあなたを……ごめんなさい。今すぐ、言えないの。でも、あなたのことを特別に思っている。ココのことも。でも、今それを認めちゃうとさ……」
私の弱い部分が出ちゃうじゃない。
隠してきた想い、整理できなかった気持ち、そういうものが溢れ出た。
私は振り返り、無理に笑った。
「今の生活が、壊れちゃいそうで嫌なの。自分の気持ちを認めて、何かが変わるのが怖いの。だから、今は、あなたを特別に思ってる。それでいい?」
ユースティスは、頷いた。
とても気まずそうに、神妙な顔をしていた。
「すまない。急がせるつもりはなかった。だが、言ったことは取り消さない」
「うん。ありがとう。嬉しいの。嬉しいんだけど……今、あなたの腕の中に飛び込んだら、アイツらの邪推通りになっちゃうし。状況が変わるのを待って欲しい……でも、私の想いは……」
「アンジュ、わかった。もういいんだ。お前の気持ちが変わらないことを祈る。俺は待つ。それまで、今まで通り三人で暮らそう。平和に、この村で」
ユースティスはそう言い、台所の方に去っていった。
私は玄関ホールに立ち、一人泣いた。
そして、自室に戻り、ベッドの中で丸まって眠った。
私は疲れていたんだろう。
一晩、眠り続けた。
◇◇◇◇◇
翌朝、いい香りが二階まで漂ってきて目が醒めた。
階下に降りてダイニングに向かうと、朝ごはんの準備が進んでいた。
私に気づくと、すぐココが飛びついてきた。
「アンジュー!だいじょうぶー?」
「ココ、おはよう。大丈夫よ。疲れて寝てしまったみたいだけど……もう元気よ」
「おはよう、アンジュ」
ユースティスが台所から顔をのぞかせた。
いつも通りの笑顔で。
「今日はベーコンレタスサンドイッチとチリビーンズを乗せたジャケット・ポテトだ。朝から、食べられるか?」
「もちろんよ!美味しそうね!」
私は笑った。
そう、いつも通り。いつも通りでいい。
この平和な日常が戻ってきたことを、今は喜べばいいんだから。
とはいえ。
お互いの気持ちを打ち明けあってしまった以上、これまで通りとはいかなくなることもある――。
つまり、意識し合う男女のそれが、はじまってしまったのだ。
(続く)
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。感想などもお待ちしております。
いつもありがとうございます。
第二部は完結まで予約投稿済みです。朝・昼・夜に更新します。




