38話 王都からの監査団
母親からの手紙は、気が滅入るものだった。
王都から追放されたバーネット家息女の生活状況を監査する視察団が、スズ村へと送られる、と書かれている。
くれぐれも家名を汚すな、目立たぬ生活をするように、と母からの呪詛めいた言葉で締め括られている。
そして、監査次第では、追放を長引かせるか、王都への強制帰還になる可能性がある、とも書かれていた。
「嘘……めんどくさ。もう関わりたくないのに……」
監査。
以前、クリストファーを追い返した報復だろうか?
しかも、強制帰還の可能性もあるの?
今更王都に帰還して、どうするっていうの?
王都に私の居場所なんてないのに。
「アンジュ?どうした……大丈夫か」
ユースティスが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫……かな。大丈夫だといいんだけど……王都から監査がくるって。追放された私の生活を監査するそうよ」
「監査だと?一体何の目的で……」
「さあ。この前追い返したクリストファーのいやがらせじゃない?何か、仕掛けてくるかもしれないとは思っていたけど……」
「心配するな。何もアンジュに落ち度はない。堂々としていれば良い」
ユースティスは優しく言ってくれた。
そうだよね。
堂々としていれば良い!
私は何も恥じることはしていないんだから。
◇◇◇◇◇
一週間後。
秋の冷たくよそよそしい風が、王都から視察団を運んできた。
黒い馬車にはサンドル王国の紋章旗が掲げられている。
馬車から降りてきたのは、三名の男性。幸いクリストファーはいない。
先頭に立った細身で高身長の中年の男性が、雲雀館の前に立つ私をじろりと意地悪な視線で見た。細い鋭い眼光。
「お初にお目にかかります。アンジュ・バーネット嬢。私はヴィンセント・ジャダム。サンドル王国、王都錬金術組合の監査官をやらせて頂いております」
「はじめまして。ヴィンセント・ジャダム。遠路はるばるようこそ」
私は精一杯威厳を持って言葉を返した。
ヴィンセントは周囲を見回し、鼻をフンと鳴らした。
「のどかな農村ですな……。王都とは違い、なんとも牧歌的だ。都会育ちのアンジュ嬢にはつらいお暮らしでしょう」
「いいえ。とても平和で住みやすい村ですよ。さて……監査とは、具体的になにをお調べになるのでしょう」
「あなたはサンドル王国貴族の出自で、王立錬金術学園の錬金術師。卒業はしていないので王都錬金術組合に正式に属してはいませんが、準錬金術師として、組合に登録がある状態です」
「……それで?」
「アンジュ嬢。あなたは、サンドル王国の錬金術師として、組合、ひいては王国の命令に従う立場にあるという自覚はございますかな」
呆れた。今更何を言い出すの?追放しておいて……。と言いかけたのを私はぐっと飲み込んだ。
「先日、クリストファー殿下が追放されたアンジュ嬢を迎えに来たというのに、あなたは拒否したそうですね。これは由々しき事態ですよ。あなたには、国家反逆罪の嫌疑がかかっています」
「反逆罪……?」
はあ。
クリストファーはそういう手でくるわけね。
逆らったものは許さない、というわけだ。これは明らかに報復だ。
「私たちはあなたのスズ村での暮らしを調査させて頂く。何か問題があったら、即王都に帰還して頂きます。そして、王都錬金術組合の監視のもと、サンドル王国に奉仕することを要求します」
「……なるほど」
私は低く言った。
「もし、問題が無かったら?」
ヴィンセントは小さく笑った。
「このまま気の済むまでスズ村で暮らしてもらって結構。それがアンジュ嬢のご意思なのでしょう?」
「では、ご自由に調査して下さい。いいですよ。どうぞ。私は何も恥じる生活はしていませんから」
ヴィンセントの後ろに控えた若い男性二名が頷き、馬車に戻る。
「では、また後日。我々は宿に逗留して、数日かけてスズ村での調査をしますゆえ。結果をお待ちください」
そう言って、ヴィンセントも馬車に戻った。
馬車は宿の方に向かって走り出す。
調査されるのか……。どうなることやら。でも、私は、何かを恥じる暮らしをしていない。不安はないけれど……懸念は、これがそもそも公平な監査なのか、という点だ。何か難癖をつける気なんだろう。国家反逆罪ねえ……。
「アンジュ。冷えるだろう。館に戻ろう」
後ろで控えていたユースティスがそっと私の肩を叩いた。
「なんでこうなるかな……」
私は震える声で言った。
「王都に、戻りたくない……」
「大丈夫だ。スズ村の人たちを信じよう」
ユースティスはそう言い、私の肩を抱いて館に戻るよう促した。
肩に触れた彼の大きな手が暖かい。
私は守られている気持ちがして、少しだけ安心した。
館に戻ると、ココが居間でお絵かきをしている。
「アンジュ、おきゃくさまはかえったの?」
「ええ。帰ったわ……」
私はそう言ってココを抱きしめた。
「アンジュ……?」
「大丈夫、大丈夫……」
ココの温もりを胸に、私は自分に言い聞かせた。
これまでの生活が、私を守ってくれるはず。
◇◇◇◇◇
そして。
王都から来たヴィンセントという高圧的な男と、若い調査官が村でアンジュ・バーネットの生活ぶりについて聞き込みをしているという噂がすぐ広まった。
まず私の所に駆け込んできたのはダイナと村長。
「あんたのことを根掘り葉掘り尋ねられたよ!だから私は言ってやった!プリシラの店でいい化粧品を売ってる事、いい薬を作ってくれてること、村の染物、村の井戸の浄化をしてくれたこと、気さくないい女だってこと、全部話して褒めておいたよ!なんなのあいつら!人を田舎者だって態度で見下しちゃってさ!」
ダイナは興奮気味にまくし立てた。
村長も続ける。
「アンジュ嬢が、村のために尽力してくれたことはしっかり話しております。村の暮らしは向上し、今では村に欠かせない人材であることを話しました。あいつら、非常に悔しそうにしておりましたよ。村人でアンジュ嬢のことを悪く言うものはいないでしょう。安心して下さい」
村長は優しくそう言ってくれた。
私は嬉しくて泣きそうだった。
ユースティスとココを迎えに行く途中、沢山のスズ村の人が話しかけてきた。
「大丈夫だよ!いいことしか言ってないから!」
「アンジュ。あんたも大変だねえ」
「王都から来た居丈高な連中にあんたを売るもんかい!」
どれだけそういった言葉たちに励まされたか。
私はその都度お礼を言い、涙を堪えるのに必死だった。
一人孤立していた王都での暮らしとは、違う。
ここは確かに私の居場所なのだ。
幼稚園のある公民館の前で、ユースティスと並んでココを待っていた。
若い調査官が通りかかり、なんとも気まずそうに顔を見合わせて去っていった。
彼らが望むような「アンジュの醜聞」がまだ見つかっていないのだろう。
◇◇◇◇◇
数日後。
ヴィンセントが再び雲雀館を訪れた。
私は彼と若い調査官二名を招き入れ、居間のソファで向かい合った。
ユースティスがお茶を入れてくれて、運んできた。
私が錬金した<薔薇ベリーの紅茶>。
ヴィンセントはカップを手に取り、すぐその質の良さに気付いたようだった。
「聞いた通り、さすがの腕前ですな。アンジュ嬢」
「お褒めくださり光栄ですわ」
「……村の人々はアンジュ嬢を一様に褒めておりました。様々な貢献を口にして、村の暮らしを発展させた、と」
「はい」
「今回の監査の結果は、『問題なし』と言わざるを得ない。ただ一点をのぞいて」
「一点……なにか、ありますか」
ヴィンセントの細い目が私を睨んだ。
そして、彼の視線は居間の入口に控えていたユースティスに向いた。
「未婚の貴族令嬢が、邸宅に流れ者の若い男性を金銭で囲っている。これはいささか問題であると言わざるを得ない」
「はあ?彼は、家政夫兼護衛です。彼には娘もいて、この館で一緒に暮らしています。私たちは、断じてそういった関係ではありません」
「ほう。純然たる雇用関係、ということですかな?」
ヴィンセントは意地悪く言った。
私はそうだと、言おうとしたけれど。
即答できなかった。
ユースティスの前で、彼をただの使用人ということが出来なかったのだ。
だって……だって、彼は。私は、彼とココを、家族みたいなものだって思ってるのに。ただの雇用関係だと断じれば、それを否定することになるから。
私が言葉に詰まるのを、ヴィンセントは見逃さなかった。
「おやおや、アンジュ嬢?純然たる雇用関係とは言えない、ということですかな?」
――そんなに、簡単に。意地悪く。
私たちの関係をとやかく言われる筋合いはないのに……。
「待ってもらおう」
そこで、ずっと黙っていたユースティスが口を開いた。
(続く)
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