3話 錬金術
ユースティスに運んでもらった桶の井戸水を錬金釜に入れ、王都から持参した魔道具、お気に入りの『錬金棒』で釜の中をかき回し魔力を注ぐ。初歩の初歩の錬金術。
こうして<蒸留水>の出来上がり。
地下室の棚にあったガラスの小瓶に入れて小分けする。
これは錬金術の基本アイテム。
そして、ココが裏手の森の入り口で採ってきた薔薇ベリーと、村の茶葉農家から譲って貰った新鮮な茶の葉を錬金釜へ。蒸留水と、あらゆる錬金術触媒となる蛍光石の粉を入れ、錬金棒でぐるぐる。錬金釜は青白い光を放ち……。
「出来た!」
<薔薇ベリーの紅茶>の出来上がり!
錬金術を使えば、フレーバーティーは通常の製法より格段に早く完成するのだ。しかも私の能力で魔力付帯が可能。今回付けたのは[体力増強+2]の魔法。うん。いい仕上がりです。
一週間ぐうたらしてなまった私の体に活を入れるため、そして、日々家事を頑張ってくれるユースティスのために作った。もちろん、一生懸命薔薇ベリーを集めてくれて、今お昼寝をしているココの体力も回復してくれるだろう。ココが紅茶を飲むには、たっぷりのミルクと砂糖が必要だけれど、この<薔薇ベリーの紅茶>は甘いミルクティーに最適だ。きっと喜んでくれるだろうな。
私は手のひらサイズの丸く平たい缶に<薔薇ベリーの紅茶>の茶葉を詰め、それを持ってうきうきと階段を上がる。
一階の台所で夕食の仕込みを始めていたユースティスに、茶葉の缶を差し出した。彼はエプロンで手を拭いてから、両手でそれを受け取った。缶を開けて香りを確かめると、わずかに目を細める。その表情が、言葉より雄弁に喜びを伝えていた。
彼は錬金術の成功と、体力を増強してくれるフレーバーティーにとても喜んでくれて、早速飲もうとお湯を沸かしてくれた。
お湯が湧いた頃、お昼寝中のココが起きてきた。
三人で庭のテラスに並んで座り、夕暮れの空を見ながら、お砂糖をたっぷりの甘酸っぱい香りのするミルクティーを飲んだ。
そして、ユースティスが焼いてくれたフィナンシェもお茶のお供に頂く。
しっとりしたナッツ入りの焼き菓子……甘すぎず、とても上品なお味。
ユースティスは、料理もお菓子作りも上手い。
「うん。この紅茶、とても美味いな。それに、感じるぞ。体力が回復していくのを……これが錬金術の力か」
ユースティスは紅茶を数口すすると、驚いたように目を見開いた。
「ふふ。そうよ。これが錬金術。汎ゆるものに魔法の力を宿す術式……。私が王都で日々勉強に励んでいた学問」
「すごいな。俺は魔法についてはからきしだ」
「剣士ですもの。当然だわ。……ココ、どう?あなたが摘んできてくれた薔薇ベリーを使って作ったのよ?」
「おいしいー!いいにおいする!」
ココはニコニコと笑ってカップをふーふーしている。
穏やかな時間が過ぎていく――。
日が暮れていく。山間に沈んでいく夕陽は、どこか都会のそれと違う。太陽はもっと大きく見えるし、微睡みを誘う緋色の光はより優しく見える……。
私がぼんやりと夕陽を眺めていると、不意にユースティスが口を開いた。
「アンジュ。そういえば、今日の朝、買い物へ出た折に聞いたのだが、村長が腰を痛めて寝込んでいるそうだ。この<薔薇ベリーの紅茶>、村長に持っていってやったらいいんじゃないか?体力を回復してくれるなら、痛みも早く治るんじゃないか」
「腰を痛めた?それは大変!ねえ、体力増強よりもっと良い回復アイテムも作れるわよ。干し草と、桃スミレがあれば、すぐ作れるんだけれど」
「ももすみれ?ももすみれ?ねえねえー。ココ、ももすみれしってるよぅ」
紅茶をふーふーしながら啜っていたココが、元気よく手を挙げた。
「もりのね、ちょっといったところの、おはなばたけにさいてるんだよー」
森のちょっと行った所のお花畑……?そこに桃スミレが咲いている?そして、なんだか、錬金術に使うアイテムが他にもある予感!
「採取に行ってみたいわ。ココ、明日、私をそこに連れて行ってくれる?」
「いいよー!アンジュ、いっしょにいこ!」
「森か。以前ココとハイキングしたコースの途中の何処かに花畑があったな。村の近場の森ならば魔物は出ないだろうが、二人だけで行くのは危険だ。俺も同行しよう」
こうして、ユースティスとココを伴って、材料の採取へ向かうことになった。
採取。
王都では実習で近くの森に行っただけ。錬金術の材料大半は、購買部や町の錬金術用品の店で買っていた。本来、質のいいアイテムを材料にしたければ採取は避けられないんだけど――都会暮らしの私には、縁遠い行為だった。
この辺境の村の外で、自然に向き合う日がやってきた。
初採取、さて、どうなるだろう?
(続く)
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