36話 戻ってきた日常
秋が来た。
新勇者パーティーの襲来から一週間が過ぎた。
季節は変わり、澄んだ秋の風が頬を撫でていく。
庭の紅葉は赤く色づきはじめ、植え込みの秋桜がつぼみを付け、色とりどりの花が今にも開花しそうだ。
明日から、ココの幼稚園通いがはじまる。
悩んだ末、ユースティスはココに定住生活をさせるため、幼稚園に通わせると決めた。
幼稚園の保母さんには、ココの母親が来ても引き渡さないよう強くお願いしておいた。お迎えは必ずユースティスか私が行く、と伝えた。例外があれば朝ちゃんと伝えると。
同年代の子供と遊べると、ココは幼稚園を楽しみにしている。
「これからは、幼稚園、いずれは学校に通う。毎日、一日中一緒に過ごせるのは今日までだ」
ユースティスは少し寂しそうにそう言った。
「ね、せっかくだから、ピクニックを楽しみましょうよ」
「ココ、ピクニック好き!」
私たちは、ココの幼稚園通いがはじまる前に、紅葉渓谷でピクニックすることにした。
朝食が終わると、すぐにユースティスはお弁当作りを開始した。
私は工房に降りて簡単な調合の作業。
半刻ほどでユースティスが呼びに降りてきて、私たちは紅葉渓谷へ向かった。
秋の森で、葉を黄色や赤に染めた木々が揺れる。
紅葉渓谷は、涼やかな水の流れの上に、色づきはじめた紅葉が赤い葉のアーチが広がり、秋の気配に包まれていた。
「アンジュ、きょうはさいしゅするの?」
「ええ。何か錬金術の材料がありそうだったら採取するわ。それよりも、今日の目的はユースティスのお弁当よ」
「パパのおべんとうすき!」
「ココの好きなもの、たくさん用意したぞ」
「わあい!」
ココはニコニコ笑い、軽やかな足取りで走り出した。
小川の近くの岩場をゆっくりと歩く。
……王都からスズの村に来て約半年。色々な事があった。
春が終わり、夏が通り過ぎて、そして秋が来た。
大都会で暮らしていた時は、山道を歩くことなんてなかった。この村に来てから、ずいぶん採取で森や山に入ったなあ……。
山道を歩くのにも慣れた。
最初はすぐ疲れてしまったけど、今は体力もついて疲れにくくなった。私も変わったな……。
前お弁当を広げた大きな岩の近くまでやってきた。
川沿いの岩場の広場だ。森側には、沢山の秋の花が咲いている。
ユースティスは持ってきた敷布を岩の上に広げて、その上にお弁当の入ったかごを置いた。
「昼飯の前に……アンジュ、採取するか?」
「ええ。ちょっと周りを見て回ろうかな。ココも一緒に来る?」
「うん!いくー!」
「俺も行こう」
岩場の周りの森を、ココとユースティスと歩く。
「アンジュー!あれは?」
「あ……紅アケビだわ!あれは食べられるわね」
ココが指さした木の上に、握りこぶし大の紅の果物がなっている。紅アケビだ。秋の果物。あまり王都では見かけないけど、図鑑で見たことがある。紅の皮の中には、とろりとした甘い果肉が詰まっているはずだ。
「採るか。肩車だ」
ユースティスは屈んで私に乗るよう促した。
照れくさいけど私はお言葉に甘えて肩車してもらって、紅アケビを採取した。
その後も森を散策し、錬金術の材料になるキノコや植物をカゴいっぱいに採取。これで錬金術も捗りそう。
気付くと太陽は真上に上がっている。
「そろそろ昼飯にするか」
ユースティスが言った。
私とココは元気よくはーいとお返事。
ピクニック兼採取では、ユースティスのお弁当が一番の楽しみなんだから。
敷布の上に竹かごのお弁当箱を並べて空けていくユースティス。
お弁当の中身は豪華。
鶏肉とキノコをバターソテーしたものが挟まったホットサンド。かぼちゃとマスカルポーネのサラダには炒めたベーコンと玉ねぎが入っている。そして錬金紙に包まれた牛肉のトマトクリーム煮込み。デザートはりんごジャム入りヨーグルトの入った瓶。
私たちは手を合わせていただきますをすると、早速お弁当を頂く。
なめらかなかぼちゃとマスカルポーネのペーストの合間で、ベーコンと玉ねぎのしょっぱさがアクセントになって、食欲が増進。ホットサンドは冷めてはいるけれど、表面はカリカリ、中身は具沢山でしっとりだ。キノコのシャキシャキした食感が楽しい。メインディッシュの牛肉のトマトクリーム煮込みは、優しい味だけど牛肉の旨味と香りがぎっしり詰まってる。
「ココ、このおにくすき!」
「この煮込みは、ココの大好物だからな」
ユースティスはパクパクお弁当を口に運ぶココを見て目を細めた。
「私はこのサラダが好き。甘じょっぱくて食べれば食べるほどお腹空いちゃう」
「沢山食べてくれ。食べきれないほど作ってきたからな」
私たちは遠慮なくお弁当を食べて……デザートのヨーグルトを食べ終わる頃にはすっかりお腹いっぱいになっていた。
「おなかいっぱい!」
そう言ってココは敷布の上にぱたんと倒れ込んだ。
「おひるねしたーい!」
「いいわね……お昼寝。私もお腹いっぱいになったら眠くなっちゃった」
「少し横になれ。俺が見張ってる」
ユースティスがそう言ったけれど……。
「パパもいっしょにねるの!」
ココはそう言ってユースティスの腕の中に飛び込んだ。
「む……そうは言っても」
「ユースティス。この辺に獣や魔物の気配は?」
「……ない」
「じゃあちょっとだけ。お昼寝。皆で一緒にしましょうよ」
ユースティスはその誘いに迷ったようだったけれど……色々言って断るかなと思ったけれど、頷いた。
「少しだけ、横になるか」
「そう来なくちゃ!」
私たちは敷布の上で仰向けに寝転んだ。
森に風が通り抜け、木々がざわめく。
小鳥はさえずり、青空にはうろこ雲が流れている。
ほどなくして、ココが寝息を立てはじめた。
平和だ。
「ユースティス……私、この村に来て良かった。あなた達と出会えて、本当に良かった」
私は独り言のように、自分の気持ちを口にしていた。
「俺も……お前と出会った事を感謝している。ありがとう。アンジュ」
ユースティスの返答に、胸が暖かくなった。
この日常が、私にとってかけがえのない宝物になった。
数日後。
ムルシア王国で勇者パーティーが北方で復活した竜級魔物を討伐したという話が伝わってきた。
私がシド達に渡したアイテムで、上手くやったのだろう。
これでムルシア王国に再び平和が訪れる。
私たちの不安は消えた。
そして。
スズの村には本格的な秋が訪れた。
黄金よりも価値のある平和な日々が、続いていく。
辺境の村でまったり錬金術生活(元勇者家政夫とその娘の女児付き)……最高です。
(一部完 番外編&二部へ続く)
これにて、一部完となります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
今日、同時刻に番外編「ユースティスの午前」「アンジュの午後」合計2話をアップしていますので、もう少しお付き合い下さい。
二部は予定中。執筆しています。
1週間から2週間ほど間を空けてからの投稿開始になります。
その期間にブクマ、評価等で応援頂ければモチベが上がります!
続きが見たい!楽しめた!と思われましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
感想などもお待ちしております。
いつもありがとうございます。




