2話 家政夫
「おはよう。アンジュ」
太陽がてっぺんに差し掛かる正午前。
私はのんびりと寝室から起き出して、一階のダイニングへ。
エプロン姿のユースティスに迎えられ、テーブルにつく。
堅苦しい呼び方は好みではない。ということで、私は呼び捨てにしてもらうことにした。
日当たりの良いダイニングテーブルに、ユースティスの手によって湯気の立つ出来立ての料理が次々と並べられていく。
「遅めの朝食なので、少しボリュームをつけた。俺とココの朝の食事は終わっている。庭の手入れをしてくるから、アンジュはゆっくりと食事をしてくれ」
「アンジュ、アンジュ!ゆっくりしょくじをしてくれー」
そう言ってキッチンに回り、裏口から庭に出ていくユースティスとココ親子。
ココに手を振り、出ていく姿を見送ると、私は改めて食卓に並べられた料理を眺める。
カリカリに焼けたベーコン。私好みの半熟目玉焼き。シロップたっぷりのフレンチトースト。裏の森でとれたというキノコと葉野菜の炒めもの。裏ごしした紫ポテトのスープ。オーブンで温められたふわふわのパンに、朝採れのミルク。
デザートは、この村名産のヨーグルト。木のボウルの隅には薔薇ベリーの実が添えられている。ココが毎朝、森の入り口で摘んできてくれるものだ。
最高。あつあつの美味しい料理に舌鼓をうち、一口ずつ噛み締め、私は滋養が体に染み渡る幸せを感じていた。
屋敷に来てから一週間。
想像以上に優雅な生活だった。
陰謀渦巻く学園生活もない。堅苦しいコルセットもない。もっとゆるやかな簡易コルセットで優しく腰を絞り、村娘が着る綿を重ねた生地で出来たシンプルなワンピースをまとうと、着付けは完了。両親やメイド長から、礼儀についてうるさく指導されることもない。当然、錬金術学園でトップ成績を維持しようと日々机にかじりつく必要もない。
ただまったりと食事をして、持参した好きな本を読んで、たまに縫い物。
幼女のココに絵本を読んであげて、庭で一緒に花を摘んで遊んだり。
たまに村をぶらぶらして、小さな商店を周り、かわいい小物や古本を買い、話しかけてきてくれる村人とおしゃべり。皆、村長から私の良い話を聞いているらしく、温かく歓迎してくれた。とはいえ、濃密な人付き合いはちょっと疲れるので、長話にならないよう程々で切り上げて、雲雀館に戻る。
そして夕方には、庭のテラスに並ぶテーブルで、午後のお茶とクッキー。クッキーはユースティスのお手製。それがめちゃくちゃ美味しいの。ユースティス、本当になんでも出来るんだな……と感心しきり。
夜は早めにお風呂へ入って、実家から持ってきた化粧品でお肌のお手入れをしてベッドに潜る。
自由そのもの。家事はユースティスがテキパキとこなしてくれるし、彼の作る料理の美味しいこと!
王都の実家の堅苦しさがない分、この辺境村暮らしの方が確実に快適です。
食事が終わって一息ついていると、庭で家庭菜園をいじっていたユースティスが戻ってきた。彼は台所に立つとさっと石鹸で手を洗い、ヤカンに水を入れて、かまどの上に置く。
「食後の紅茶を入れよう」
そう言って丁寧な手付きで美味しい紅茶を入れてくれた。
ほんとにほんとに最高。
ユースティスは無口で必要な事しか話さないけれど、逆に言うと必要な事は黙って全てやってくれるし、そして、余計なことはしない。詮索もしてこない。もしかしたら村の噂で、何か私の事を聞いているのかもしれないけれど、私が王都の醜聞の的になった事など全く知らないかのような顔をしてくれる。
それが今はひたすらにありがたかった。
そして、彼の娘のココは可愛らしくて、話し相手として楽しい相手だ。
もともと世話好きで子供好きな私。
子どもと一緒に遊ぶのも、絵本を読んであげるのも楽しい時間だ。そこも、ユースティスが気を遣ってくれている様子で、私にココの育児を押し付け過ぎないようにしてくれているのか、昼はココを伴って散歩や買物に出てくれて一人の時間も確保してくれる。
ココはかわいいだけじゃなくて、とても利発。妙に興奮して騒いだり、泣いたりすることもなく、村の子供と遊ぶこともあるし、一人遊びも上手で、絵本を真剣に読んだり、絵を書いたり、押し花を作ったり、夜も寝るまで静かに落ち着いている。
ユースティスはココに沢山の愛情を注いできたのだろう。そして、しつけがとても上手いというのがよくわかる。
彼らは最高の同居人達だった。
雲雀館での生活に慣れてきていた私。だんだんと彼ら親子の素性が気になりはじめていた。少し悩んだけれど、勇気を出して、せっかくなら紅茶を一緒にどうかと同席を勧めた。彼は一瞬ためらったけれど、誘いに礼をいい、私の向かい側に座った。
ココもその隣にちょこんと座り、いそいそとユースティスが剥いたリンゴをかじりはじめる。
ここに来てから一週間。
一応私は館の主人で、彼らは使用人とその子供という立場。館に食堂は1つしか無いので、ユースティスは食事の時間をずらしてくれて、これまで同じ食卓を囲うことはなかった。
私たちは初めて同じ食卓に同席し、向かい合った。
「ねえ、ユースティス。あなたは一体何者なの?そろそろ、聞いてもいい?」
「俺は――」
ユースティスの表情は陰り、視線が虚ろにテーブルを彷徨う。
「元剣聖と呼ばれた勇者ユースティスだ……。今は現勇者パーティーを追い出され、ご覧の通り、ここで家政夫をしている」
剣聖……!?
――六年程前だろうか。
隣国ムルシア王国の最高神官のお告げによって勇者とその仲間が選ばれた。
聖剣を賜った剣聖たる勇者と、数名の仲間の冒険者で構成された勇者パーティーが誕生した。勇者パーティーは、隣国で竜退治に魔物退治と大活躍。一躍国家の英雄となったと伝え聞く。
しかし、その数年後。なぜか剣聖たる勇者の力が失われ、新勇者と代替わりしたそうだが……。
「あ、あなた、ムルシア王国の初代勇者なの?……もしかして、あの『勇者ユースティス』?」
私は王都の新聞で読んだその名前が不意に蘇ってきて、思わず高い声をあげてしまった。
ユースティスは、気まずそうに頷いた。
「そうだ。だが昔の話だ。ココが生まれ、俺は国の安寧より、娘のココを平和な場所で穏やかに育てたいと祈るようになった。それにより国より賜った聖剣の力を失ってな……。最後はパーティーから追い出された。そして、放浪の果に、この村へと辿り着いた。途方に暮れていた所を村長に拾われ、ココが育つまでの間、この屋敷の管理人の仕事で食いつないだらどうかと提案されてな。ありがたく、管理人の仕事をしていたというわけだ。
まさか、半年で屋敷に主が現れるとは思っていなかったが」
「そ、そうだったの……」
あの伝説の剣聖と呼ばれた勇者、いや、元勇者と同じテーブルを囲うことになるとは。
奇しくも、本来居るべき場所から追い出された者同士が、こうして辺境の田舎村の同じ食卓を囲み、共に紅茶を飲んでいる。
それはとても奇妙だけれど、私には、不思議な良縁に感じられた。
しばしの沈黙の後、私はふと思いついた疑問を口にした。
「そうだ。あと、知りたかったのよね。ユースティス。あなたは元冒険者で剣の達人なんでしょう?それなのに、なんでこんなに家事や料理が達者なの?」
「俺は孤児院で育ったからな。ある程度大きくなってから、孤児院の家事をしていた。下の子の世話もしていた。とても子供好きだ。そして、今は家事の能力のおかげで、こうしてアンジュに雇われている。住む所も与えられ、ココが安心できる環境で、満足出来る給金も貰っている。アンジュ。君には本当に感謝している」
ユースティスはそう言って、いつも真面目で真剣な表情をほころばせ、微笑みを浮かべた。
「あ、ユースティスが笑ったとこ、はじめて見た」
「そうか?仏頂面だったらすまん。いや、俺はどうも、愛想が悪いらしいな。昔から散々仲間に言われたものだ……気をつけているのだが、性分でな」
ユースティスは顎のあたりを触って気まずそう。
私は戸惑った様子のユースティスが面白くて思わず吹き出し、つられたユースティスも声を出して笑った。初めて二人で笑いあい、ココの笑い声もそこに混じった。
「パパ、ぶっちょうづらー」
「ココったら。お父さんにそんなこと言うものじゃないわよ」
「はぁい。ねえー、アンジュってママみたい!」
マ、ママ?
私は驚いて、思わずユースティスの顔を見る。
彼も面食らった様子で、慌ててフォローしてくれた。
ココは幼い頃に母親と離れたため、若い女性を見ると母親が恋しくなってしまうようなところがあるらしい、ということだった。
「馴れ馴れしかったかな。すまない」
「いえ、いいのよ。子供の言う事だもの。さて……。のんびり田舎暮らしもいいけど、私もそろそろ、動き出さないとね」
「動き出す?」
「錬金術。せっかくの田舎暮らしだもの。この辺には天然の材料が沢山あるみたいだしね。ねえ、この雲雀館の地下室に錬金釜があったわよね。私、錬金術を行うわ。少しなまった腕を鍛え直さなくちゃ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雲雀館の地下室は、高位の錬金術師を多く排出するバーネット家の保有する他の数々の邸宅と同様、錬金術の工房となっていた。
こぢんまりした工房だけど、錬金術を行うには十分。
並ぶ本棚には錬金術の書物が収められ、基本の錬金釜や、錬金術に使う用具もしっかりと揃っている。
工房は、天井近くの明り取りの小窓から差し込む光と、壁に掛けられた魔道具のランプの光で、ほのかに明るい。ユースティスが工房も定期的に清掃してくれていたらしい。埃っぽさもない。錬金釜もしっかり拭き上げられ、清潔だ。
早速、錬金術にとりかかろう。
(続く)
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