29話 異国の勇者達 その1
晩夏の陽射しは、真夏よりも少しだけやわらかい。
雲雀館の庭先では、百日紅が夏の名残を惜しむように枝先で揺れていた。盛りは過ぎたはずなのに、夕方の光を受けたその花々だけは、夏がまだ終わっていないと主張しているみたいだった。
私は庭のベンチに腰かけ、ココが描いた絵をもう一度見ていた。
三人分が描かれた、拙いけれどあたたかな絵。
真ん中にココ。右にユースティス。左に私。
みんな手をつないでいて、その上には大きな丸い太陽まで描かれている。
『いまはアンジュがココのママなの!』
そう言って無邪気に笑ったココの顔を思い出して、私は一人で頬を熱くした。
三年。
少なくともその間は、私はこの村で暮らす。
そしてユースティスも、その三年はここにいると言った。
――じゃあ、その先は?
うっかりそんなことを口にしてしまった自分を思い出して、私は小さく頭を振った。
考えすぎだ。
三年も先のことなんて、今から決められるわけがないのに。
庭の向こうでは、ユースティスが井戸の滑車を点検していた。
夏の終わりの光の中で見るその横顔は、いつもより少しだけ穏やかで、私の胸は理由もなく落ち着かなくなる。
その時だった。
村道の向こうから、かすかに馬のいななきと、車輪の音が聞こえてきた。
私は顔を上げる。
この村に馬車が来ること自体は珍しくない。朝市の日や収穫の時期には、街道の方から商人がやってくることもある。
けれど、その音はどこか落ち着かなかった。
ひどくよく整った、無駄のない車輪の回る音。荷馬車ではない。もっと上等な、そして旅向けの馬車の音だった。
クリストファーではない。
馬車にはサンドル王国の紋章がない。
その代わり、お隣、ムルシア王国の紋章が掲げられている。
ユースティスも馬車の音に気付いたらしい。
井戸の綱から手を離し、ゆっくりと顔を上げる。表情は変わらない。けれど、私と同じく、何か空気が変わったと感じているようだ。
ほんの少し前まで、晩夏の陽射しのようにやわらかかった彼の気配が、音もなく研ぎ澄まされていく。
「ユースティス?」
私が声をかけると、彼は短く答えた。
「中へ入れ、アンジュ」
「え?」
「ココはどこだ」
「居間でお絵かきしているけど……」
私が言い終えるより先に、ユースティスはもう家の方へ視線を向けていた。
次の瞬間、雲雀館の前の道に、馬車がゆっくりと止まった。
飾り気は多くない。だが、質の良い馬具、手入れの行き届いた馬、揺れを最小限に抑える造りの車体、ムルシア王国の紋章。
乗っているのはただの旅人ではない。
そういう類いの気配が、扉が開く前から滲んでいた。
御者台から降りたのは、軽装鎧の青年だった。
まだ若い。二十歳そこそこだろうか。くすんだ金の髪が陽に透けて、腰には立派な長剣を下げている。見栄えのする男だ。けれど、その立ち方には、どこか無理に胸を張っているような若さがあった。
その後ろから、白と青を基調にした法衣の男。穏やかそうだけど、隙のない身のこなしだった。
さらに、長身の黒人女性が音もなく地面に降り立つ。露出度の高い服装の上に軽装鎧を身に付け、背には弓、腰には短剣。鋭い琥珀色の目が、庭から玄関、窓、物陰まで、一瞬で値踏みするように走った。
そして最後に――。
淡い金色の髪を、秋の光のようにまっすぐ流した女が現れた。
息を呑むほど美しい、エルフの女性だった。
陶器のような白い肌。冬の湖のような青い瞳。長い耳元には細い金細工が揺れ、旅装であるはずのローブでさえ、どこか儀式の装束めいて見える。
けれどその美しさ以上に、私の目を引いたのは、彼女が馬車を降りた瞬間、ただ一人だけを真っ直ぐ見たことだった。
ユースティスを。
庭に、奇妙な静けさが落ちる。
若い剣士――たぶん、この一団の中心なのだろう――が一歩前に出た。
けれど、彼が口を開くより先に、エルフの女性が声を発した。
「久しぶりね、ユースティス」
澄んだ、よく通る声だった。
けれど、その響きの底には、懐かしさだけではない何かが沈んでいる。
私は、無意識にユースティスを見た。
彼は動かなかった。
ただ、表情のすべてを静かに消して、その四人を見返していた。
「……何の用だ」
低く落ちた声は、今まで私が聞いたどの声よりも冷たかった。
晩夏の風が、百日紅の花を揺らす。
さっきまであんなに穏やかだった庭が、まるで知らない場所みたいに見えた。
(続く)
いよいよ勇者パーティーとの邂逅です。
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